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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 4 歓迎会は波乱の予兆
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103 悪役令嬢は不協和音に怯える

魔法科一年の教室に入ったエミリーとキースが目にしたのは、ヒロインの特権で瞳をキラキラさせたアイリーンと、彼女を見つめて微笑するマシューだった。

「えっ……」

無言のエミリーの横で、キースが驚きの声を上げた。

「嬉しいです。大事にしますねっ」

言葉の端々にハートが飛んでいるアイリーンは、エミリー達が入ってきたことに気づいていない様子で、マシューに手を取られている。

――どういうことなのよ!

エミリーは驚き、怒りに震えていたのだが、如何せん無表情なのである。隣に立つキースでさえ、彼女の変化に気づけなかった。


つかつかと二人に歩み寄ると、エミリーは余所行きの笑みを浮かべて

「おはようございます。コーノック先生、シェリンズさん」

とわざとらしく挨拶をした。

「あら、ハーリオンさん、おはようございます。体調はもうよろしいの?」

自分が名字で呼ばれたことに気づいたアイリーンは、勿体ぶってエミリーを名字で呼んだ。

「ええ、すっかり」

――お前が腹を殴ったからだろ!

エミリーは内心毒づいていたが、顔には全く出なかった。

「あ、エミリー、後で……」

「何でしょう、コーノック先生?」

冷たい視線を浴びてマシューは少し怯んだ。よそよそしく名字で呼ぶエミリーの目が全く笑っていない。

「いや、……いい」

「ねえハーリオンさん」

「何かしら?」

「ご覧になって。素敵でしょう?」

促されるままに差し出されたアイリーンの手を見ると、細い手首には魔力を帯びた銀色の腕輪がはまっていた。

――!!

エミリーはあまりのことに目玉が落ちるかと思ったが、実際には眉ひとつ動かなかった。

「まあ。素敵な腕輪ですわね。……流石はコーノック先生の御見立てですね」

――すっかり同じモン贈ってんじゃないわよ!

再び二人に礼をすると、エミリーは何か言いかけたマシューを振り返らず、自分の席へついた。


   ◆◆◆


普通科一年一組は、学院長が王子の出迎えに王宮へ向かったため、歴史の授業の四時間目が自習時間になった。アリッサはこれ幸いと音楽室へ向かい、楽譜を広げて鍵盤に指を置いた。

一つ深呼吸をする。

「幸せな、恋……恋する気持ち……」

――君は、恋の苦しみなど知らなくていい。

レイモンドの言葉が胸に広がる。

彼を信じている。アリッサが恋に苦しむとしたら、彼がアイリーンに恋した時だ。

「大丈夫……気持ちを強く持たなくちゃ」

流れるようなパッセージが始まる。春の情景とともに、アリッサはレイモンドと出会った頃の心浮き立つような日々を思い出していた。攻略対象を好きになってはいけないと思いながら、どうしようもなく彼に惹かれていった日々を。


第二楽章を弾き始めると、アリッサの心はさらに弾んだ。レイモンドを好きで好きで、誰にも止められないくらい好きなのだと思う。明るい夏の日差しを思わせる旋律が、アリッサの想いを乗せて甘く広がっていく。

パチパチパチ……。

不意に背後で拍手の音がした。

――もしかして、レイ様?練習を見に来て下さったのだわ!

胸が喜びに震える。紅潮した頬、少しだけ開いた唇、輝くアメジストの瞳が振り返る。


「素晴らしい演奏でしたね」

抑揚のない声が音楽室に響いた。

マクシミリアンは脇に書類を挟んで拍手を続けた。

「……どうして、ここに……」

彼はアリッサが音楽室で練習していることを知らなかったはずだ。

「学院長先生がいらっしゃいませんから、四時間目が自習になったのでしょう?」

「ええ……その通りです」

一見すると優しそうな瞳がアリッサを見つめている。マクシミリアンは一歩一歩距離を詰めてくる。アリッサはピアノの椅子に座ったまま、動くことができないでいた。

「余興があなたのピアノだけと聞きまして」

「昨日の今日ですもの、準備が間に合わないと……」

「そのようですね。おや……先ほどのあなたはもっと笑顔だったような気がしますが」

マクシミリアンは淡白な瞳を瞬かせた。

「気持ちを込めていたんです」

「なるほど。……レイモンド副会長が褒めていましたよ」

「レイ様が?」

――しまった!

とアリッサが思った時には、マクシミリアンの瞳が見開かれた後だった。書類が音を立てて床に落ち、四方に散らばる。

「……レイ様?」

薄い唇が片側だけ吊り上がる。上から見下ろす視線に冷たい炎が宿り、マクシミリアンはクッと小さく喉を鳴らした。

「相変わらず、馬鹿な女だな」

長い指がアリッサの顎を掴み、上を向かせられる。

――こ、怖い先輩だ……どうしよう、逃げられない。

「レイモンドはお前なんか見ていない」

ドクン。

アリッサの心臓が嫌な音を立てる。無意識のうちに、紫の瞳が涙に濡れた。

椅子から立ち上がり、鍵盤に背を向けて逃げようとすると、マクシミリアンが目の前に回り込んだ。


バーン。

彼の両手がアリッサを囲い込み、叩かれた鍵盤が不協和音を奏でる。

大きな音に身体がびくりと震えた。

「あいつが好きなのは、頭ん中で作られた偶像――『完璧な婚約者』さ」

目を見開いたマクシミリアンは、怯えるアリッサを前にして愉しそうに笑った。

「お前如きがなれるわけがないだろう?早く気づくことだな」

「……私っ、頑張ってっ……」

「無理だ。諦めろ」

「嫌……ですっ……」

アリッサはしゃくり上げながら懸命に訴えた。マクシミリアンは鼻先で笑うと、

「諦めて、俺の腕に堕ちてこいよ。……可愛がってやるぜ?」

と耳元に唇を寄せて囁いた。


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