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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 3 初めてのキスと恐怖の勉強会
201/616

69 悪役令嬢は勉強不足を後悔する

放課後。

マリナは重い足取りで自習室を目指していた。

手にはアスタシフォン語の辞書、教科書とノート、筆記用具を持っている。

――重い。

辞書はたいした重さがない。今日はとてつもなく重く感じられる。

ゆっくり歩いても自習室についてしまった。

これから王宮に出発する時間まで、ハロルドの個人授業があるのだ。

――こんなことなら、アスタシフォン語をもっと勉強しておけばよかったわ。

後悔先に立たず。

今日のところはおとなしく教えられ、帰りがけに明日の指導を断ろう。生徒会室に毎日顔を出さないわけにはいかないと理由をつけて。


自習室のドアには『使用中』の札が下がっている。ハロルドは既に来ているのだ。

マリナはドアの取っ手に手をかけ、思い切って開……かなかった。中を窺えるくらいの隙間を開けて様子を見た。

――!

そして、すぐにそっと閉めた。

――今の、見間違いかしら?

閉ざされた狭い空間には、金髪の人物が二人いたように見えた。

一人はハロルドで間違いないだろう。普通科の制服を着たもう一人は?

頭の中に選択肢が浮かぶ。入る、か、帰る、か。

晩餐会には行かなければならない。今日は寮に帰る選択肢はない。

――入るしかない!

決意を固めて深く息を吸い込んだ瞬間,ドアが向こう側から開いた。

「待ってたよ!マリナ!」

満面の笑みで王子オーラ全開のセドリックに手を取られる。

「はは……」

片手で辞書を抱えたまま、マリナは笑うしかなかった。


   ◆◆◆


「アレックス、練習行こ!」

授業が終わるや否や、ジュリアは椅子から立ち上がり、アレックスの腕を引いた。

「悪い、先行っててくれ。先生に呼ばれてる」

アスタシフォン語の宿題を堂々と忘れたアレックスは、結局バイロン先生にこっぴどく叱られ、放課後にマンツーマンで特別課題をさせられることになった。

「あ、そうだったねえ。写させてもらえばよかったのに」

ジュリアはレナードのノートを丸写しして、難を逃れた(?)のだった。

「……レナード、先行こ」

声をかけられたレナードは、猫目を細めて頷く。驚いたアレックスが

「お前も行くのか、練習」

と訊ねれば、

「ジュリアちゃんの御指名だからね。ノートの貸しを返してもらおうかな」

と軽い調子で答える。

「アレックスも早くおいでね。三年生が来る前に練習しよ」

手をひらひらさせ、ジュリアはレナードと廊下に消えた。


放課後の剣技科練習場は、実践練習をする生徒のために開放されている。中央の砂地部分で練習する権利は、基本的には早い者勝ちで、一年生のジュリア達でも先に練習を始めてしまえばよいのだ。

「よっしゃ、一番のりぃ!」

練習場観客席の柵を飛び越え、ジュリアが砂地へ着地する。後から剣を持ったレナードが通路の階段を下りてくる。

「剣を持たないで出てくるなんて。まったく……」

肩をすくめて笑う。やれやれといった感じだ。

レナードがジュリアとアレックスと行動を共にするようになって、眉尻を下げて呆れたような表情をよく見る。ジュリアにしてみれば、そんなに毎日呆れられるようなことをしている覚えはないのだが。

「他の人が来ないうちに始めようよ。……よっ、と」

ジュリアは制服の上着を脱いで客席に放った。ワイシャツの襟元を緩め、ネクタイも緩く結ぶ。

「レナードは着たままでいいの?上着は」

「俺はいいや。多少動きにくいほうがいいでしょ?」

「何で?……あ、もしかしてハンデつけようと思ってる?女相手に本気を出せないとか……やめてよ、普通にして」

「そう言われてもなあ。騎士の家の家訓として、女子供には優しくって言われて育ったもんな」

「いーいーかーら!上着脱いでよ」

レナードの制服のボタンに手をかけ、首に手を回して脱がせようとする。

「ジュ、ジュリアちゃん!?」

驚いたレナードがふらつき、ジュリアを抱きこむようにしがみついた。

「ひゃっ」

ズサササッ。

バランスを失い、二人とも砂地に倒れこんだ。胸の上にジュリアを抱き、背中を打ち付けたレナードは少し顔を顰めた。

「ごめん、痛かったよね!」

「……つっ……」

とにかく自分が上からよけなければ。身体を起こそうとすると、レナードの腕に力が入った。

――えっ?

「俺にこんな痛い思いをさせるなんて、ジュリアちゃんは……」

猫目が一瞬冷たく輝いた。


   ◆◆◆


生徒会室では、アリッサがいつもと違う空気に戸惑っていた。

方向音痴のアリッサをマリナが生徒会室まで送り届けた時はよかったが、マクシミリアンがやけにピリピリしている。パソコンもないこの世界では、書類も全て手書きなのだが、書き損じる度に大仰に溜息をつき、紙をクシャクシャと丸めて力任せにごみ箱に投げ入れている。普段はおとなしい印象の彼だけに、今日の様子が際立っておかしく感じられる。

「あの……どうされたんですか、マックス先輩?」

部屋の中に二人しかいないのだ。少なくとも無視はしないだろう。イライラしていては能率も上がらない。彼には冷静になってもらわなければ。

「どう……って、そうですね。少々苛立つことがありまして」

「お仕事のことですか?私、手伝います」

「いえ。ですが……あなたに手伝っていただけるのでしたら、お願いしたいという気持ちはあります」

真面目な彼のことだ。仕事が思うように進まずイライラしていたのだ。理由が分かってアリッサはほっとした。

「はい!任せてください」

彼が取り掛かっている書類を見ようと、アリッサは椅子から立ち上がり、マクシミリアンの隣に立った。

「生徒会の活動方針、ですか?」

覗き込んだアリッサの耳がいきなり引っ張られた。

「痛っ!」

昼休みにレイモンドから渡されたイヤリングを、引きちぎられそうな勢いで奪われたと判り、マクシミリアンを非難の目で見た。

「何するんですか!返してください!」

「このような華美なアクセサリーは、学院内で身に付けるべきではありませんよ」

抑揚のない声が響き、続いて

「帰りにお返ししますよ、アリッサさん」

とマクシミリアンは瞳を細めて笑った。


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