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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 3 初めてのキスと恐怖の勉強会
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68 勉強会と彼らの思惑

【アレックス視点】

マリナをハロルドと二人きりにさせてはいけないらしい。

勉強を教えてくれるなら、黙って教えられればいいのに、何がよくないのか俺には分からなかった。ただ、俺がハロルドを後押しするような形になり、ジュリアとレナードは呆れていた。

大丈夫だ。俺が何とかしてみせる!


……と意気込んだものの、どうすればいいんだろう。

マリナがハロルドと二人きりで勉強をすると、殿下は裏切られたと思うらしい。ジュリアがレナードと二人きりで練習をしたら俺がどう思うかと聞かれた。

殿下の気持ちはよく分かる。

俺ならジュリアとレナードを二人にしない。練習に加わるだろう。


――そうか!

殿下も勉強会に参加すればいいんじゃないか?アスタシフォン使節団との晩餐会には、当然殿下も参加する。王太子でもあるし、生徒会長だからな。勉強をしておいて損はない。

これ以上はない名案を胸に、俺は普通科二年の教室を目指した。


   ◆◆◆


【セドリック視点】


「はあ、はあ……セドリック殿下はいらっしゃいますか!」

昼休み。席で寝そうになっていた僕の耳に、知った声が聞こえてきた。

ゆっくりと顔を上げて声のする方を見れば、今しがた走ってきたかのように赤い髪を振り乱したアレックスが立っていた。

「どうしたの?」

今日の昼休みは暇だった。マリナを昼食に誘えばよかったと何度悔やんだことか。誘いに来たのがアレックスでも昼食につきあったと思う。もうすぐ休み時間が終わるから無理かな。

「殿下にお願いがあります」

「僕に?」

「はい」

アレックスの表情は真剣だった。

「今日は王宮で晩餐会の練習をするとか」

「予行だよ。グランディア側の招待客は本番より減らしているけれどね」

「はあ……あ、で、本番の晩餐会には、アスタシフォンの人が来るから、アスタシフォン語の勉強が必要ですよね」

「ん?まあ、そうだね」

王族の嗜みとして、交流のある国の言語は完璧にマスターしているつもりだ。晩餐会の席で隣にアスタシフォンの大使が座っても、経済や文化のことを問題なく語れる自信はある。

「マリナは、アスタシフォン語があまり得意ではなくて、自信がないんです」

――何故ここでマリナの話を?

「そうなの?」

「はい。今日の昼食を一緒に取った時に、そう言っていました」

――マリナと昼食を?

「アレックス、君はマリナと一緒に昼食を取ったのか?」

僕が誘うのを躊躇っている間に、アレックスはマリナを誘ったのか?思わぬところに伏兵がいたものだ。ジュリアだけでは満足できず、僕のマリナにまで……。

「はい。ジュリア達と食堂に行ったらいました」

「あ、ああ、そうか」

危ない。将来の側近を手にかけてしまうところだった。

この頃、マリナのことになるとつい、自分の中の暗い一面が顔を覗かせてしまう。

「だから、ですね。放課後に自習室に来ていただけませんか」

「自習室に?」

「マリナがアスタシフォン語の勉強をするので」

――何だって?

自習室で勉強会?確かに、僕は外国語が得意だ。マリナの習熟度がどうであれ、晩餐会までにはある程度の会話ができるくらいには教えられる。講師役としては最も適任だろう。

問題は、場所だ。

生徒のグループ学習のために設けられたあの部屋は、六人が座ればいっぱいになるような狭い空間だ。外に『使用中』の札を下げておけば、他の生徒の立ち入りを防ぐことができる。まさに密室だ。密室で勉強会……マリナと二人で。

「ああ……アレックス……」

僕は素晴らしい側近を持って幸せだ。鼻の奥がツンとして、涙が出そうになった。アレックスが何か言っていたが、僕の耳には入らなかった。

「で、殿下!?泣かないでくださいよ」

アレックスの手を取って強く握りしめ、僕は彼に心から感謝した。


   ◆◆◆


【レイモンド視点】


「レイモンドさん!お願いがあるんです」

アリッサとの楽しい時間を過ごして、教室まで戻った俺を待ち構えていたのは、走ってきたのがありありと分かる汗だくの男だった。クラスの女子がきゃあきゃあ言っているが、俺にはこいつの何がいいのかさっぱりわからない。

「俺は忙しい。後にしろ」

「お願いです。マリナを助けてください」

――助ける?

「穏やかではないな。……何だ」

少しだけ聞いてやる姿勢を見せれば、アレックスは嬉しそうに瞳を輝かせた。身体は大きくなってもまるで子供だな。

「あ、えっと……」

アレックスは教室の中を見回した。誰かを探しているのか。

「うん、いないな。……放課後に自習室へ来てくれませんか」

「何故だ。放課後は生徒会の仕事がある」

「知ってます。今日は晩餐会の予行で、夕食は王宮で取るってマリナに聞きました」

「なら、何故自習室などと……」

「アスタシフォン語の勉強会をするんです。マリナとハロルドさんが」

――参ったな。

アスタシフォンからの使節団を晩餐会でもてなす。マリナは外国語が完璧とは言えない。ハロルドは語学が得意だから教えると言い出したのだろう。――マリナと二人きりになるために。

マリナとしては、ハロルドとあらぬ噂を立てられて、セドリックとの関係を壊したくはない。この間のテラスでの一件を見ても、ハロルドがマリナに執着しているのは明らかだ。簡単に断れない事情があるに違いない。

「で、お前は俺にどうしてほしいんだ。マリナがハロルドに襲われないように見張れとでも?見張りならお前でも十分だろうが」

「晩餐会のための勉強だからです。アスタシフォンの人たちを迎えての晩餐会には、殿下とレイモンドさんとマリナが出席するんですよね。俺には勉強会に出る理由がないんです」

アレックスの言うことも間違ってはいない。

しかし、今、気になることが一つできた。

「俺の教室に来る前に、まさか、二年一組にも行ったのか?」

「はい。セドリック殿下は教室にいらっしゃいましたので」

――嘘だろ?

「ハロルドがいるのに、セドリックがよく了解したな。信じられないが」

アレックスは明らかに視線を彷徨わせている。

――嫌な予感だ。

「ええ、と……殿下は、聞いてないと思います。多分」

「聞いてない?お前が言ってないの間違いだろう」

「言いました!俺は言いましたよ!……あー、でもあれじゃあ……」

「勿体ぶるな」

「自習室でマリナと二人だけで勉強会をすると思ったみたいで、舞い上がってて……」

「察しはつくが……期待して自習室へ行ったセドリックが、どう思うか考えてみたか。ハロルドにしてもそうだ」

俺は髪を掻き上げながらため息をつき

「次は、最初に俺のところへ相談に来い」

とアレックスを睨んだ。


   ◆◆◆


【ハロルド視点】


全く、今日の昼休みは幸運だったというほかない。

マリナを見かけて声をかけた。いつもはアリッサやレイモンド達と食事をしている彼女が、今日に限って一人でいたのだ。

テラス席に空席があり、そこへ誘おうとすると、

「お、お兄様、私、テラス席はあまり……」

と怯えた表情をする。

――ああ、王太子の……。

この間のテラス席での一件が頭をよぎる。

恥ずかしがるマリナに何の配慮もなく、夜着がどうのと言っていた、あの変態王子が。

マリナにとって嫌な思い出がある場所なのだ。無理に連れて行く気はない。

「そうですか。では、サンドイッチを持っていって中庭で食べますか?」

食堂の人ごみの中では落ち着いて食べられないだろう。幸い、ここの厨房は頼めばすぐに軽食を持たせてくれる。片手にバスケットを持って、彼女と中庭を散策するのも楽しそうだ。きっと脚の痛みなど感じないに違いない。

「ええと、その……」

私から視線を外し、マリナは何か考えているように見えた。そして、アメジストの瞳で再び私を見つめて

「中庭に出るのは、お兄様の脚に負担がかかってしまいますわ」

と言って弱々しく微笑んだ。

――!!

感動で言葉が出なかった。テラス席も騒がしい食堂内も苦手だろうに、脚の悪い私を心配してここに残ろうというのだ。何という気遣いだろう。彼女の優しさに胸を打たれた。ここが人の多い食堂でなければ、今すぐに彼女を抱きしめたいと思った。


ジュリア達がやってきて、不本意ながら相席をすることになった。

椅子を引いてやりマリナが座ると、私はその隣に腰かけた。ジュリアの友人だという男子生徒が反対隣に座ろうとしたので、つい睨み付けてしまった。彼はジュリアと席を交換し、マリナとジュリアが隣同士になった。

食事の終わりに、アスタシフォン語の話になった。ジュリアは宿題をしていないようだ。将来は騎士になるのなら、もう少し勉強をすべきだと思う。マリナを見習って。

「留学生も来るようですから、外国語の勉強は欠かせませんね。……そう言えばマリナ、あなたは晩餐会に出るのですから、アスタシフォン語は流暢に話せるのでしょうね?」

「えっ……」

私が知る限り、マリナの話すアスタシフォン語は幼児以下だった。単語の習得も十分ではないし、晩餐会ともなれば高度な話題も振られるだろう。明らかについていけない。

「え、ええ……」

マリナの視線が彷徨った。私は内心楽しくて仕方がなかった。

「おや、自信がないのですか?晩餐会の本番までに、私が特訓して差し上げますよ。これでも留学しようとした身ですから、公用語は少し自信があります」

留学は果たせなかったが、事前にいくらか勉強はした。帰国してからも語学の勉強を続けたおかげで、アスタシフォン語は耳で聞いてすぐ理解できる。

友人にも勧められ、マリナに断る気配がないのを感じ

「決まりですね。では、自習室を借りておきます。図書室は声を出せませんからね」

と私は話を切り上げた。


今日の夜は晩餐会の予行だ。その前に少しでもアスタシフォン語を身に付けさせたい。

いや、語学の練習は建前だ。マリナと自習室で親密な時間を過ごすことができたら、私はそれだけでいい。

放課後に軽い足取りで教室を出て行こうとする私を、暗い表情のレイモンドが呼び止めた。

「ハロルド、話がある」

「何ですか?レイモンド」

「自習室に行くのか」

「……ご存知でしたか」

「アレックスに聞いた。知ってのとおり、今日は晩餐会の予行だ」

「ええ。早めに切り上げますよ」

嘘だ。誰かが呼びに来るまで、終わるつもりはない。

「三人で行くことになっている。俺は学院長に呼ばれているから、後で迎えに行くと伝えてくれ」

「分かりました。……では」

軽く礼をすると、レイモンドははあ、と溜息をついた。


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