15 悪役令嬢の密談 5
読みかけの戦記本を閉じ、アリッサは姉に向き合った。ベッドに座ると、マリナとジュリアが両脇に寄り添ってくる。自分のベッドに寝転がっていたエミリーも、面倒くさそうに伸びをして起き、アリッサのベッドに移ってきた。
「図書館で何があったの」
「ジュリアちゃん、顔、近い」
「ごめん、ついくせで」
ジュリアは人と話すときの距離を測り間違っているとアリッサは思う。
「お父様が、私達と同年代の男子を意識する何かがあったと、私は思うの」
真剣なマリナの表情は、やはり母親譲りの怖さである。
「さっさと話しなさい、アリッサ!」
恫喝されてアリッサは縮み上がった。相棒の熊のぬいぐるみはどこに?あれがいないと姉の迫力に耐えられそうにない。
「キス、見られたかも……」
アリッサの一言に、数秒の沈黙が流れた。
「はああ?」
目をひんむいてジュリアが絶叫する。エミリーが耳を押さえて、煩い、と呟く。
「誰と誰がキスしたのかしら」
マリナは無表情で妹を追い詰める。
「私達は一歩間違うだけで死亡エンドの悪役令嬢なのよ。それなのに、図書館で彼氏といちゃつくなんて!なんて!キィーッ!」
「マリナの地雷踏んだ」
「あーあ」
エミリーとジュリアが残念そうにアリッサを見る。マリナの怒りの餌食になるのが確定だからだ。前世で真面目な優等生であったマリナは、妹達が騒がしい自宅を避けて、放課後に図書室で勉強することが多かった。そこで、生徒会活動を通じて仲良くなった男子生徒が、成績の悪い女子生徒に勉強を教えるふりをしながらいかがわしい触れ合いに及んでいたのを目撃したのである。
アリッサに掴みかかりそうになったマリナをジュリアが後ろから羽交い絞めにし、エミリーがアリッサのぬいぐるみを見つけてきて彼女にあてがう。
「だって、あの、レイ様が……」
ぬいぐるみを抱きしめて、涙が零れないように上目使いになりながら、震える声でアリッサが告げた時、マリナの動きが止まった。
「……今、なん、て」
「レイ様って聞こえた」
ボソッとエミリーが復唱する。
「あなた、レイモンド様とキスしたの?」
◆◆◆
全部打ち明けないと自分たちの死亡エンドは免れないとマリナに脅迫され、アリッサはレイモンドとの出会いからの全てを姉妹に打ち明けた。途中から単なる惚気話になって、ジュリアは「ひゅーひゅー」と冷やかしてふざけ始め、エミリーは退屈しのぎに魔力の球を発生させてはお手玉をしていた。
「わかったわ」
聞き終えたマリナが静かに言う。
「分かってくれた?マリナちゃん」
「ええ。あなたが随分前から私達を裏切っていたことがね!」
くわっと掴みかかるマリナと止めに入るジュリア。世間の噂ではハーリオン侯爵令嬢は天使のような美少女のはずだが、今のマリナは般若のようだ。
「どうするの?アリッサがレイモンドと婚約したら」
「そうだ。怒ってる場合じゃないよマリナ。ヒロインに誑かされてレイモンドと破局したら、私達どうなるの?」
「没落エンド」
「アリッサがあの手の腹黒秀才タイプが好きだとは知っていたわ。ゲームで入れ込んでいたのもね」
「ごめんなさい……私が知ってること、全部話すから許してちょうだい」
レイモンドのエンディングを全て見たアリッサが、侯爵令嬢のその後を話し出す。
まず、ヒロインとレイモンドの友情エンド。必須パラメーターは基準以上で、親密度が足りない場合。
こちらはヒロインがレイモンドと同じく、宮廷官吏として働くというもので、レイモンドはおそらくハーリオン侯爵令嬢と婚約破棄しているか、初めから婚約していない可能性がある。力のある公爵家との婚姻が破談になれば、侯爵令嬢は田舎に引きこもり社交界には出られなくなるだろう。家の没落までは不明である。
次に、ヒロインとレイモンドの親密度が高いものの、パラメーターが基準値まで達しない場合の恋愛エンド。
レイモンドはヒロインを妻にしたいと望むが、爵位も男爵家で、本人もそれほど実力がないヒロインとの結婚を周囲が認めるはずがなく、レイモンドは当初の予定通りにハーリオン侯爵令嬢との結婚を迫られる。許されない恋に悩んだヒロインは、自ら命を絶とうと毒薬を用意するが、レイモンドに見つかり取り上げられる。結婚式当日にハーリオン侯爵令嬢が服毒自殺を図ったため婚姻はお流れになり、数年後ヒロインが公爵夫人の座に収まる。
最後に、親密度もパラメーターも基準を満たしていたら起こる恋愛エンド。
ヒロインとの結婚を認めさせるため、レイモンドは王宮に蔓延る悪を一掃する。その悪とは、王に取り入るハーリオン侯爵や王の愛妾である侯爵夫人、権力を振るい王立学院で暴挙を続けるハーリオン侯爵令嬢もである。侯爵と海外の商人の繋がりを暴き、王国内の機密情報を漏らしていた罪に問い斬首刑にし、一家も同罪として夫人と令嬢も処刑する。手柄を得たレイモンドは法務長官補佐の役職を得て、周囲に祝福されてヒロインと結婚する。
「死ぬわね、アリッサ」
エミリーが魔法球を消滅させて半笑いを浮かべる。
「やめてよ、エミリーちゃん!」
「友情エンドでさえ、私達の生死が不明なのね」
「レイモンド個別ルートに入ったら、もれなく死亡でしょ。どうするのさ。」
「どうって、どうもできなぁい!」
うわーん!とアリッサが号泣し始めた。
「じゃあ、初めからレイモンドに関わらなきゃよかったじゃんか」
「自業自得」
「そうね。でも、こうなった以上は、打開するしかないわ」
マリナはアリッサをよしよしと宥め、妹に耳打ちした。
「婚約しなければいいのよ。わかるわね」
アリッサは熊のぬいぐるみに顎を乗せてこくんと頷く。
「レイモンドを振りなさい。別れるのよ、傷が浅いうちに」
アメジストの瞳が一瞬金色に輝いた。マリナの声がアリッサの中でこだました。




