87 悪役令嬢は王子の噂を聞く
マリナがセドリックから宝石を渡されているのを見て、アレックスは渋い顔をしている。
「どうしたの?」
「うん……殿下がマリナに何か渡してるなって」
「え?また?」
昨日の今日である。王太子は贈り物攻撃に切り替えたかとジュリアは驚いた。
「また、って、前にもあったのか」
「昨日王宮に行く前に、髪飾りをもらったんだよ。サファイアの」
「サファイア……青いやつだよな」
「そう。殿下の瞳と同じ色なんだってさ」
アレックスは宝石に疎い。アクセサリーのデザインの違いもよく分からないらしい。
「だから?」
「自分の色を身に付けさせて、『僕のマリナ』にしておきたいんでしょ。マリナは青が好きだし、満更でもなさそう」
「ふうん……なあ、ジュリアも欲しいか?」
「髪飾り?要らない。ドレス着ないし」
「他のはどうだ」
「指輪やブレスレットは剣の練習で傷つけそうだし、イヤリングは絶対片方落とすね。うーん、ペンダントなら服の中に入れていれば練習の時も大丈夫かなあ……」
「分かった。ペンダントな」
「いいよ、別に。私に宝石なんか、似合わないもん」
強がっているジュリアの微笑に、アレックスは胸が苦しくなった。
◆◆◆
「わたくしもお手伝いさせてくださいませ!」
緑の瞳をきらきらさせたフローラは、廊下でマリナとアリッサに詰め寄った。
「フローラちゃん……」
「人手が多い方が助かるもの。お願いしましょうよ。本当によろしいんですの?フローラさん」
マリナは令嬢スマイルで相手の出方を見た。
「はいっ!微力ではありますが、精一杯務めますので」
「よろしくお願いいたしますわね。では、お昼に生徒会室にお越しくださいね」
「ねえ、マリナちゃん。殿下やレイ様に相談しなくていいの?」
スキップしそうな勢いで去っていくフローラの後姿を見送り、アリッサはマリナの袖を引いた。
「今日と明日の午前中だけで、準備を終えなくてはいけないのよ。手伝ってくれるというならお願いしたほうがいいわ」
「勝手に誘って怒られないかなあ……」
「他にも誘えばいいわ。ジュリアとアレックスにも声をかけましょう」
「うん。……皆で動けば何とかなるよね。ところで、マリナちゃんが司会者に交渉に行くんでしょ?剣技科の先輩……だっけ?」
剣技科の三年生と聞いただけで、アリッサは身がすくむ。剣技科は怖い人が多いから近寄るなとレイモンドに言われているせいだ。
「二時間目が終わったら教室に行ってみるわ」
「三時間目は教室移動があるよ。間に合う?」
「どうやっても説得するわ。王妃様のイヤリングをつけて、お兄様と二人で司会なんて、歓迎会が終わった後に何をされるか……」
「……怖いね」
「ええ。想像したくないわ」
首にキスマークをつけられたり、耳たぶを噛まれるだけでは済まないだろう。侯爵家でも、王太子に会わないようにあなたを閉じ込めて、などと物騒なことを言っていた気がする。ただでさえ、自習室での勉強会にセドリックが乱入して、ハロルドは気が立っているようだった。自国の王太子への敵意を隠そうともしない。
「交渉、うまくいくといいね」
「ありがとう」
◆◆◆
一時間目の後、剣技科一年の教室では、
「アスタシフォンの王子が、今日男子寮に来るんだってさ」
という話題が全てだった。
ジュリア以外は男子生徒で占められているため、必然的にそうなってしまうのだ。
「王子かあ……俺にはセドリック殿下だけで手一杯だよ」
アレックスが呟いた。
「どうしたの?部屋が隣にでもなった?」
「いいや。王子の部屋はセドリック殿下の隣だよ。王室用の部屋は二つあるからな」
「じゃあ、悩まなくていいじゃん。王子は普通科だし、一日会わないこともザラでしょ」
「知らないのか、ジュリア。アスタシフォンの……ナントカ王子はうちのクラスに来るんだぞ」
「ええっ!剣技科なの?」
国賓の名前を覚えていないのも驚きだったが。
「今朝、俺、バイロン先生に呼ばれただろ」
「宿題やってなかったから」
「それもあるけど、王子の世話役をきちんとやれたら、夜に校舎にいた件は不問にするって言われたんだよ」
「交換条件?」
「うん。侯爵家に連絡するのも保留にするって」
ガタリ。
ジュリアの後ろの席にレナードが座った。
「おはよー、二人とも。何、今朝も愛を語り合ってんの?」
「おはよう。違うよ、アスタシフォンの王子の話」
「うちのクラスに来るんだってね。何でも剣が得意なんだって?」
「そうみたいだな。バイロン先生に聞いた」
先生の名を聞いて、レナードが目を丸くし、にやりと笑った。
「なんだ、アレックス。先生に気に入られてよかったな」
「そんなんじゃないって。……王子の世話係に任命されたんだよ」
「ふうん。何で?」
「し、宿題忘れた罰だよね」
夜に校舎付近にいた件はレナードには隠しておきたい。ジュリアの様子を見たアレックスは話を合わせた。
「忘れたの、これで四回目だからな」
「アスタシフォン語を勉強したくないって、徹底してるねえ。ホント、恐れ入ったよ。でもさ、そんなんで王子と話ができるの?」
ピシ。
場の空気が固まり、アレックスの表情が険しくなった。
「……何とかなる。うん!」
「ならないって」
「無理無理!」
根拠のない自信を持っている彼に二人が同時につっこみを入れた。
「勉強……しないとダメか?」
「頑張れ!任せた!」
「王子から逃げる気かよ、ジュリア!」
「指名されたのはアレックスでしょ?」
「この際だから、本気で勉強してみたらどうだ?ほら、王太子殿下やレイモンド様に頼んで、教えてもらうとかさ」
「殿下と、レイモンドさんに?」
王太子はマリナ以外に労力を使う気はなさそうだ。レイモンドは意外に面倒見がいいところがあり、ひょっとしたら教えてくれるかもしれないが、絶対にスパルタだ。恐ろしすぎて頼めない。アレックスは俯いた。代わりにジュリアが答える。
「……難しいと思う。でも……」
「でも?」
「ハリー兄様なら教えてくれるかもしれない」
ジュリアが目をきらきらさせて手を打った。
「マリナにも教えてるくらいだし」
「いやいやいや、そこに入っていったらまずいって!」
レナードが必死の形相で止める。昼食のテーブルでマリナの隣に座りそうになり、ハロルドに睨まれた経験が蘇り、いくら鈍感なアレックスでも無事では済まない気がしたからだ。
「そうか?……ま、考えとく」
アレックスの『考えとく』は『忘れる』だからなあ、とジュリアは遠い目をした。




