131 王太子と青い衝撃
男子寮にある、王族のための特別室の一つ。
アスタシフォン王国のリオネル王子の部屋では、同室になっているルーファスとノアが激しく火花を散らしていた。
「ノアは昨日ベッドで寝ただろう。今晩は俺の番だ」
真っ赤になって枕を引っ張るルーファスと、涼しい顔でそれをやすやすと奪うノアは、一つしかないリオネルと同室のベッドを巡って対立しているのである。部屋の広さから、リオネルの寝室に二つ、続き間に一つのベッドが用意されている。昨晩はルーファスがリオネルの隣のベッドに寝たが、寝相の悪いリオネルが寝具を跳ね飛ばす度にかけてやり、無防備な寝姿に忍耐力を試され続け、結局朝まで眠れなかった。
「ルーファス様、枕が変わって寝られないあなたに代わって、私が殿下の隣で休みます。どうぞご心配なく」
「う、るさい!騎士なら騎士らしく、ドアの向こうで控えていろよ」
「向こうのベッドの方が軋まずに快適ですよ」
二人が睨み合った時、パジャマ姿でベッドにごろ寝をしていたリオネルが
「遊んでないで、二人とも。ちょっとこっちに来てよ」
と小首を傾げて手招きをした。
「っあ、ああ!」
「お呼びでしょうか、リオネル様」
ベッドに寄ってきた二人を見て、リオネルはまるで大型犬を飼っているようだなと思った。ぶんぶんと振る尻尾が見えるようだ。
「ねえ、今日は何か、収穫はあった?」
ルーファスがはっと表情を変え、ノアは深く頷いた。
◆◆◆
「どういうことだ?ハーリオンは無関係だと言うのか」
「どうもそうらしいねー」
リオネルは指先で肩先の髪を弄りながら適当に返事をした。
「根拠は?」
「マリナ達はお兄様を知らなかったよ。うちの王子王女の情報は、他に比べてあまり外に出ていないけれど、成人した王族なのに名前も初耳って感じだった」
アスタシフォンの王には多くの妃と妾、王子王女がいる。後宮の権力争いが激しく、成人できる者は僅かだ。成人王族として外交の表舞台に立つまでは、名を明かされないことが殆どだ。兄であるオーレリアン王太子でさえ、王太子になってから何年も名前を公表されなかった。外国であるグランディア王国の一貴族令嬢が兄を知らなかったとしてもおかしくはない。
「ビルクール海運が、殿下に盛られた毒薬の原料を運んでいたなら、全く知らないなんてあり得ないと仰るのですね」
「少なくとも彼女達は知らない。父のハーリオン侯爵が悪事を働いていても気づかないだろうね。薬草の知識もそれほどなさそうだったよ。ルーは何か分かった?セドリック王子はどうだった?」
愛称で呼ばれてルーファスはにこりと笑った。
「何もないね。っつーか、何にも考えてなさそうに見える」
「毒草について、知っていそうか」
「花は多少知っているようだ。薬草の知識はさっぱりだと思うぞ。治癒魔導士に頼めば何でも治ると思っているふしがある」
「我々を油断させる作戦ではないでしょうか。道化を装い、実は……」
「あー、ないない。脳内お花畑だからな、あの王子様は。夕方、俺がリオネルを探しに行った時なんか、頭に木の枝つけて廊下にいたぜ」
「奇怪ですね……」
「で、マリナがどうのってぼやいてた。裏表のない、ただの変な奴だ」
◆◆◆
アスタシフォンの三人が噂をしている間、セドリックは自室で襲い来るくしゃみに耐えていた。
「……風邪引いたかな?」
「今日は一段と冷えますね。温かくしてお休みください。……これ、殿下に温かいものを」
侍従が手を叩いて侍女を呼んだ。侍女は一礼して個室内のキッチンへ行き、紅茶を用意して戻って来た。
「ああ、いい香りだ」
一口含んでセドリックが感想を述べた時、個室のドアが叩かれた。
「……何かご用でしょうか」
侍従が部屋の外へ問いかけ、火急の用件だとの答えを聞く。ドアを開けると、寮付きの若い侍従が礼をした。
「夜分に失礼いたします。殿下にお渡ししたいものがあると、女子生徒が面会室にてお待ちでございます」
「僕に?悪いけど、夜も遅いから寮まで送って、帰ってもらってよ」
「大事なものだろうから、早くお渡ししたいそうです。殿下の忘れ物かと存じますが」
「私が代わりに取りに参ります」
「お控えください。とても私的なものだから必ずご本人に、と念を押されておりますので」
セドリックは面倒で仕方がなかった。
夜遅い時間、あと少しで消灯時間になろうとしているのに、入口近くの面会室へ行かなければならないのか。見苦しくない格好に着替えて階段を下りて行く。
「女子生徒、か……」
寮の従僕は、マリナの顔を知っているはずだ。名前を言わないところを見れば、あまり知られていない生徒なのだろう。
「夜に訪ねて来るなら、マリナが良かったなあ」
誰にも聞こえない声で話す。面会室のドアを開け、王太子らしい威厳を込めて中で待つ人物に話しかけた。
「やあ、遅くなって悪かったね」
視線を向ければ、そこには見たこともない地味な女子生徒が立っていた。制服の色は普通科、ネクタイの色は一年生だ。薄茶とも灰色ともつかないような不思議な色の髪を三つ編みにし、厚いレンズの奥の瞳は伏せられて色が分からない。王子を前にして明らかにびくびくしている。
「僕に用がある、って聞いたけど?」
「ひっ……は、はい……」
怯えさせるつもりはないが、女子生徒はセドリックを見ようともしない。
「話してくれる?」
「こ、これ、を……」
華奢な手を差し出し、彼女はセドリックの目の前で開いた。青い煌めきが瞳に映る。
「……これは、マリナの髪飾りだね。どうして君が持っているのかな」
セドリックが想いの証として自分の婚約者に贈ったものの一つだ。宝石箱に入れていると聞いていた。それが何故、ここにあるのだろうか。セドリックは訝しんだ。
「り……寮の、談話室の、ご、ごみ箱に捨ててあったんですっ!」
女子生徒は震えながらはっきり言い切ると、セドリックの胸に髪飾りを押しつけて、脱兎の如く面会室から逃げ去った。
「そんな……ごみ箱に……?」
手の中の髪飾りと同じ、青い瞳を左右に揺るがせながら、セドリックはその場に立ち尽くした。
本日20時更新分が書ききれませんでしたので、掲載時刻が遅くなる予定です。




