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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 4 歓迎会は波乱の予兆
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114 宰相令息は涙を流す

【レイモンド視点】


アスタシフォン王国王子一行が、予告もなしに我が国に入国しており、晩餐会の予行をしていた王宮に潜りこんでいた事実は、宰相である父を大いに悩ませていた。俺は王宮に足止めを食らって、これからの対応策について話をする羽目になった。

「至急、王立学院で受け入れるしかないだろう。用意ができるまで王宮にいてもらうか」

国王陛下がちらりと学院長を見る。学院長は白いひげを撫でて放心状態になっている。

「あまり長期間は王宮に留めておけない。先ほど使者を出して、王立学院の男子寮の部屋を整えるよう指示を出した」

父・オードファン宰相が難しい顔で語る。既に手配済みとは、流石父上である。

「学院では歓迎会を予定していただろう?準備は進んでいるのか」

「はい、陛下。……実は、まだ……」

学院長が真っ青な顔で呟いた。年寄りにこれほどの気苦労をかけては、倒れてしまうのではないかとさえ思う。

「レイモンド、生徒会で動けないか。大々的な舞踏会はできないにしても、生徒達の前で留学生を紹介し、余興でも入れて盛り立てればよい。生徒達が主体なら、多少の失敗も大目に見てもらえるだろう」

父の瞳には迷いがなかった。

――ああ、これは、やれってことか。

「父上、それは陛下からのご指示と見てよろしいですよね」

「ああ」

「大丈夫かい、レイモンド?親の私が言うのも何だが、生徒会長はセドリックであの通り頼りないからね。君一人に負担がかかるようでは……」

「ありがとうございます、陛下。ご心配には及びません。会長のセドリック様をはじめ、生徒会には優秀な生徒が揃っておりますから」

――セドリックがまともに使えるか、心配だがな。

頷いた俺を見た学院長が頬を赤らめて手を握ってきた。老人に手を握られても……って妙に汗ばんでいるではないか。

「レイモンド君、君だけが頼りだよ。ありがとう、ありがとう……」


   ◆◆◆


寮に戻るなり、俺は早速、役員達に指示を出すべく分担を考えた。セドリックには歓迎の言葉を言わせよう。問題は文章が書けるかどうかだ。それから、王子と軽く対談をして両国の文化を紹介するか。誰に対談をさせようか。アスタシフォン語を勉強しているマリナがいいだろう。一人では不安だろうから、ハロルドをつけて……。まあ、司会を断るなら他の者に頼むだけだ。


アレックスとジュリアには、余興を担当させよう。出てくれそうな生徒に交渉するのも、彼らが交渉力をつける練習になる。どうもあの二人は、人望はあるものの単刀直入すぎる。心配だと思っていたら、翌日。

案の定、アレックスは余興の一つも決められず、俺に叱られることになった。

「で?余興の一つも満足に用意できなかった、と?」

多少は予想していたが、これほどとは思わなかった。ジュリアも役に立たなかったらしい。

「すみませんっ!皆、準備が間に合わないそうなんです。な、ジュリア?」

「あ、うん。いろんな芸ができる人に当たったけど、ダメだったんだ」

アレックスが頭を下げ、ジュリアは申し訳なさそうに眉を下げた。愛するアリッサと同じ顔立ちのはずなのに、全く可哀想に思えないのは何故だろう。

「腹芸ができるって人に教わろうかと思ったんですが」

「腹芸だと?」

――正真正銘の、阿呆だな!

「国賓相手に腹芸をしようとしていたのか、お前は!」

幾分強い口調で言えば、アレックスが小さく声を上げた。

「お前達二人に任せたのが失敗だった」

そもそも俺の人選ミスなのだ。責任を持って探さなければなるまい。誰も見つからなければ……。

「もういい、余興は俺が探す」

「レイ様!」

後ろから可愛らしい声がし、俺のブレザーの裾が引かれた。

「……アリッサ?」

振り返ると瞳を揺らしたアリッサが俺の怒りを収めようとしていた。

「余興なら、私がピアノを弾きますから。ジュリアちゃんやアレックス君をこれ以上責めないでください」

姉を助けようとする彼女の気持ちにつけこんで、俺は余興を任せてしまった。

俺の過剰な期待が、アリッサを苦しめるとも知らずに。


   ◆◆◆


練習をする彼女に、まじないと称して何度か口づけた。指に、額に、唇に。

うっとりと俺を見上げるアメジストの瞳に心が満たされていく。

――彼女は素晴らしい。

ピアノで『アスタシフォンの想い出』を軽やかに弾く白い指先を見つめ、彼女と出会えたことを神に感謝する。歓迎会の準備に追われているのも忘れて、俺は幸せを噛みしめた。


余興の本番が始まった。

ピアノに指を置いたアリッサの顔色が変わった。舞台の下手側から見ている限りでは、鍵盤を見つめて微動だにしない。

――何があった?

急に体調でも悪くなったのだろうか。緊張で顔色がよくないのだと思ったが。

そっとピアノに歩み寄る。

「何があった?具合でも悪いのか、アリッサ」

ピアノの椅子の背凭れに手を置き囁くと、彼女は首を振って否定する。どう見ても普通ではない。肩に手を置いて励まそうとするが

「あ……ああ……レイ様……」

と鍵盤を凝視したまま震える声で呟いた。

「弾けないわけはないだろう?あれほど練習したんだ」

自信をなくしているのだろうか。音楽室で聞いた演奏は素晴らしかったのに。

「ピアノが……」

小さな声が聞こえた。

「ピアノがどうした?」

俺はピアノに目を向けた。何の変哲もないそれは、昨日マクシミリアン達に言いつけ、綺麗に磨かせたものだ。生徒会室に来たフローラが文句を言っていたのを思い出す。

「変なんです……」

「どういう意味だ?」

おかしいところが見つけられない。アリッサが震えている原因が分からず、俺は首を傾げて彼女を見た。

「鍵盤が……」

「弾けないのを楽器のせいにするのか?」

けしかけるつもりで呟いたのがいけなかった。彼女には逆効果だ。

――しまった……!

「あ……ちが……」

アリッサの顔が悲しみに歪んだ。紫色の大きな瞳からとめどなく涙が溢れる。

「アリッサ?」

――今のは違う。違うんだ。君を泣かせるつもりは……。

次の言葉が口から出る前に、ステージの上が光った。


   ◆◆◆


歓迎会が終わり、俺は走り去ったアリッサを探しに外に出た。廊下で声をかけた生徒達は皆、黄色いドレスの彼女を見ていない。生徒達が講堂から出るより早く、外に行ってしまったのだろう。方向音痴の彼女が、広大な王立学院の敷地内で迷っていると思うと、俺はいてもたってもいられなかった。

『完璧じゃないから、私はレイ様に嫌われているんです!』

涙を流して叫んだ彼女の顔が脳裏に浮かんだ。

自己中心的で彼女に無理を強いてきた俺は、とうとう愛想を尽かされたのだ。

完璧でなければならないなどと言った覚えはないが、きっと俺の態度に出ていたのだろう。アリッサは敏感に感じ取っていたに違いない。


首から肩に緩く巻いていたスカーフを木の枝にかけ、その下でアリッサが跳ねているのを見た時は、心臓が止まるかと思った。全校の前で弾き始めを失敗したというだけで、彼女は首を吊ろうとしていたのか。後ろから抱きしめて止める。

「あれしきのことで死を選ぶなど……俺が許さない」

アリッサを失うかもしれないと思い、感じた恐怖は俺を翻弄した。彼女を再びこの腕に抱けただけで涙が零れていく。

「泣いて……る?」

泣いているところを見られたのは、家族と使用人以外ではアリッサが初めてだ。

「振り向くな。俺を見ないでくれ。……泣き顔を見られたくない」

羞恥心から彼女を振り向かせないようにしたが、結局アリッサは振り返って俺を見つめた。

「見るな」

「泣かないで……」

白くて小さな手が俺の涙を拭う。

「私は死んだりしません。……あなたが願う限り、私は」

願う?

当たり前だ。君にはずっとそばにいてほしい。

「……お願いだ。俺を見捨てないでくれ」

呻くように言うと、アリッサの瞳に戸惑いの色が浮かんだ。濃いめの化粧をした彼女は、普段よりも何倍も妖艶だった。

――もう、手遅れなのか?

俺との別れを決意したとでも?

「レイ様は、期待を裏切った私がお嫌いでしょう?だから、私、距離を」

――とんでもない勘違いだ。

彼女の唇がこれ以上、俺を苦しめる台詞を囁く前にキスで塞いだ。ピンク色の口紅を引いた小さな唇から吐息が漏れた。


   ◆◆◆


近くの四阿まで歩き、胸の内をアリッサに話した。

「そうか……」

アリッサが王立学院の新入生代表の座を得るにあたりどれだけ勉強したか、王太子の誕生祝の舞踏会のためにどれだけダンスを練習したかを聞き、俺は俯いた。

「レイ様……?」

「俺は君に無理を強いてきたのだな」

「無理かなんて!やってみなければ分かりませんわ。レイ様に追いつくために、私、いくらでも頑張ります」

彼女はまた可愛らしいことを言う。

「無理はさせたくない。今回の余興も無理を……」

「無理ではありません!ピアノに魔法がかかっていなかったら、もっと上手に弾けたのに……」

「魔法?」

聞き返すとアリッサは俺の目を見つめて頷く。

「一つ目の音を鳴らした後、私には鍵盤が真っ白の一つの板に見えました」

――酷い話だ。アリッサを陥れようとした奴がいるのか?

「途中でエミリーちゃん達の声がして、舞台が光った後、効果が消えたみたいです」

「ああ、だから弾けたのか。二人が乱入してきて、結果的にはよかったと」

「はい」

「……しかし、君が狙われたのは……」

アリッサがピアノを弾くと知っていたのは生徒会役員と準備に加わった生徒だけだ。壇上に用意されたピアノは、前日には鍵をかけられていたはず。開会の直前に鍵を開けてからは、誰も音を出していない。明らかに犯人の狙いはアリッサだろう。

「私がピアノを弾けないように?」

「大勢の前で恥をかけばいいと思ったか……いたずらにしては度が過ぎている。君には何か心当たりはあるか?誰かに狙われていたり、恨まれているようなことは」

「……いいえ。特には」

アメジストの瞳がみるみるうちに曇っていく。敵の正体も分からず不安なのだろう。

彼女を不安にさせる輩に復讐を誓って、震える肩を強く抱きしめた。


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