133 悪役令嬢は上から目線で刺す
「セドリックの様子がおかしかったのは、マリナの髪飾りを誰かが届けたのが理由なようだ。君は何か知っているか」
イヤリングのことではなかったのかと、アリッサは少しだけ胸をなで下ろした。
「昨日、ジュリアちゃんがアレックス君と一緒に帰ってくる時、ハーリオン家の従僕のロイドが誰かと会っているのを見たんです。ロイドは侍女にマリナちゃんの髪飾りを渡していたそうです」
「盗んだのか?」
「……結果的にはそうなります。でも、ロイドはお金のために盗みをするような人ではないんです。リリーとも夫婦仲良しで、希望して私達についてきてくれた、子供の頃から当家に使えている従僕なんです」
「働いている期間と、物を盗むか盗まないかは関係ない。……髪飾りを受け取った侍女はどこの者だ?」
「侍女ではないかもと、エミリーちゃんは言っていました。以前、リリーがロイドの浮気を疑った時は、ロイドはピンク色の髪の侍女に誑かされていたようです。私達はその侍女がアイリーンではないかと思っています。魅了の魔法を使ってロイドを操っていると」
「シェリンズか。あの髪は特徴的だからな」
レイモンドは瞳を眇めた。
言い合いを続けているマリナとセドリックの様子を見るに、セドリックが会ったのはアイリーンではないようだった。知らない女子生徒が、と言っている。
「殿下に髪飾りを持ってきたのは、アイリーンではないようですね」
「ああ。セドリックはあいつを警戒している。面会室にシェリンズがいたら、話もせずに逃げ出すだろうからな……ただ……」
「レイ様?」
「髪飾りを持ってきたのは、やはりシェリンズだったのだろう」
どういうことなのだろう。アリッサは首を傾げる。ピンクの髪ならすぐに分かるのに。
「マリナの髪飾りがセドリックからの贈り物だと知っている者が何人いる?」
「あ!」
大きく開いた口に小さな手が添えられる。邪気のない妖精のような可愛らしい仕草に、レイモンドは心が浮き立った。尊敬の眼差しを向けられ、自尊心が上塗りされる。
「……そういうことだ。マリナの髪飾りであることは、歓迎会に出席した全校生徒が知っている。だが、セドリックが渡したと知っているのは、当事者達と俺や君達姉妹だけだ」
「殿下に渡している時点で、髪飾りを持ってきた生徒は怪しいということですね」
「その生徒が件の侍女なのか、侍女の雇い主なのかとも思ったが……シェリンズが侍女に化けてロイドを手駒にしていたと聞いて、彼から髪飾りの話を聞き出したとも考えられるだろう。尤も、シェリンズが犯人だという証拠は何もない」
「証拠がないと、何も……」
悲しそうに眉を下げたアリッサを、レイモンドの手が撫でた。
「君は心配しなくていい。シェリンズを追及して学院から追放するのは、俺やセドリックがやる。……君を守らせてくれ、アリッサ」
――っ!
アリッサの息が止まりそうになった。大好きで大好きで大好きで(中略)堪らないレイモンドに「守らせてくれ」と言われた上に、額に軽く口づけられたのだ。心臓が高鳴りすぎて壊れるのではないかと思った。
「君は、僕の贈り物なんか……」
いじけて言い募るセドリックに、マリナの堪忍袋の緒は切れる寸前だった。
「セドリック様、いい加減にしてください」
「ほら、そうやって誤魔化そうと……」
「うーるーさーいっ!」
べしっ。
マリナの両手がセドリックの両頬を挟んだ。
「ふあ」
美形の王太子の顔が、見るも無残に正面から見た魚類のような姿になっている。セドリックはマリナの手首を掴んだが、顔から無理に離そうとはしなかった。
「セドリック様からいただいたものを、私が捨てるとお思いなんですね?信用していただけていないばかりか、大事なものを軽々しく捨てるような常識のない人間だと思っていらっしゃる?」
母親譲りの威圧系説教モード全開である。セドリックの瞳が潤み、みるみるうちに頬が紅潮していく。
「ひあ、いあう」
セドリックは、「いや、ちがう」と言おうとしているらしかったが、顔を挟んだままマリナは続けた。目の高さは確実に彼の方が上なのに、マリナの目はセドリックを精神的に見下ろしていた。
「何が違うのですか?いつまでもぐだぐだと、私に恨み言を言って。学院に入学して少しはマシになられたと思いましたけれど、私の思い違いだったようですわね」
「あうあ!」
「はあ……」
顔を挟んでいた手を外し、セドリックの手を振り払う。
「信じていただけますよね?」
「……」
海の色の瞳が躊躇いがちに瞬き、視線を逸らして伏せられる。
「当然、信じていただけますよね?」
少し顔を近づけてはっきりと問いかけた。今にもべそをかきそうなセドリックは、長い睫毛に縁どられた瞳を期待の色で染めてこちらを見ている。
――ん?
「……はあ、……いい」
「セドリック様?」
「マリナに叱られたの、久しぶりだよね……」
熱に浮かされたような顔でセドリックが何を言っているのか、マリナはすぐには理解できなかった。
「しおらしい君も素敵だけど、烈火のごとく怒る君はもっと素敵だね」
――そうだったわ。この王子、変態だったんだわ!
額に手を当てて天を仰ぎ、マリナは指の間から彼を窺った。
「君は髪飾りを盗まれた。……信じるよ、マリナ。だからもう一度、上から目線で睨んでみてくれないかな」
瞳を輝かせてハアハア息を切らしている王子は変態そのものだった。
――造りは美男子なのに、表情がヤバすぎるわ。
何でこんな人に好かれてしまったのかと思い返しても答えは見つからず、マリナはセドリックのリクエストに応えて冷たい視線で彼を射抜いたのだった。




