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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 3 初めてのキスと恐怖の勉強会
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79 悪役令嬢は木の上で手招きする

部屋から出てきたセドリックとマリナに、レイモンドの冷ややかな眼差しが注がれる。

「……随分待たされたぞ」

「ごめん。さあ、行こうか」

促されたマリナは下を向いたまま、こくんと頷いただけで、何も言わない。

訝しげに見たレイモンドは、耳まで赤くなっているマリナがセドリックに何かをされたのだろうと思い、呆れて溜息をついた。

「そんな顔で人前に出る気か。たった今キスしてきましたって顔で」

はっと顔を上げたマリナは、頬が上気しバラ色で、口紅は殆ど取れてしまっていた。

「まったく……」

次の言葉を言いかけた時、後ろから声をかけられた。


「レイモンド君。久しぶりだね」

「エンフィールド侯爵、お久しぶりです」

「晩餐会のために学院から出てきたのかな」

「はい。アスタシフォンの生徒を受け入れるのは、王立学院ですから」

エンフィールド侯爵と呼ばれたその人は、金髪で少したれ目の茶色い瞳をした、二十代後半の美男子だった。立ち居振る舞いも美しく、社交界に出れば噂になりそうだ。晩餐会のために髪を分けて撫でつけてはいるが、この顔、この髪の色、そして声……。

――私を殺そうとした男だわ!

侯爵は平然とした顔で王太子に挨拶をしている。晴れてマリナと想いが通じ合ったと思っているセドリックは、唯一の王太子妃候補を紹介したくて仕方がないらしく、何度もこちらをちらちら見ている。

王宮の空き部屋で殺されかけた時のことを思い出し、マリナは震えが止まらなかった。つい、セドリックの手を強く握り、縋るような視線を向けてしまう。

「マリナ……緊張しているのかい」

「……ええ」

緊張などしていない。が、ここで震えている理由を話すわけにはいかない。

「こちらが殿下の……」

「うん。僕の妃になるマリナだよ。学院では生徒会の副会長をしている」

「マリナ・ハーリオンです。はじめまして」

淑女の礼をすれば、小さく頷いて目を細めた侯爵は恭しく礼をした。


   ◆◆◆


ジュリアが太い木の枝の上で、バルコニーの下を覗くアレックスを手招きする。

『は・や・く!』

視線と口パクだけで伝わったらしい。うんざりした顔で木へ飛び移ってきた。

「やればできるじゃん」

「お前一人で行かせらんねえし」

「アレックス、剣持ってないじゃん。だから、私があいつを食い止めてる間に、誰か援軍を呼んできてよ」

「援軍……」

アレックスは額に手を当てて俯いた。

「なあ、俺が言ったこと聞いてたか?お前を一人で行かせないって」

「うん。だからここは手分けして……」

アレックスはジュリアの腰についている鞘から、細身の長剣を抜いた。

「俺が捕まえる。誰かを呼んで来るなら、足の速いジュリアのほうがいいだろ」

「あっ、ちょっ……」

止める手を振り払い、アレックスは木を滑るように下りていった。


「こうしちゃいられない!」

ジュリアも後に続いて木から下り、警備員詰所の方へ走り出す。

王立学院は貴族と王族が通う学校である。生徒達の身の安全と財産を守るため、王宮の兵士並みに腕の立つ警備員が配置されている。早く援護に回ってもらわないと、アレックスが危険だ。

詰所を覗くと、中年の警備員と若い警備員二名が、学院内の見取り図を指さしながらあれこれと話しているところだった。

「た、大変です!泥棒です!」

「何だって?」

「どこだ。何が盗まれた?」

「相手は一人、場所はあっちの、大きな木がある向こう。彼……っ、友達が一人で戦ってる」

「一人で?危険だな」

「行くぞ!」


ジュリアが俊足で誘導し、三人の警備員はすぐにアレックスのいる校舎脇へたどり着いた。

「アレックス!」

遠くから金属音が響く。ジュリアの軽い剣に慣れず、アレックスは普段の実力が発揮できないらしい。相手にいいように翻弄されている。

「いたぞ!あそこだ」

警備員が駆け寄るのに気づいた黒ずくめの泥棒(?)は、一際強く剣を振るい、アレックスの身体が傾いた。


   ◆◆◆


予行と称した晩餐会の間、セドリックとレイモンドの間に座ったマリナは、真っ青な顔で震えていた。内輪の会だと聞いていたのに、国王夫妻や名だたる貴族が席を占めている。極め付けは斜め向かいの席に座っているエンフィールド侯爵の存在だった。物言いたげで舐め回すようなを視線を感じる度、冷や汗が出てくる気がする。

「……大丈夫?マリナ」

「ええ」

手に持ったフォークとナイフが細かく震え、時折カチャカチャと音がしてしまう。マナーを重んじるマリナが音を立てるなんて余程のことだとセドリックは思ったのだろう、カトラリーを彼女の手からそっと取り上げ皿の上に置いた。

「具合が悪そうだよ。今日は帰った方がいい」

労るような優しい視線に胸が高鳴る。耳元で囁かれた声はいつになく真剣だった。

「まだお開きになっておりませんわ」

「いいから、任せて」

セドリックは突然椅子から立ち上がり、大きく伸びをしたかと思うと、上座に座る国王夫妻に向かって告げた。

「父上、母上、申し訳ありません。マリナと庭園を散歩したいので、中座してもよろしいでしょうか」

――は?何を言っているの?

立っているセドリックを見上げれば、王子様スマイルの彼と目が合った。


「いきなりどうしたんだ、セドリック」

「まだ食事が途中なのよ?」

国王が驚き、王妃がおろおろと辺りを見回している。

「久しぶりに王宮に戻ったのです。こんな美しい月夜に部屋に籠っているなんてばかばかしいと思いまして。料理の試食はレイモンドに任せて、庭園でマリナと愛を語らいたいのです」

――ど、どういうつもりなの?

「殿下、あのっ……」

マリナはセドリックの袖を引いた。

「……名前で呼んで、って言ったよね?」

――ここでそれを言うか!

「セドリック様、国王陛下も王妃様も驚いてらっしゃいます。ここは席に……」

と、言いかけたマリナに、腰を屈めたセドリックが素早く口づけた。

「!」

「……黙って」

ため息まじりの低い声が耳をくすぐる。

再び国王夫妻へ向き直ったセドリックは、「失礼します」と告げ、マリナの手を引いてドアの外へ消えた。呆気にとられた国王夫妻と招待客と、頭を抱えたレイモンドを残して。


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