101 悪役令嬢の作戦会議 8後
「ロイドが、アイリーンと?」
マリナの顔が引きつり、ジュリアは口をぽかんと開け、アリッサは毛布を抱きしめて怯えた顔をしていた。
「そう。……ピンクの髪の侍女が、ロイドに接触してる」
「うちの従僕に目をつけるなんて、絶対なんかあるね」
「ええ。内情を知る目的かしら。前にハリーお兄様に接触しようとしたでしょう?」
「アレックス君が魔法にかけられた時よね」
苦い思い出が蘇り、ジュリアは顔を顰めた。
「うん。……もしかして、ロイドも魅了の魔法をかけられているんじゃないかな」
「……可能性はある」
「じゃあ、簡単じゃん。リリーにキスしてもらえば……」
「リリーは泣いてた。そんなに簡単に夫婦仲が戻るとは思えない」
「時間が経てば魔法の効果が切れるのよね。ロイドの様子を見ながら、私達も迂闊なことを言わないように気をつければいいのではないかしら」
うーん、と三人が唸った。
「ロイドは寝室には入れないから、『とわばら』関連の話は寝室でしなくちゃね」
「ジュリアちゃんが声を小さくしないと」
「見られたくないものや、大事なものは鍵のかかる引き出しに入れて、鍵を持ち歩きましょう?」
「……盗まれる?」
「ロイドを疑いたくはないけれど、魅了の魔法にかかっていたら何をするか分からないわ」
「王妃様のイヤリングは絶対に取られちゃだめよね」
アリッサはマリナの耳に視線を向け、あ、と呟き口元を覆った。
「……何」
眉間に皺を寄せてエミリーがアリッサの頬に顔を寄せ、視線の先を辿る。
「あのね、マリナちゃんの耳……」
「また赤くなってる。……大きな蚊に食われたか」
にたり、と笑うエミリーのアメジストの瞳は、好奇の色が浮かんでいる。
「どれどれ?……うわ、マリナ、首筋にも二つ……またハリー兄様にやられたの?」
制服のブラウスならギリギリ隠れるラインに赤く痕がついていた。
「……ジュリアはいつもズバリ斬りこむな」
「剣技科だもの、仕方ないよ」
妹二人が姉二人のやり取りを見守っていた。
「……アスタシフォン語で話す練習をしたのよ。グランディア語を使うと、ペナルティを課すって……」
「耳を噛まれたわけか。首のキスマークは何なのさ」
「同じよ。耳の次は唇だって言うから……」
「……キスしたの?」
「し、してないわよ!」
「制服で見えないところにキスマークって、キスよりヤバくね?」
「リボンを解いて、ボタンを一つか二つ外さないと……きゃあっ」
アリッサが両頬に手を当てて顔を振っている。
「義兄を調子に乗らせるな。後で困ることになるぞ」
真っ赤になっているマリナの腕を掴み、エミリーが強い口調で言った。眠そうだった瞳が見開かれている。
「マリナは流されすぎる。王太子妃になると決めたなら、義兄を突き放せ。王太子だけを見つめて生きるんだ。……ヤンデレだろうが知ったことか」
「エミリーちゃん……」
「私も、マリナは流されすぎだと思う。兄様を突き放すくらいしないと、次はキスマークだけですまないと思うよ。……しっかし、兄様、やってくれたな」
「箍が外れた感じ?」
「入学する前は……ううん、入学してからもしばらく、お兄様は王太子殿下の身分に遠慮してマリナちゃんと距離を置いていたでしょ?ここのところ、気持ちを隠さなくなったっていうか、王太子殿下の前でも堂々としてるよね」
「そうそう。堂々とロックオンしてるね。将来は領地管理人じゃなくて、他の仕事につけそうだからなあ。アスタシフォン語も得意だし。マリナ以外の令嬢が目に入らないっていっても、婿に欲しい貴族がわんさかいそうだよ」
「お兄様が、婿に……」
「……そこ、悩むな。婿に行ってもらえば、王太子妃になる障害が減ると思う」
「そうだわ。それがいいよね。お兄様が誰かのお婿さんになって、マリナちゃんは殿下のお妃様になるの。お父様にお手紙を出して、いい縁談を探してもらえば……」
「うちから出ていってもらわないと、卒業しても家庭内ストーカーされるんだよ。隠しキャラだったら何が起こるか分かんないじゃん。その前に、誰か適当な彼女を見つけてあげようよ!」
◆◆◆
就寝の挨拶をしてベッドに入ってから、一時間以上は経ったと思う。
アリッサとエミリーの規則正しい寝息が聞こえ、ジュリアが寝具を蹴飛ばして落とした音がした。マリナはベッドから下りて窓辺に寄り、落ちている毛布と上掛けと拾ってジュリアにかけてやった。
――眠れないわ。
明日は歓迎会だ。司会者が目の下に隈を作って皆の前に立つわけにはいかない。分かっているのに、心がざわついて仕方がない。
――お兄様に、誰か、女の方を……。
自分がセドリックの妃になるなら、それが一番の解決法に思える。高位の貴族から婿にと請われれば、ハーリオン家の養子とはいえほぼ平民の彼にとっては大出世だ。実力で手にできるであろう爵位を超える可能性が高い。一侯爵領の管理人で生涯を終えるよりずっといい。
――お兄様にとって幸せなことなのに。
純粋に彼の幸せを願えない自分がいる。マリナは妹達の言葉を思い出した。
――私、流されすぎなのだわ。
婿に行ってもらえば、王太子妃になる障害が減る。卒業して侯爵家に戻っても、ハロルドが一つ屋根の下にいれば、何が起こるか分からない。彼は隠しキャラかもしれないからだ。
――お父様に、手紙を書こう。
ハロルドに相手を見つけてくれるように頼もう。説明がつかない自分の気持ちに整理をつけるために。彼が婚約すれば、きっと、こんな物思いも終わるはずだから。




