95 少年剣士と腹芸男
【アレックス視点】
「アレックス、ジュリア。二人で余興の出演交渉を頼む。準備に一日しかないが、引き受けてくれる生徒はいるはずだ」
「今から?」
レイモンドの指示に、ジュリアが聞き返した。俺も正直、今からじゃ無理だと思う。
「今から、だ。演目は問わない。任せたぞ」
「冗談でしょ」
「俺も難しいと思います」
「この程度の課題をこなせないようでは、王の側近は務まらないぞ」
セドリック殿下が王になった時に、俺は側近の近衛騎士になりたい。そのための試練だと思うことにした。
「……ガンバリマス」
――脅迫してるよな、これ。
俯いた俺を下からジュリアが覗き込んだ。
「え?引き受けるの、アレックス」
「ああ」
「ふうん……わかった。一緒に頑張ろうね」
歯を見せて笑う。俺の……婚約者は今日も可愛い。
◆◆◆
「余興かあ……何かいいのある?」
廊下の壁に凭れて、ジュリアは前を歩いている生徒達を眺めている。何か一芸を持っている生徒がいないか、俺達はぼんやり考えていた。それにしても、レイモンドは鬼だ。明日までに三組の出演者を探せと言う。
「劇はどうだ?芝居小屋で見たやつ!」
何年か前にジュリアと一緒に劇を見に行ったことがあった。あの後、誘拐事件に巻き込まれて大変な目にあったが、劇は楽しい思い出だった。
「一日でできるわけないじゃん。台本もないし」
「……そっか、そうだよな。踊りも練習しないと難しいだろうし、後は歌か?」
劇の中では歌もあった。剣を使った演技は、本物の立ち回りかと思った。要するに見せ方が上手かったのだろう。
「アレックス、歌は得意だっけ?」
「……う」
――悪かったな、下手で。
恨めしい気持ちでジュリアを見ると、紫色の瞳を細めてにやにやしている。
「楽器はどうだ?」
ジュリアは楽器が弾けないはずだ。俺は仕返しのつもりだった。が、
「アレックスは何か弾けるの?」
と訊かれてしまった。
「任せろ。手拍子と口笛専門だ」
教室に戻り、ジュリアはレナードの知り合いを当たってみると言い出した。
「俺と二人で頼まれたんだ。レナードに頼まなくても……」
「アレックスは知り合い少ないでしょ?私も入学するまではアレックスしか友達がいなかったんだもん。ここはレナードの人脈を頼りにするしかないよ」
――友達?
今、さらっと言われたが、友達って……。
両想いだと確認してから、ずっと気になっていたことがある。ジュリアにとって、俺は何なんだろう?親友から恋人になったと思っていたが、実質親友だった頃と変わっていない。
「俺、誰か見つけてくる。……俺に任せろ!」
レナードばかりを頼る彼女にいいところを見せたい。つい、大きく出てしまった。
「アレックス……」
二人は困ったような顔で俺を見ていた。
◆◆◆
「また歓迎会の話か」
普通科二年に変わった芸ができる男がいると聞いて、俺は彼に出演交渉をしていた。
「さっきも同じような話をされてさ。準備もあるから断ったんだよ」
「準備?」
「腹に絵を描くんだ。俺の場合、結構本格的だから、自分で描くのは半日がかりなんだよ」
「……そうですか。自分の身体に絵を描くって難しいんですね」
「ああ。……ん?そうか!」
撫でつけた髪がテカテカと光っている。
「?」
「君の身体に描いたら、時間がかからないぞ」
「お、俺ですか?」
「そうだよ、君が腹芸を覚えて、皆の前で披露すればいいじゃないか。なあに、すぐ覚えられるさ」
「いや、俺は……」
半歩後ずさると、二年の生徒は俺の制服に手をかけた。
「ひとまず脱ぐんだ。……よし、俺の秘伝の技を伝授しよう!」
腹芸男は自分から制服のブレザーとワイシャツを脱ぎ始めた。ぷよぷよした身体が見えた。俺も観念して上半身裸になる。
「うーん。君、腹筋ありすぎるね」
「ダメですか?」
「ガッチガチに割れた腹筋じゃ、俺の技は教えられないな」
――よ、よかった。
腹芸を教わる気はさらさらなかったから助かった。
「そ、それじゃ、失礼します……」
脱ぎ捨てた制服を引っ掴み、俺は足早に二年の教室を出た。
◆◆◆
――何だ?
廊下に出るとやけに視線を感じる。
女子生徒がこちらを見て、ひそひそ話をしている。短い悲鳴も聞こえた。一体なんなんだ。
「アレックス!」
廊下の端に銀色の髪が見えた。ジュリアが足早にこちらへ向かってきた。自分の制服のボタンに手をかけている。
「ジュリア、出演交しょ……ぶはっ」
茶色の何かで目の前が暗くなった。顔を手で払うと、ジュリアのブレザーが落ちた。
「廊下でなんてカッコしてんの!やめてよ!」
俺を咎めるジュリアも、ブレザーを脱いだワイシャツ姿だ。女子はブラウスを着るのだが、ジュリアは男物のワイシャツにネクタイをしている。身体の線が見えてしまう。
「ほら、隠してあげるから、早く服着てよ」
「別に俺の裸なんか誰も見ねーよ」
「見られてるじゃん。気づいてないの?」
「見られても構いやしないって」
そういうと、ジュリアは頬を紅潮させて俺を睨んだ。
「私が構うの!」
――や、ば、可愛い。これって、つまり……。
「アレックスのそういうカッコ、他の人に見られたくないの!」
嫉妬だ!やきもちっていう奴だよな。
『祝・ヤキモチ』と俺の脳内で横断幕が掲げられた。ジュリアはワイシャツを俺に着せようとする。首に手を回され、ふわりと漂う香りに心臓が跳ねた。
「……ジュリア」
「いいから早く……ひゃっ」
裸のままジュリアを抱きしめると、真っ赤になって俺の腕から逃れようとする。通行人が見ているが、知ったことか。ひそひそ話をしたけりゃすればいい。
ワイシャツ越しにジュリアの体温を感じる。柔らかくて温かくて気持ちがいい。
「……はあ……気持ちいい」
ポロリと本音が出た。瞬間、ジュリアの鉄拳が俺の右頬に決まった。
「恥ずかしいこと言わないで!放してよ!」
彼女なりに俺を意識してくれていると判り、自然と頬が緩んだ。どう見ても、これは単なる親友ではない、恋人の距離感だった。嬉しくなって抱きしめる腕に力を込め、彼女の肩に頭を乗せた。
本日の2話目は深夜になるかもしれません。




