【連載3か月記念】閑話 怪しい薬には裏がある 1
連載3か月記念の閑話です。
主人公達四人が十二歳時点の話になります。
ジュリアは男のふりをしていて、アリッサとレイモンドは婚約者になっていません。
時系列では、入学前の42と43の間あたりに入る話です。
「どう、エミリー」
マリナが妹の様子を覗う。エミリーは魔法薬の瓶を持ち、ラベルを読んだり、中の液体を嗅いでみて
「うーん……見たところ何ともないけど」
と呟いた。
「ね、大丈夫だから皆で飲んでみようよ!」
「怖いよお……」
アリッサが熊のぬいぐるみの首を絞めている。
「ジュリアが街で買ってきた時点で、大丈夫に思えない」
「ちょっと!信用しなさいよ!」
「無理」
ジュリアがエミリーに掴みかかるのを止め、マリナが二人に訊ねた。
「薬の効果はどれくらいなの?」
「半日って聞いたよ」
「ラベルには一瓶で三時間とあった」
「そう。ってことは、ここには二本あるから、四人で分ければ効果は一時間半ね」
「そんくらいならバレないって!ね、飲もうよ?マリナも、王子以外のキャラに好かれてみたいって言ってたじゃん!」
前世でプレイした乙女ゲーム『とわばら』で、必ず王太子ルートに突入していたマリナは、何度かレイモンドやアレックスを攻略しようと試みたが、叶わないままに死んでしまった。
「アリッサか私と入れ替わればいいよ」
「一時間半だけは、ジュリアやアリッサの気分が味わえるのね?だけど、アリッサとエミリーはどう?」
「私はレイ様がいればいいもん」
「……レイモンドに狂いすぎ」
「エミリーちゃん、ひどぉい!」
「アリッサはさ、レイ様レイ様って入れ込んでるけど、私達から見たらそこまでかっこよくない気がするんだよね。なんか、騙されてるんじゃないかって」
「……分かる」
「三人とも、レイ様の魅力に気づいていないんだわ。……気づかなくてもいいけど、ううん、複雑……」
熊のぬいぐるみに顎を乗せて、アリッサは顔を顰めた。
◆◆◆
やる気満々のジュリアに圧される形で、四人は怪しい魔法薬を飲むことになった。
「図書館に行く予定だったのに……」
アリッサは一人しょげている。
薬瓶から大きめのビーカーに手早く液体を空け、エミリーは棒でかき混ぜる。
「混ぜていいの?」
「同じ薬だから、均等になるように混ぜた……いけない?」
「エミリーが一番魔法薬に詳しいもの。信用しているわ」
混ぜた液体を四つのグラスに均等に分ける。
「……はい」
目の前のグラスに注がれた液体が、緑と赤と青のマーブル模様になっているのを見て、マリナはごくりと唾を飲みこんだ。
「すごい色ね」
「食欲はわかないなあ」
「そうね……これを四人で一気に飲み干す」
「四人で?」
「手を繋いで飲み干すんだよね。お店の人に聞いたよ」
「ねえ、エミリーちゃん、やっぱり私……」
「一人だけ逃げるな」
「皆、グラスを持って」
マリナがグラスを掲げ、三人も続いた。
「じゃ、いくよ?楽しい一日に乾杯っ!」
「乾杯!」
◆◆◆
がばっ!
長椅子から起き上がると、三人はまだ意識が戻っていなかった。
「起きて、みんなー!」
「ん……マリナちゃん?」
エミリーが起き上がった。が、首を傾げて眠い目を擦る様子はいつもの彼女ではない。
「起きて起きて起きて!」
「……マリナのくせにやけにうるさいなあ……」
アリッサが舌打ちをする。面倒くさそうに頭を掻いて大あくびをした。
「えっと……じゃあ、この私の身体にいるのが?」
「……マリナ?」
「そうみたい」
「中身のマリナちゃん、起きてー」
「うーん……はっ!」
ジュリアの身体ががばっと跳ね起きる。鍛えられた腹筋がものを言った。
「え、私がジュリアに入ってるの?」
「そうだよ。私がエミリーちゃんの身体、エミリーちゃんが私の身体、ジュリアちゃんはマリナちゃんの身体に意識がのってるみたい」
「……アリッサの身体か……ジュリアよりましか」
エミリーが嫌そうに呟いた。
「嫌とか言わないでよぉ」
「方向音痴はつらい」
「身体が持っている能力はそのままなんですって。ということは、ジュリアの身体だから運動は何でもできるわね!ジュリアも私の身体だから、きっとピアノが弾けるわよ」
「ピアノなんか弾かないって」
薬の効果を確かめるべく、ジュリアはマリナの身体を好きに動かしてみた。手足を曲げてラジオ体操第二を始める。
「やめて!」
「うん、なかなかいいね。じゃ、皆の今日の予定を確認しておこうよ。きっと面白いことになるよ?」
マリナの中に入ったジュリアはにたにたと笑った。
「私の顔で下品な笑い方するのはやめて」
品行方正なジュリアがマリナを小突いた。
◆◆◆
「王宮に呼ばれてるって、マジかー」
マリナの予定を聞いたマリナ(ジュリア)が顔面を押さえてベッドに倒れた。
「あなた……あ、今は私?の予定は、ヴィルソード家で剣の稽古ね。身体能力はジュリアのままだから余裕だわ」
「マリナはその女言葉を直さないと!アレックスに女だとバレるからね」
「ええ、そうね」
「ほら、また!」
「ジュリアも王宮で粗相のないようにね?王太子殿下はしつこいから、適当にあしらって頂戴ね」
「オーケー」
「エミリーちゃんは、今日もお家で寝てるの?」
「そう。昨日の夜も魔法戦で疲れたの。魔力を回復させたいから、ひたすら寝てくれる?」
「わかった……はあ……」
「何?」
「レイ様にお会いしたかったなあって……」
エミリーの顔でアリッサが泣きそうになる。
「泣くのはやめて。私、泣くのは嫌い」
「ごめんね?レイ様によろしくね」
行くのはアリッサの身体なのだから、レイモンドにはアリッサが来たと思われるだろうし、よろしくの意味が分からないなとエミリーは思った。
「難しい話が出たらスルーするけど、いい?」
「いいよ」
◆◆◆
かくして。
ハーリオン家から相次いで馬車が出発した。
一台は王宮へ、一台はヴィルソード侯爵家へ、もう一台は王立図書館へ。
窓から馬車が出ていくのを見つめて、エミリー(アリッサ)は溜息をついた。
「レイ様……」
ジュリアの突飛な提案に反対しきれなかった弱い自分を悔やみ、ゆっくりとベッドに横たわった。
何回か続きます。




