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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 4 歓迎会は波乱の予兆
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【連載3か月記念】閑話 怪しい薬には裏がある 8(終)

むせ返るような花の香りがする。

「……」

ゆっくりとアメジストの瞳を開いたマリナは、あまりの驚きに声を上げそうになった。

――王太子殿下!?

青い瞳を心なしか潤ませ、唇から吐息を漏らしたセドリックの顔が至近距離にあった。

「殿下?」

自分の肩に頭を乗せていたマリナを覗き込むようにして、彼は顔を近づけていた。少しでも動いたら唇が触れてしまいそうだ。

「……何だ、起きちゃったんだね、マリナ」

――寝こみを襲っていたのか!怖!

王子様スマイルのセドリックは、興奮しているのか鼻息が荒い。マリナは顔が引き攣るのを抑えられなかった。少年なのに色気だだ漏れの王子を前に油断も隙もない。隙を見せたらつけこまれてしまう。

「なかなか起きないから、起こしてあげようかと思って」

――まさか、起こす方法は、童話の……。

「お姫様は……その……王子のキスで目覚めるって、本に書いてあったから」

――やっぱりか。呆れてものも言えないわ。

「目覚めませんよ?……いくら王子でも、姫の合意もなしにキスするのはどうかと思いますし」

「えっ!そうなの?」

「姫にだって好みってものがあります。殿下だって、寝て起きたら全然知らない女の子にキスされていたら、お嫌でしょうに」

「少なくとも君は僕を知っているじゃないか。全然知らない人よりはましだと思うよ」

「ですから、合意もなしに……」

こめかみを押さえながら、マリナはしばらくセドリックと押し問答を繰り広げたのだった。


   ◆◆◆


執事に咳払いをされて抱き合うのをやめたジュリアは、その後も夕方までヴィルソード家で剣の練習をした。姉妹の部屋に入ると、涙を流してしゃくり上げているアリッサ、彼女の肩を抱いて困った顔をしているマリナ、天蓋の中を闇で満たしてふて寝しているエミリーがいた。

「皆早かったね」

「あなたが遅いのよ、ジュリア」

「練習に熱が入っちゃってさ。で、アリッサはなんで泣いてるのさ」

近づいて椅子の前に片膝をついて座り、妹の顔を覗きこむ。

「ジュリアちゃ……っ、エミリーちゃん、が、ひっく、レイ、様、をっ……」

「マリナ?話、聞いた?」

「ええ。エミリーはレイモンドを変態だのムッツリスケベだのって罵って」

「ああー」

ジュリアは残念そうな顔をした。

「エミリーは控えめな男が好きなんじゃないの?ゲーム攻略サイトでも、レイモンドはデレたらヤバいって書いてたし、アリッサの身体に入ったエミリーに、きっといろいろやっちゃったんだよ」

「いろいろって……キスし、ようと、したり、っ……頭突き」

「アリッサ、今、頭突きって言った?」

「エミリーちゃん、が、レイ様、にっ……」

「アリッサが頭突きしたことになってるんだよ?次会ったらフォローしないと」

「レイモンドはやられっぱなしになるようなタイプに見えないわ。用心しなさい、アリッサ」

「そんなあ……」

泣き止みかけていたアリッサの瞳が再び涙に濡れた。


   ◆◆◆


翌日。

ふて寝からそのまま寝てしまったエミリーは、珍しく姉達と同じ時間に朝食を摂った。

「……アリッサ」

サラダを飲みこんだエミリーが、隣に座る姉を見た。

「なあに?」

「私にはあいつの相手は無理だった」

「エミリーちゃん……」

「レイモンドはアリッサしか見えてない。好きすぎておかしくなってる」

アリッサの頬が薔薇色に染まる。

「……あんなおかしい奴につきあってやれるのは、アリッサだけ」

「うん……そうかも」

「まあ、アリッサも大概おかしいけど」

「ふふ、何か嬉しい」

「おかしいと言われて嬉しいの?……変なの」


「マリナはアレックスのこと、どう思った?惚れた?」

単刀直入に聞いてきた妹に、マリナは危うくスープを吹き出しそうになった。

「な、そんなわけないでしょう?」

「なーんだ。マリナはスポーツマンタイプが好きだと思ったのに」

「好みじゃないわ……それに」

「ん?」

「私が彼を好きになったら、あなたが困るでしょう、ジュリア?」

「へ……」

口から何かを零しそうになったジュリアは、慌ててゴクリと音を立てて飲み込んだ。

「マ、マリナだって、私が殿下を好きになったら困るんじゃない?」

「殿下を好きになったの?ジュリアは」

「全然」

「まあ……」

「でも、ケーキをいっぱいくれるのはよかったな。マリナだったら食べ放題だってよ」

嬉々として話すジュリアの隣で、フォークとナイフを持つマリナの手が止まる。

「……ジュリア」

「ふ?」

パンを咥えて視線を上げると、アルカイックスマイルのマリナがこちらを見ていた。

「あなた、私の身体で、ケーキを大食いしたのね?」


   ◆◆◆


午前中の早い時間には、四人は家庭教師の授業を受けることになっている。今日は魔法を教えるコーノック先生が来る日だ。教養よりダンスより、エミリーが何より楽しみにしている時間だった。

「受けても意味ないし、私、出かけてくる!」

とジュリアは早々に邸から出ていった。またアレックスの家にでも行くつもりなのだろう。

「昨日のこと……レイ様に謝って許してもらうの!」

と意気込んだまま、アリッサは馬車に乗って行ってしまった。

今日はマリナと二人で授業を受けるのかと思っていたエミリーは、窓の下を覗き、豪華な馬車が停まるのを見て溜息をついた。

――王宮の使者か。

毎日のように侍従長が王太子からの親書を持ってくる。マリナに言わせると、内容は実にくだらないのだとか。マリナも呼ばれて行ってしまうのだろう。

先生と一対一で授業を受けるのなら、今日は高度な内容を教えてもらえるかもしれない。

エミリーは期待に胸を膨らませて、足取りも軽く一階へ降りていった。


廊下に差し掛かると、侍女がコーノック先生を案内しているところだった。何年もこの家に来ているのに、今さら迷ったとでも言うのだろうか。

小さな足音を響かせて彼に近寄り、ぐい、と白いローブを引いた。

「……先生」

振り返ったコーノック先生は、目を丸くしてエミリーを数秒見つめた。

「……?」

首を傾げると、先生は何か呟いて頬を染めた。

――何なのよ?

「姉達は用事があって出かけました。だから……今日は私だけ」

「君、だけ?」

口元を手で隠し、先生は視線を彷徨わせていた。

「二人では、いけませんか?」

「い、いけなくない、いけなくなんかない。……むしろ、好都合だ」

「はい?」

先生も高度な魔法を教えたいと思っていたのだろうか。

「……行きましょう、中庭に」

銀の髪を靡かせて颯爽と歩き出したエミリーを追い、コーノック先生はキョロキョロと周囲を見ながら中庭へと向かった。


次回から本編に戻ります。

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