20 悪役令嬢の密談 7
四人は深刻な問題に行き当たっていた。
「どうしよう。このままじゃ愛妾一直線だよ」
「お母様……」
ジュリアとアリッサが黙ってしまった。
妾の話など十歳児四人が寝台に寝転がってする話ではない。相応しくはないが、四人の精神年齢はアラサー以上である。
「王妃様からお母様に、再三お茶会の招待状が届いているってジョンも言ってた。お母様はクリスの傍を離れられないってお断りの手紙を差し上げてるけど」
弟のクリスが二か月前に生まれたばかりで、母ソフィアは自分の手で育てると言ってきかない。四つ子姉妹の出産後は、体調がなかなか戻らなかったこともあり、ソフィアは自分の子に授乳することもままならなかったので、手ずから世話をできる息子の存在に舞い上がっているのだ。
「お父様も陛下に呼ばれても、なかなか王宮には行かないもんね」
ジュリアは不満そうだ。妻と待望の嫡男に毎日デレデレしている父侯爵が、家を留守にしたがらないので、剣の練習相手であるアレックスの家――ヴィルソード侯爵家にもしばらく行っていない。
「私達が可愛がられてるのは分かっていても、嫉妬しちゃうわね。クリスに対するあれは異常だわ」
姉妹全員にちゃん付けするアリッサは、弟にはちゃん付けしない。心なしか少し冷たい。図書館に行けない=レイ様に会えないの公式が成り立つ以上、弟を恨んでしまう。
「仕方ないよ。私達じゃ爵位は継げないもの。待望の男の子だからでしょ。お母様と同じ銀の髪だし」
マリナは自分の髪の毛を弄りながら、窓の外を眺めた。
「いつまでもクリスの世話を言い訳にしていられないと思うの。お母様が王妃様に呼ばれて王宮へ行ったら、陛下に会う確率も高くなるわ。お母様はまだギリギリ二十代だし、子供が五人もいるようには見えないから、陛下だって心を動かされるはずよ」
「それなんだよねえ」
ジュリアが起き上がり、ぐっと体を前のめりにし、姉妹の注目を集めようとする。
「仮にお母様が美人でクラッときてもさ、王妃様とうまくいってたら、浮気なんかしないんじゃないかな」
「クラっときたらダメでしょう」
「浮気男は平気で他の女に走るわよ」
「マリナちゃん実体験……」
言いかけてジュリアに口を塞がれる。
「それは、王の脳と下半身は別の生き物だってこと?」
「こら、エミリー!」
マリナが真っ赤になって制止する。
「心は妻のもの。だけど、目の前にグラマー美人が現れたら、手を出したくなっても仕方ない」
「そういうものなの?」
アリッサが興味津々にエミリーを見る。
「仮定の話。お母様は昔、陛下の婚約者だった頃はまだ子供だったから、すらっとしたモデル体型だった。婚約者時代は好みの体型でなくても、今はメリハリボディ。王妃様は小柄だけどスチルで見る限り出るとこ出てるし、今のお母様なら陛下のストライクゾーンだと思う」
四人の母、ハーリオン侯爵夫人ソフィアは、四人と同じ銀髪にアメジストの瞳の美女である。少女の頃は、社交界デビューすればすぐにも王妃候補になるだろうと言われた。今の王である当時の王太子には、幼い頃に内々に決めた婚約者がいたのだが、ソフィアが初めて参加した舞踏会で見染められて正式に王太子妃候補となった。婚約者は婚約破棄されて捨てられたのである。
しかし、王太子はソフィアと結婚しなかった。学院で友情を育んだ結果、王太子はソフィアの親友アリシアと出会い溺愛するようになり、ソフィアは王太子の親友であったハーリオン侯爵令息アーネストと結婚した。
娘達の目から見て、侯爵夫妻の夫婦仲は良好である。不倫に走りそうな兆候はない。
「王太子ルートで、婚約者のハーリオン侯爵令嬢が嫌われている理由の一つに、王の愛妾の娘だからってのがあるわよね。今迎えている危機は、まさにそれよ」
王太子の婚約者にならなくても、他の攻略対象キャラのルートであれ、侯爵家を完全に没落させるのは王家にしかできない。王に嫌われる要素は徹底的に排除したい。
「父王の愛妾が生んだ娘を妃にした王太子は、妃であるハーリオン侯爵令嬢の貞操観念を最初から疑っているの。他の男と通じているとして山奥の城に閉じ込める前に、妃が臣下の男と話していただけでも深い関係だと誤解するくらいに」
「誤解なのかなあ」
「ヒロインが伝え聞いた話だもの。王太子妃が本当に不倫してないとも限らないよ?」
「私は疑り深い王太子を誰かが唆したんだと思っているわ。ヒロインを正妃に格上げするには、ハーリオン侯爵令嬢は邪魔だもの。たとえ王太子の子を懐妊していてもね。ううん、子供が生まれてしまえば、正妃である令嬢の地位は確固たるものになるでしょうね」
「ヒロインを表立っては可愛がれない?」
「そうよ」
「お母様が妾になったら、お父様はどうなるの?」
「陛下とお父様が喧嘩になったらまずい」
エミリーが寝転がりながら言った。気楽にぐうたら生活ができない身分にはなりたくなかった。
「最後は、国王陛下の決定で没落、死が待ってる。どうにかしないと……」
アリッサは寝転んでいるエミリーの顔を覗き込んだ。
「王太子様と婚約しなくても、他のルートでも没落するには王家が絡むよね。ヒロインが王太子にあることないこと泣きついて、ハーリオン侯爵令嬢がやったことにされちゃう。」
「お母様が王に会わなきゃいいじゃんね」
ジュリアがいいこと言った風に胸を反らした。
「王妃様のお茶会に行くのは危険ね。放っておいてももうすぐ行くでしょうけど」
「お母様は王妃様の親友なんだよ。行っちゃうよ?」
アリッサが不安を口にし、熊のぬいぐるみを齧り始めた。
「私達も一緒に行って、王と二人にならないように邪魔すればいいんじゃない?」
「はあ、行くのめんどい。却下」
「だめ、エミリーも行くのよ。お母様は全員連れて行くと仰ってるわ」
「三人で行けばいいじゃん。ジュリアが暴れれば一発だって」
「人を暴れん坊みたいに言うな!」
「本当のことでしょ」
ジュリアが掴みかかろうとすると、エミリーが手のひらを上に向け紫色の球体を発生させる。
「部屋の中で暴れるのはやめて!」
マリナの絶叫が響いた。
「……確かに、ジュリアが女の恰好で行くのは危険よね。アレックスは頻繁に王宮内の騎士団練習場に行っているんでしょう」
「うん。ヴィルソード団長が、騎士同士の試合を見るのも勉強だって言ってた」
「いつ行くか分かる?」
「んー。全然読めないねー。騎士団長は何でも即決だから。予定は朝決まるみたい」
アレックスの父は、所謂行き当たりばったりの人である。深く考えない行動が多い。
「一国の騎士団長がそれでいいのかしら」
「……偶然、王宮で会うかも」
「会ったら女の子だってバレちゃうよぉ。どうするのジュリアちゃん」
男装していてもどこかに女らしさが出てきたジュリアが、女の恰好をして男だと言い張れるわけがない。
「忍法!他人のふり……でいくしかないかな」
忍者のように人差し指を立ててポーズをとると、白い目で見たエミリーが呟く。
「無理、ジュリアはボロが出る」
「じゃあさ、エミリーが魔法で誤魔化してよ」
素材の色を変える魔法は二通りある。光魔法を中心とした錯覚を起こさせるもの、素材本来の成分に作用して発色を変える土魔法由来のものがそれだ。エミリーは光魔法の素質がないため土魔法で色を変える。
「ジュリアの見た目は変えられない。ドレスの色ならできるけど」
「そっかー。残念」
解決策を見いだせないまま、その晩は各自ベッドに入ることにした。




