136 悪役令嬢は美脚で魅了する
「君は本当に知り合いが多いんだな。剣技科の生徒だけじゃない、普通科や魔法科にも友人がいる。君と組めてよかった。心から感謝しているよ」
リオネルは大きな緑色の瞳をきらきらさせて、自分よりかなり背が高いレナードに尊敬の眼差しを向ける。レイモンドの指示により、学院祭実行委員はいくつかの組になって準備を進めることになった。勝ち抜き仮装剣術大会は、レナードとリオネルが出場生徒の選定と出場交渉を任されている。今回は新たに『仮装』の要素が加わったことで、出場者が少なくなると見込まれていたが、レナードの交渉手腕で例年並みの人数を確保できそうだ。仮装用衣装の製作も、普通科や魔法科にいる手芸が得意なレナードの友達が請け負ってくれる。
「お褒めに預かり、恐縮……」
「恐縮するなら近づくな」
軽く頭を下げようとしたレナードとリオネルの間にルーファスが割って入る。
「ルー!邪魔!」
弱い鉄拳がルーファスの脇腹にヒットする。
「なっ……俺は側近として……」
「側近なら、僕の願いは叶えてくれるんだよね?出演交渉に行くのに大勢で行って怖がらせたくないんだ。さっさと消えてくれる?僕はレナードと二人で行くから!」
「ダメだ!ノア、お前も何か言え」
混乱したルーファスが、隣で涼しい顔をしているノアの肩を叩く。比較的小柄なルーファスに叩かれても、屈強な騎士であるノアはびくともしない。
「では、参りましょうか、殿下、レナード殿」
「は?」
「私もクラスの学院祭実行委員ですから、殿下に同行させていただいても問題はありませんよね」
「そうなのかな?どう思う?レナード」
「いいんじゃないですか?」
レナードは本気でどうでもよさそうだ。
「何だって?いざという時に自由に動けなくなるから、委員にならない方がいいって言ったのはノア、お前だろ」
「はい。その時はそう思いましたが……考えを改めまして」
優しく仄かに色気を感じる微笑を浮かべたノアは、さり気なくリオネルの背を押して進ませ、リオネルはそれに応えて微笑みを返した。異国の美青年ノアと美少年(に見える)リオネルの様子に、廊下を歩いていた女子生徒達が真っ赤になって頬を手で覆っている。
「騙したな!」
「何のことでしょう?」
喧嘩を始めそうな二人を横目で見て、レナードがリオネル王子の手を取って歩き出した。
「レナード……男同士で手を取り合うのは、あまり好ましくないのではないか?」
「殿下がはぐれると困りますから」
「でも、あらぬ疑いをかけられては、君も迷惑だろう」
「殿下と噂になるのなら、身に余る光栄ですよ」
立ち止まって瞳を見つめるレナードは、ノアに負けない色気を醸し出し、ぼうっとなったリオネルを混乱したルーファスが抱き寄せるまで、周囲の生徒の視線を攫ったのだった。
◆◆◆
「行きたくない……」
本音が口から零れる。
エミリーは重い足取りで三年二組の教室へ向かっていた。
「全然知らない人ばっかり」
レイモンドがエミリーに課した課題は、生徒による演劇発表のため、演劇マニアの生徒に脚本執筆を依頼することであった。乙女ゲームでも、学院祭では生徒による演劇が披露されていたが、ヒロインが劇のヒロインに抜擢されて攻略対象者とドキドキの展開を迎えるイベントであり、脚本、演出、衣装の準備などといった部分は謎のままだった。レイモンドの話では、今から行く三年二組の生徒に、演劇の脚本と演出を手掛けてくれそうな人がいるらしい。
「……」
僅かに開いたドアの隙間から、エミリーは顔を傾けて中を覗きこんだ。授業が終わってすぐの時間だ。多くの生徒が残っていた。
――行くしかない!
バン!
ドアを開けると思ったより大きな音がしてしまった。生徒達の視線がエミリーに集中する。注目されることに慣れていないエミリーは、軽く眩暈がしそうだった。
「すみません。スタンリーさんは……」
「ちょっと待ってね。……おい、スタンリー、呼ばれてるぞ」
エミリーに優しく応対した男子生徒は、窓際に行き、机を四つくっつけて上に寝ている生徒の額をぺしっと叩いた。
「何をするんですか、せっかくの午睡の時間を」
「客だ。何だっけ……お前のお姫様だぞ」
男子生徒が言った言葉に、エミリーは一瞬背筋が凍った。
――お姫様、だって?
ガタガタガタ……。
机が倒れる音がして、落ちてどこかを打ったらしい。
「ひ、姫が、僕のために教室へ?」
野次馬のように取り囲んだ人垣をかき分け、エミリーの前に現れたのは、ぼさぼさの長い金髪を後ろで適当に束ね、袖丈と着丈が短くなった上着と足首が思い切り出ているスラックスを無理に着ている男子生徒だった。眼鏡の奥の瞳が、ぎらぎらと興奮で輝いている。
「ああ……夢みたいだ」
スタンリーはずいっと顔をエミリーに近づけた。
――うわ。
エミリーは半歩後ろに下がった。レイモンドは脚本を書く生徒が、自分を崇拝していると知っていたのだ。
『あいつは君に頼まれたら、絶対に嫌とは言わないだろう。君に死ねと言われたら首を自分でくくるような奴だ』
と半分笑いながら言っていたのはこのことなのか。次に会ったら魔法で仕返ししてやる。授業中に何度もトイレに行きたくなるようにしてやろうか。
エミリーはレイモンドへの復讐方法を八つ思いついたところで、自分の使命を思い出した。
優先すべきは演劇の交渉だ。
とにかく、用件を済ませてしまうに限る。
脚本と演出を依頼して、とっととこの場から逃げよう。
「学院祭の演劇の脚本を……」
「うん、うん。分かっているよ、美脚の君。レイモンドから聞いていたからね」
――は?
エミリーは空耳だったと思うことにした。先に話をつけてあるのに、わざわざ自分を行かせた理由が分からない。
「禁欲的な長く黒いローブの下には、短いスカートから覗くすらりとした白い脚……はあ、君は何て罪深く、僕の欲望をかきたてるんだ……」
「いっ……」
レイモンドとこいつ――もうこいつ呼ばわりでいいと思う――が、どういうつながりがあるのかとエミリーは訝しんでいたが、彼の発言で腑に落ちた。
――脚フェチ?
「任せてくれ、美脚の君。必ずやこの手で、君が輝ける舞台を作ってみせるよ」
「私は出ません」
「いいや。君には絶対に出てもらうよ。僕の創作活動の源は、全て君なのだからね」
再び眩暈がしてきたエミリーが一瞬バランスを失い踏ん張ると、ローブの合わせ目から白い膝が見え、目を瞠ったスタンリーがはっと息を呑んで感嘆の溜息をついた。




