【連載3か月記念】閑話 怪しい薬には裏がある 2
コンコン。
ノックをして間もなく、リリーが中に入ってきた。
「エミリー様。皆様お出かけになられましたよ。たまには外出されてはいかがですか?」
毎朝エミリーはリリーに声をかけられていたが、絶対に外には出なかったと聞いた。が、アリッサにはこれは願ってもない提案だった。
「リリー!」
寝ていたエミリーが突然起き上がって縋りついてきたため、リリーは驚いて後ろに転びそうになった。
「お、お嬢様?」
「お願いがあるの。私、目立たないように外出したいの」
「はあ……それで、エミリー様はどちらに行かれたいのです?町にお買いものですか?」
「ううん、違うの。……えっと」
――エミリーは『えっと』なんて言わないわよね。しっかりしないと……。
「王立図書館」
「図書館で魔法の研究ですか?」
「そ、そう」
「かしこまりました。あまり華やかではないドレスにいたしましょう。私にお任せくださいませ」
姉のような侍女のリリーは、エミリー(アリッサ)の願いを聞き、極力地味な色のドレスを選んできた。灰色とベージュが混じった色だ。襟も丸襟で袖も全く華やかさが感じられない。
大人しく着せられて、同じような色の帽子をかぶる。
「いかがでしょう、エミリー様。落ち着いたお色ですが、お美しいですよ」
鏡の前に立たされ、エミリー(アリッサ)はうんうんと頷く。
「いいわ」
「では、ロイドに馬車を回すよう言ってまいりますわね」
「ロイドと行くの?……一人でもいいのに」
御者もいるのだから迷うわけがない。エミリーは方向音痴ではないのだから。
「お一人では危険です。頼りなくてもロイドをお連れ下さい」
「分かったわ……」
図書館に行く理由は魔法書探しではなく、レイモンドと図書館デートをするアリッサ(エミリー)を尾行するためなのだ。大人の男を連れていては目立ってしまう。入口で待たせるしかないかとエミリー(アリッサ)は思った。
◆◆◆
「よく来たね、マリナ」
「こんにちは、王太子殿下」
「……?」
ぎくしゃくした淑女の礼を見たセドリックが首を傾げた。
「どうされました?」
「いや、何か、脚を痛めているのかなって」
礼が変だとは言えず、控えめに言ったのに気づかないマリナ(ジュリア)は、
「全然、このとおり元気ですよ?」
とヒンズースクワットをしてみせる。
「あ、ああ……元気そうだね。うん……」
ドン引きしたセドリックが庭園へ案内すると、マリナ(ジュリア)は促されてもいないのに白い椅子に腰かけ、目の前のお菓子にロックオンした。
「うわあ、今日のお菓子もおいしそう!」
「マ、マリナ?」
マフィンを一つ手に取り、半分に割ることもなくそのまま食いついた。
「おいひーです。殿下もどうですか」
「僕は別に……」
マリナ(ジュリア)は自分の食いかけのマフィンから少し割ってセドリックに渡した。
傍で控えていた侍従が、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……これは、君の……」
セドリックが少し頬を染めたのにも気づかず、マリナ(ジュリア)はにっこりと笑った。
「おいしいものを分け合うのって幸せですよね」
◆◆◆
「こんにちは、ヴィルソード侯爵様」
邸に着くなり、筋トレをしていた侯爵に挨拶をすると、彼は少し変な顔をしたが、重そうな樽を持って再び腹筋を始めた。
「アレッ、クス、は、庭、だぞっ」
「ありがとうございます」
話す時ぐらい腹筋を止めてもいいだろうとジュリア(マリナ)は呆れた。
ヴィルソード家には来たことがなかったが、使用人の動きで庭の方向が分かった。
「ジュリアン!」
ほどなくして声がかけられた。一人で練習をしていたのだろうか、シャツを着崩した汗だくのアレックスが、白い歯を見せながらこちらに向かってくる。
――汗くらい拭きなさいよ!
「待ってたぞ。庭に行こうぜ」
汗ばんだ手で手首を掴まれ、ジュリア(マリナ)は思わず手を振り払った。
「……何だよ?」
――まずい、変に思われた?
「汗ばんで気持ち悪かったから」
ジュリアなら思った通りのことを言うはずだ、とジュリア(マリナ)は率直に感想を述べた。
「悪い。次から気をつける」
「『次から』って言う奴はだいたい直らないよな」
「うわ、何か、今日のジュリアンは厳しいな」
アレックスは片目を瞑ってガシガシと頭を掻いた。
◆◆◆
「やあ、アリッサ。今日も早いな」
アリッサ(エミリー)が窓際の椅子に座って本を開き、読む気も起こらずにぼんやりしていると、銀糸の刺繍が入った白い上着に深緑色のズボンをはいて、いかにも王子様という風情のレイモンドが前に立った。
「目の前が暗くなった。邪魔」
「は?」
「……あ、いえ、何でもありません」
「今日も愛らしいな。遠くから君を見つけた時は、窓辺に天使が降り立ったのかと思ったが」
ぞわわわわわ。
――バカじゃないの、こいつ!キモい!ありえない!
アリッサ(エミリー)は、キッ、とレイモンドを睨んだ。
「おや?俺が遅くなったから、拗ねているのか」
「……拗ねてない」
「フッ、まあいい。閲覧室に行くぞ。君に見せたい本があるんだ」
遅れてきておいて自分のペースに巻き込むなんて、姉は毎度この男によく付き合っているものだとアリッサ(エミリー)はうんざりした。
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