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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 4 歓迎会は波乱の予兆
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95 少年剣士と腹芸男

【アレックス視点】


「アレックス、ジュリア。二人で余興の出演交渉を頼む。準備に一日しかないが、引き受けてくれる生徒はいるはずだ」

「今から?」

レイモンドの指示に、ジュリアが聞き返した。俺も正直、今からじゃ無理だと思う。

「今から、だ。演目は問わない。任せたぞ」

「冗談でしょ」

「俺も難しいと思います」

「この程度の課題をこなせないようでは、王の側近は務まらないぞ」

セドリック殿下が王になった時に、俺は側近の近衛騎士になりたい。そのための試練だと思うことにした。

「……ガンバリマス」

――脅迫してるよな、これ。

俯いた俺を下からジュリアが覗き込んだ。

「え?引き受けるの、アレックス」

「ああ」

「ふうん……わかった。一緒に頑張ろうね」

歯を見せて笑う。俺の……婚約者は今日も可愛い。


   ◆◆◆


「余興かあ……何かいいのある?」

廊下の壁に凭れて、ジュリアは前を歩いている生徒達を眺めている。何か一芸を持っている生徒がいないか、俺達はぼんやり考えていた。それにしても、レイモンドは鬼だ。明日までに三組の出演者を探せと言う。

「劇はどうだ?芝居小屋で見たやつ!」

何年か前にジュリアと一緒に劇を見に行ったことがあった。あの後、誘拐事件に巻き込まれて大変な目にあったが、劇は楽しい思い出だった。

「一日でできるわけないじゃん。台本もないし」

「……そっか、そうだよな。踊りも練習しないと難しいだろうし、後は歌か?」

劇の中では歌もあった。剣を使った演技は、本物の立ち回りかと思った。要するに見せ方が上手かったのだろう。

「アレックス、歌は得意だっけ?」

「……う」

――悪かったな、下手で。

恨めしい気持ちでジュリアを見ると、紫色の瞳を細めてにやにやしている。

「楽器はどうだ?」

ジュリアは楽器が弾けないはずだ。俺は仕返しのつもりだった。が、

「アレックスは何か弾けるの?」

と訊かれてしまった。

「任せろ。手拍子と口笛専門だ」


教室に戻り、ジュリアはレナードの知り合いを当たってみると言い出した。

「俺と二人で頼まれたんだ。レナードに頼まなくても……」

「アレックスは知り合い少ないでしょ?私も入学するまではアレックスしか友達がいなかったんだもん。ここはレナードの人脈を頼りにするしかないよ」

――友達?

今、さらっと言われたが、友達って……。

両想いだと確認してから、ずっと気になっていたことがある。ジュリアにとって、俺は何なんだろう?親友から恋人になったと思っていたが、実質親友だった頃と変わっていない。

「俺、誰か見つけてくる。……俺に任せろ!」

レナードばかりを頼る彼女にいいところを見せたい。つい、大きく出てしまった。

「アレックス……」

二人は困ったような顔で俺を見ていた。


   ◆◆◆


「また歓迎会の話か」

普通科二年に変わった芸ができる男がいると聞いて、俺は彼に出演交渉をしていた。

「さっきも同じような話をされてさ。準備もあるから断ったんだよ」

「準備?」

「腹に絵を描くんだ。俺の場合、結構本格的だから、自分で描くのは半日がかりなんだよ」

「……そうですか。自分の身体に絵を描くって難しいんですね」

「ああ。……ん?そうか!」

撫でつけた髪がテカテカと光っている。

「?」

「君の身体に描いたら、時間がかからないぞ」

「お、俺ですか?」

「そうだよ、君が腹芸を覚えて、皆の前で披露すればいいじゃないか。なあに、すぐ覚えられるさ」

「いや、俺は……」

半歩後ずさると、二年の生徒は俺の制服に手をかけた。

「ひとまず脱ぐんだ。……よし、俺の秘伝の技を伝授しよう!」

腹芸男は自分から制服のブレザーとワイシャツを脱ぎ始めた。ぷよぷよした身体が見えた。俺も観念して上半身裸になる。

「うーん。君、腹筋ありすぎるね」

「ダメですか?」

「ガッチガチに割れた腹筋じゃ、俺の技は教えられないな」

――よ、よかった。

腹芸を教わる気はさらさらなかったから助かった。

「そ、それじゃ、失礼します……」

脱ぎ捨てた制服を引っ掴み、俺は足早に二年の教室を出た。


   ◆◆◆


――何だ?

廊下に出るとやけに視線を感じる。

女子生徒がこちらを見て、ひそひそ話をしている。短い悲鳴も聞こえた。一体なんなんだ。

「アレックス!」

廊下の端に銀色の髪が見えた。ジュリアが足早にこちらへ向かってきた。自分の制服のボタンに手をかけている。

「ジュリア、出演交しょ……ぶはっ」

茶色の何かで目の前が暗くなった。顔を手で払うと、ジュリアのブレザーが落ちた。

「廊下でなんてカッコしてんの!やめてよ!」

俺を咎めるジュリアも、ブレザーを脱いだワイシャツ姿だ。女子はブラウスを着るのだが、ジュリアは男物のワイシャツにネクタイをしている。身体の線が見えてしまう。

「ほら、隠してあげるから、早く服着てよ」

「別に俺の裸なんか誰も見ねーよ」

「見られてるじゃん。気づいてないの?」

「見られても構いやしないって」

そういうと、ジュリアは頬を紅潮させて俺を睨んだ。

「私が構うの!」


――や、ば、可愛い。これって、つまり……。

「アレックスのそういうカッコ、他の人に見られたくないの!」

嫉妬だ!やきもちっていう奴だよな。

『祝・ヤキモチ』と俺の脳内で横断幕が掲げられた。ジュリアはワイシャツを俺に着せようとする。首に手を回され、ふわりと漂う香りに心臓が跳ねた。

「……ジュリア」

「いいから早く……ひゃっ」

裸のままジュリアを抱きしめると、真っ赤になって俺の腕から逃れようとする。通行人が見ているが、知ったことか。ひそひそ話をしたけりゃすればいい。

ワイシャツ越しにジュリアの体温を感じる。柔らかくて温かくて気持ちがいい。

「……はあ……気持ちいい」

ポロリと本音が出た。瞬間、ジュリアの鉄拳が俺の右頬に決まった。

「恥ずかしいこと言わないで!放してよ!」

彼女なりに俺を意識してくれていると判り、自然と頬が緩んだ。どう見ても、これは単なる親友ではない、恋人の距離感だった。嬉しくなって抱きしめる腕に力を込め、彼女の肩に頭を乗せた。


本日の2話目は深夜になるかもしれません。

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