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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 3 初めてのキスと恐怖の勉強会
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78 悪役令嬢は思い切り寝過ごす

「う……ん……」

首を傾けていたせいか、肩が凝ってしまった。ジュリアは目を閉じたまま首をぐるりと回した。

――あれ、どこで寝たんだっけ?

目を開けて見た空間は、すぐにどこだか分からない馴染みのない場所だった。重厚なこげ茶色の棚は書架だ。

「図書室……ああっ!」

大声を出すと、ジュリアの膝に頭を乗せて寝ていたアレックスが驚き、長椅子から転げ落ちた。

「痛ってえ……いきなり大声出すなよ」

「ゴメン。ってか、大変だ!寝過ごした!」

起き上がったアレックスは窓の外に目をやった。真っ暗な空には秋の星座と月が輝いている。

「夜だな……」

「夜だな、じゃないよ。早く帰らないと、寮の玄関の鍵が閉まっちゃうよ」

寝ぼけているアレックスに掴みかかる。

ぐううううう……。

二人の腹が同時に鳴った。

「……」

「……ぷはっ、はははははは!」

アレックスが爆笑した。ジュリアは笑いが止まらない彼の額を指ではじき、頬をつまんで横に引っ張った。

「いででで」

「笑わないの!今は帰るのが先!」


図書室のドアに手をかけて、ジュリアはがくりと項垂れた。

「開かない……」

「嘘だろ?鍵穴がない」

「向こうから閉めるようになってるんだ。二人とも寝てたから、誰もいないと思われたんだよ」

レナードとの練習で体力を消耗していたジュリアと、慣れない(?)アスタシフォン語の勉強で脳をフル稼働させたアレックスは、共に疲れて熟睡してしまったのだ。

「……鍵を壊すしかないか」

「壊しちゃダメ。怒られるよ。ひとまず叫んでみよう」

「分かった」


それからしばらく、二人は同時に声を上げて助けを呼んでいたが、人の気配がなかった。図書室と職員室は別の棟にある。残っている教師がいても気づいてもらえないのだ。

「声が枯れそうだ」

「諦めるな!アレックス!諦めたらそこで終わりだ」

ジュリアは変なテンションになっていた。

「一旦落ち着け。……さっきの椅子に戻って、他の作戦を考えよう」

「……うん。ああ、お腹すいたなあ……」


長椅子に戻ると、明るく照らしていた月は雲に隠れ、辺りはさらに暗くなっていた。

「真っ暗だね」

「ああ。なあ……バルコニーから他の部屋に行けないか?」

「どうかな……」

ジュリアは窓を開けて左右を見た。左側は階段の踊り場で、バルコニーは手前で途切れている。右側はバルコニーがいくつか見える。間は空いているが、飛び移れそうな気がした。

「行けそうな気がする!」

覗き込んだ顔のすぐ傍にアレックスが顔を出す。親友の頃より近くなった距離に、一瞬胸が高鳴った。

「隣に渡れる距離だな。……隣の部屋は何だっけ?」

「資料室。使わないから窓には鍵がかかってると思うね。で、その向こうが美術室」

「そこも鍵が閉まっていそうだな」

「うん。でも、ほら」

指さした先には背の高い樹木があった。

「美術室まで行けば、あの木から下りられそう」

「うげえ。この歳になって木登りかよ」

「文句言わないの。アレックス、木登り苦手だもんね」

「うるさい。お前のせいだろうが」

子供の頃に二人はよく庭の木に登って遊んでいたが、バランスを崩したジュリアを引っ張ったアレックスが落ちてしまったことがあった。それ以来、アレックスは転落の不安から木登りに自信がなくなっている。


窓から簡単に抜け出し、バルコニーの端まで歩き、隣のバルコニーへ飛び移る。四つ目のバルコニーへ移った時、ジュリアは暗闇に動く何かを見た。

「アレックス」

袖を引き、小声で話しかける。アレックスも何かを察知し、ジュリアの視線の先を辿って小さく頷いた。

「いるな」

「人間、かな?警備員さんの巡回?」

「それにしてはうろうろしすぎだろ。学院の人間じゃなさそうだな」

「泥棒?捕まえなきゃ!」

木へ飛び移ろうとしたジュリアをアレックスが羽交い絞めにした。

「放して」

「やめろ。相手は暗殺者かもしれないんだぞ。俺達は丸腰……って、お前、剣持ってたのか」

「うん。練習で使ったやつ。刃は潰してあるけど」

と言うが早いが、ジュリアは木の枝を目がけて飛んだ。


   ◆◆◆


中庭の中央付近まで歩いてきた時、マクシミリアンは急に歩くのをやめた。

「……ふ、くくっ……はははっはは……」

――え?

肩を揺らして大笑いしている。すっきりとした灰色の瞳が細められ、目尻に涙を浮かべている。

「あの……何がおかしいんですか?」

今のマクシミリアンは、アリッサにとって未知の怖い人でしかなかった。問いかけるのも躊躇われたが、手を取られている以上、彼と一緒に立ち止まるしかない。

「いや」

マクシミリアンは指先で涙を拭い、笑いを噛み殺した。強い力で押さえていたアリッサの腕を放す。

「……先輩?」

首を傾げて様子を窺う。

「はい、これ」

アリッサの手を取り、胸ポケットから出した何かを握らせた。

「イヤリング……」

「ええ。まさか私が、本気であなたを脅していると思いましたか?」

「……はい」

素直に頷く。アリッサは本気で怖かったのだ。

「あの鬼のようなレイモンド副会長の婚約者であるあなたを、私が脅すとでも?」

マクシミリアンはまだ細かく震えている。

「鬼……」

アリッサは首を捻った。レイモンドは自分以外には鬼に見えるらしい。

「命がいくつあっても足りませんよ。まあ、教室でつけるには、そのイヤリングが少々派手ではないかと思ったのは本当ですが」

「そう……でしょうか……」

レイモンドには学院内でつけられる程度のものと聞いた。人によって基準が違うのは仕方がないとしても、奪ってしまうのはいただけない。

「いきなり耳から取って、返してくれないのは酷いです……」

「怒りましたか?」

「怒っていません。……びっくりして、怖かっただけです」

マクシミリアンは何を考えているか分からないアルカイックスマイルを浮かべた。

「あなたが怯える様子も実に愉快でした」

――怯える?愉快?何を言っているの?

「イヤリングを返してほしいあまりに、好きでもない男と中庭にくるほど、それが大事なのですね。誰かからのプレゼントですか?」

石の色から恐らく気づいているだろうに、レイモンドの名前を出そうとはしない。


「ところで、アリッサさん。ここが中庭の中央だと気づいていましたか?」

自分達は石畳の上に立っている。三歩も行けば中央の噴水の水しぶきがかかりそうだ。

「はい。あと半分だと思っています」

「知っていますか?この噴水のジンクスを」

アリッサはジンクスなど知らないが、乙女ゲーム『とわばら』の中で、攻略対象者とデートをした時、イベントは噴水の前で起きていた。

「聞いたことはありませんが……何かありそうだとは思っています」

「何か特別な力があるわけではないのですよ。ただ……」

マクシミリアンは、腕を組み考え込むようなふりをして

「ここへ来る男女は、大概が恋人同士なんですよ」

と流し目でアリッサを見つめた。


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