【連載3か月記念】閑話 怪しい薬には裏がある 3
「ところで、君は何を読んでいたんだ?」
レイモンドはアリッサ(エミリー)が持っていた本の表紙に目をやった。
「『古代魔法解放歴程』?君は古代魔法に興味があるのか?」
「は、……いいえ」
アリッサは古代魔法など知らない。慌てて否定する。
「今日は何を読むんですか」
――難しい歴史書だったらどうしよう。絶対寝る。
「ああ、こっちだ」
書棚を回った先には小説が並んでいた。
難しそうな本ではなくて、アリッサ(エミリー)は一先ず安堵した。
◆◆◆
図書館に到着するなり、エミリー(アリッサ)は従僕のロイドに馬車で待つようにと言った。
「よろしいんですか、お嬢様?初めて利用する時は、登録の手続きもあるんですよ?」
「知ってるからいいわ」
「はあ。それなら、いいんですが……」
手を借りて馬車を降り、慣れた様子で図書館に入る。
「こんにちは」
と知り合いの司書に声をかけたが、相手はエミリーとは初対面だった。
「初めてご利用の方ですね」
「ええ」
手早く手続きを済ませ、ハーリオン侯爵令嬢の行先を訪ねると、二階の閲覧室にいると言われた。
――大変だわ。
レイモンドが何をするか分からない。
エミリー(アリッサ)は急いで階段を駆け上がった。
閲覧室の書棚の陰からそっと中の様子を覗くと、レイモンドとアリッサ(エミリー)は隣同士に座って本を読んでいた。
「小説ですね」
「君の好きな恋愛小説だ。主人公の一途な愛が素晴らしいんだ」
アリッサ(エミリー)が、げえ、っとレイモンドに見えないように吐きそうな顔をした。
――エミリーちゃん、恋愛小説は嫌いだもんね。
「はあ……」
「特にここ、恋人とのやり取りがいい。彼は一時期砂漠で行方不明になって、敵国の傭兵になっていたんだ。戦場となった町の外れで、二人が再会した場面だ」
「はあ」
「俺が恋人役をするから、君は主人公のセリフを読んでくれないか」
――レイ様!それは……。
エミリー(アリッサ)は物陰でドレスの裾をぎゅっと握りしめた。ちらりとアリッサ(エミリー)の様子を見ると、彫像のように固まっている。
「『砂漠の空を見上げて、何度も君のことを思い出した。満天の星空より美しい君の瞳を』……アリッサ?君の番だ」
「……『私もエリオット様を想って毎晩涙にくれておりました』」
――エミリーちゃん、棒読みだわ!
アリッサ(エミリー)は、明らかにやる気がない。ロボット音声だってもう少しマシだろうというような出来だった。
◆◆◆
エミリー(アリッサ)が覗き見をしているとは知らず、アリッサ(エミリー)は目の前の状況に戸惑っていた。ゲームでツンデレキャラだったレイモンドが、自分を熱っぽい瞳で見つめている。
「『二度と君を泣かせたりはしない。私はここにいる。……ああ、本当に君なのだな、ロザリー。白い肌も赤い唇も、私が夢に見、恋焦がれたままの』」
うっとりとアリッサ(エミリー)を見つめたレイモンドは、がっちりと彼女の手を取り、頬に指先を滑らせた。
「ひっ」
――何、アリッサ、いつもこんなことしてるの?
「『確かめさせてくれないか。君が幻ではないと』」
顎が上向けられ、レイモンドの怜悧な美貌が目前に近づいてくる。
――ぼ、防御魔法を!
とアリッサ(エミリー)は思うものの、アリッサの身体では魔法は発動しなかった。
「や、無理だか、らっ!」
目を瞑ってレイモンドの身体を押しやると、顎から手が離れ、クックッと笑いが聞こえた。
「……?」
「今日の君は気ままな猫のようだな。遅刻した俺に怒っていたかと思えば、全力でキスを拒む」
――拒んで当たり前でしょうが!
アリッサの身体だったとしても、エミリーにとっては初めてのキスである。まったく好みではないレイモンドに奪われたくはない。
できるだけ彼から身体を遠ざけて睨み付ける。
「従順な君も可愛らしいが、たまにはこういうのも悪くない」
眼鏡の奥の緑の瞳が欲望に煌めいた。見つめられると逃げられない気がしてくる。
――こいつ、危険だわ!
ゾクッ。
両手で自分の身体を抱きしめ、アリッサ(エミリー)は身構えた。レイモンドは薄い唇の端を上げて微笑み、
「手強い獲物ほど、手に入れたくなる性分でね」
と低い声で呟いた。




