17 悪役令嬢の密談 6
王宮から戻ったマリナが、自分のベッドで寝具を引き被って震えていると執事に聞き、妹達は耳を疑った。
「マリナちゃんが?」
「はい。真っ青なお顔で馬車から降りられ、ふらふらとお部屋に入られたかと思うと、ベッドにお倒れに……」
「やばい薬でも盛られたんじゃない?」
「呪いか」
「いえ、すぐに回復魔導士を手配いたしましたが、不穏な魔力の気配は感じられず。念のため全身に治癒魔法を受けられました」
「お父様とお母様にはこのことは?」
「旦那様と奥様にはお伝えしておりません。マリナお嬢様が、お二人にご心配をおかけしたくないと仰せでしたので」
「まあ、そうよね。お母様は体調を崩してるし、お父様はまだ王宮から戻ってないもん」
「心配だわ。マリナちゃんも、お母様も……」
「行きましょう」
エミリーが静かに姉達の手を引き、三人は寝室へ向かった。
マリナのベッドへ近づき、エミリーは心を落ち着かせる安息の魔法をかける。前世で言うところの鎮静剤のようなものだ。背を撫でながらアリッサが語りかける。
「大丈夫よマリナちゃん。どんなことがあっても、私達が一緒にいるわ」
「そうだよ。王宮で何があったか知らないけどさ、皆で考えれば……」
がばっ
とマリナが布団を飛ばして起き上がり、ジュリアの頭にかかる。
「ふむっ!」
「あれ、元気になった……加減間違ったかな」
エミリーがじっと手を見る。何か精神干渉系の魔法をかけていたらしい。
「こんなことでいちいちビビッていられないわ!」
普段のお嬢様らしさが吹っ飛んでいるマリナは、何か心に決めたようだった。
「見てなさい王太子!私、必ずあなたに嫌われてやるわ」
◆◆◆
「そっかー。マリナもとうとう会っちゃったかあー」
ジュリアが頭の後ろで手を組んで横になる。攻略対象と会うなという決まりを一番初めに破ったくせに堂々としたものである。
「マリナちゃん、王太子様の怪我を直して差し上げたの?」
「ええ。手にまめができて擦り切れて痛くて、剣の練習なんか嫌だとか文句言ってるから、イラッときて」
前世でダメ男に引っかかっていたマリナとしては、もう手のかかる男はゴメンである。現時点で、年齢的にも家格的にも彼女が婚約者候補筆頭とされている今の王太子は、初対面でグズグズした我儘坊やだと感じた。関わり合いになりたくない。
「治してやるからさっさと練習しろ、みたいな?」
「そうよ。私だって毎日家庭教師の先生方に、教養だのダンスだの礼儀作法だのって教わっているのに、逃げ出したことないもの。一国の王となる人間が、手のまめくらいでピーピー泣いてるなんて許せない。あれで年上って言うんだから呆れるわ」
毎日の朝食後から昼まで、昼食後は夕方まで、ハーリオン侯爵家令嬢である四人は、一流の教師陣の教えを受けている。マリナ以外の三人は、何やかやと理由をつけて興味がない授業をサボっているのだが、真面目なマリナは全科目に出席している。学校で言えば皆勤賞ものである。
「……ドSの本領発揮」
「違うわよ。私は上に立つ者のあるべき姿をね」
「マリナちゃんは自分で気づいてないと思うけど、マリナちゃん並みに完璧にできる人なんてなかなかいないんだよ?」
「他人にも同レベルを求める時点で結構なドSだと思う」
「そうかしら」
そうそう、と三人の妹は頷く。
「きついこと言われ慣れてない王太子にはちょうど良かったんじゃない?」
「私、そんなにきつくは……きつかったかも。稽古が嫌で泣いてたのに、いつのまにか私が泣かせていたような……」
「早速嫌われたようで、狙い通りね」
エミリーは無表情で四指を曲げて親指を上げ、ジュリアがグッジョブと笑った。
王太子セドリックの攻略ルートは、アレックスやレイモンドと同じように、親密度とパラメーター上下により三つある。メイン攻略キャラなだけあってユーザーに優しい設定となっており、パラメーターを万遍なくそれなりに上げていれば攻略できる。学院では上級生のはずなのにヒロインと出会う確率が高く、親密度もガンガン上がる仕様となっていた。さらに、パラメーターを上げると勝手に親密度も上がってしまう仕掛けで、ファンの間では幻の友情エンドとさえ言われていた。王太子ルートを攻略していたマリナにも、友情エンドを見た経験はない。
しかし、親密度が高ければ、パラメーターの高低に関わらず、悪役のハーリオン侯爵令嬢は学院のパーティーで断罪され婚約破棄される。ヒロインのパラメーターが高ければ、王太子は彼女を妃に迎え、一方で侯爵家は悪事がバレて没落し一家離散、一人残された令嬢は夜盗に殺される。ヒロインのパラメーターが低いと、王太子の妾として王宮に住むことを許される。王太子妃に選ばれたハーリオン侯爵令嬢は、王太子の子を身ごもるも、従者と不義密通の罪により裁かれる。罪人が幽閉される城に軟禁されて発狂して死ぬ。
「王太子の婚約者にならなければいいの」
「しっかし、酷いエンディングだな」
「アレックスルートだって酷いじゃない。DV男の妻なんて」
「でもさー、子供作ったのに幽閉されるって……だって、不義密通って言っても、証人なんていないじゃん」
「妃が浮気しました!って言った者勝ちってこと?」
「そーそー。要はさ、ヒロインを正妃の座につけるための嘘かもしんないわけで」
「だったら王太子は相当のカスだわ」
「ちょ、エミリーちゃん!……まあ、そうよね。子供の父親が王太子様だとしても、幽閉された妃が生んだ子を王位に就かせないでしょうね……」
エミリーがマリナの正面に座り薄く微笑んだ。
「夜盗に犯られて殺されるのと、王太子にヤリ捨ての上殺されるのと、どっちがお好み?」
「ヤリ捨……コホン。どちらも嫌よ。だから、婚約者にはならないわ」
「ふぅん」
「自分だけ攻略対象者に会ってないからって、余裕だな、エミリーは」
「どうかな。……そうそう、さっきお母様に手紙が来た」
侯爵家を覗き見る輩と魔力で毎日戦っているエミリーは、敷地全体に結界を張っている。そこへ王妃からの手紙を携えた小鳥が、侯爵夫人の元へ飛んできたのである。小鳥を使役する魔力を感じ、波動から王妃のものだと推測した。母と王妃は日頃何度も手紙をやり取りしているため、小鳥が結界に触れた瞬間に慣れた感触がし、結界を緩めた。
「またお茶会へのお誘いかしら」
「臨月の友人に向かって、城に来いって言う?王妃様って結構アホなの?」
「お母様を王宮に行かせちゃダメ。侯爵家が断罪される理由の一つに、侯爵夫人が王の妾だってことがあるわ。王太子様がマリナちゃんを嫌うのはいいけれど、ハーリオン侯爵家へのマイナスイメージは没落の原因になっちゃうよ」
アリッサの必死の形相に、姉妹ははっと息を呑んだ。




