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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 4 歓迎会は波乱の予兆
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102 悪役令嬢と悲しみのソナタ

翌朝。

女子寮の前に立ったレイモンドは、蕩けそうな笑みでマリナを見つめるセドリックを苦々しく思った。

「少しは遠慮しろ」

「僕の辞書には遠慮の文字はないよ」

王太子は悪びれず、愛しい婚約者(候補)の手を取った。

「アリッサの姿が見えないが、どうした?」

鉄面皮のレイモンドにも少しだけ焦りの色が見えて、マリナはふふっと笑った。

「二時間前に登校しましたわ」

「何?」

「先に行って練習すると申しておりました。寮にはピアノがございませんもの」

マリナが言い終わらないうちに、レイモンドは踵を返して足早に校舎へ向かった。


「アリッサは練習を頑張っているんだね」

「ええ。自宅と図書館以外は出かけたことが殆どありませんから、人前で演奏するなんて初めてのことでしょう。自分にできる最高の演奏をしたいと」

「ふうん。曲目は何?僕は聞いてないけど」

「『アスタシフォンの想い出』ですわ。所々難しい部分があるんです」

「そうか……」

セドリックは視線を落として考え込んだ。

「セドリック様?どうなさいました?」

「大丈夫かな、アリッサ。何だか、レイが期待をかけすぎているように思うんだ」

彼は自分の気持ちを代弁してくれたとマリナは思った。昨夜もアリッサの様子に不安を覚えていたが、本人がやる気になっている以上、水を差すのは悪い気がしたのだ。

「アリッサはずっと、彼の理想に近づけるよう頑張ってきたのです。今回もきっと、やりとげてくれると思いますわ」

「そう……ああ、レイが羨ましいなぁ」

遠ざかるレイモンドの背中を目で追い、セドリックがおどけるように言った。


   ◆◆◆


早朝の音楽室から、川のせせらぎのように流れる旋律が聞こえる。レイモンドは足を速めてドアを開けた。中では無心でピアノを弾いているアリッサの姿があった。『アスタシフォンの想い出』は四楽章からなるピアノソナタである。第一楽章は、春の木漏れ日の中を流れる川を音で描写したものだ。恋の始まりを連想させる華やかな旋律が印象深い。

「アリッサ」

レイモンドは第一楽章が終わったところで声をかけたが、アリッサは彼の声に気づかずに第二楽章を弾き始める。花々が咲き誇る庭園で恋を語らう恋人達を連想させる甘く切ない旋律が、アリッサの白い指先から生み出されていく。

「……素晴らしいな」

低く呟くものの、アリッサには聞こえていないようだった。

第三楽章に入り、秋の夕暮れを描いたもの寂しい曲調になる。第一楽章と第二楽章の主題であった旋律が、短調に変わって現れる。間をおかずに演奏されるのが通例となっている第四楽章は、厳しい冬の情景から春への希望を表しているとされる。ソナタは作曲家自身の恋の想い出であり、アスタシフォンに残してきた恋人への贖罪の気持ちを昇華させたものと言われている。


レイモンドが後ろで聞いていても、アリッサは夢中になってピアノに向かっている。

「……っく、うう……」

「……?」

不審に思ったレイモンドがピアノの傍に立つと、アリッサはやっと彼に視線を向けた。

「……レイ様」

「どうして泣いている?練習がつらいのか」

「いえ、違うんです……曲が」

「曲がどうした」

「悲しくて……これは叶わない恋のお話なのでしょう?」

「そうらしいな。歓迎会で弾くのは第二楽章まででいい。皆に知られているのもそこまでだからな。……君は」

そこまで言って、レイモンドは眼鏡の奥の瞳を細めてフッと笑った。

「恋の苦しみなど知らなくていい」

ぱっと顔を赤らめて俯いたアリッサの額にかかる髪を撫で、

「上手く弾けるように、まじないだ」

と囁き、軽くキスを落とした。


   ◆◆◆


「歓迎会は午後からだろ。そわそわしすぎだぞ、ジュリア」

「うちのクラスに王子が来るんだよ?楽しみじゃん」

剣技科一年の教室は、朝から皆浮き足立っていた。授業に身が入らず、教師達も半ば諦めてアスタシフォンについて雑談を始めたほどである。

「ジュリアは歓迎会で何の役割もないんだから、少しは……」

「お、めっずらしー。授業中は睡眠学習してるアレックスがマトモなこと言ってる」

話している二人の間に、ジュリアの後ろの席のレナードが割って入った。

「何だよ。悪いか」

金色の瞳がレナードを睨んだ。

「いいや?真面目で結構。そういや、アレックスが王子の世話係になったんだって?」

「ああ。先生に指名された」

「よかったな。ジュリアちゃんじゃなくて」

「私?別にお世話してもいいよ?友達になれそうだし」

「甘いなあ」

レナードは人指し指を立てて、ちっちっ、と舌打ちした。

「友達以上に気に入られたらどうすんのさ。アスタシフォンに連れて行かれちゃうよ?」

「だ、ダメだっ!そんなの」

襟首に掴みかかったアレックスをいなして、レナードは続ける。

「嫌なら徹底的に守るしかないよね?僕らのお姫様をさ」

猫目が細められる。ジュリアはきょとんとして二人のやり取りを見守っていた。


「……なあ、ジュリア」

「ん?」

「お前、男にならないか?」

「はあ?」

久しぶりに声が裏返ってしまった。

「前みたいにさ、男のふりしてたら、王子も気づかないと思うんだ」

「無理無理。ジュリアちゃんはどこをどう見ても女の子でしょ」

「うーん……」

ジュリアは自分の身体をまじまじと見た。長く伸びた手足は少年らしいと言えなくもない。

「髪が長い男子は結構いるし、まあ……」

がっかりするくらい成長が見えない胸も、布を巻けば隠せそうではある。

「ちょっと待ってよ。本当に男装するつもりなの?寮はどうすんのさ。男子が女子寮に帰ったら即バレるよ?」

はっ、とジュリアとアレックスが固まった。

「確かに、そうだよな」

「盲点だった……そっか。私はマリナ達と同じ部屋だとおかしいよね」

「男子は女子寮に入れないからな」

「逆も禁止されてるよね。……マリナはセドリック様のお見舞いに行ったけど」

「入っていいのか?」

「フィービー先生に魔法で転移させられて、こっそり行ったみたい。まあ、婚約者だから大目に見てもらったと思うよ」

「そうか!」

赤い髪が揺れ、アレックスの金の瞳がきらきらと輝いた。

「アレックス?」

目の前でレナードが手を振っても、彼の眼には映らないようだった。

「あ、これ、いつもの……?」

ガタリ。

椅子から立ち上がり、アレックスは全身からキラキラオーラを発して

「職員室に行ってくる。……俺に任せろ!」

と駆け出して行った。


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