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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 1 出会いは突然じゃなくて必然に?
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01 悪役令嬢の密談 1

 ハーリオン侯爵アーネストには四人の娘がいる。

 絶世の美女と名高い妻ソフィアに良く似た銀髪とアメジストの瞳を持ち、陶器の人形のように白い肌を持った美少女達で、素晴らしい才能に恵まれているともっぱらの噂である。

 政治的権力を持ってはいないが、親友として頻繁に王宮に出入りする高位貴族の父と、美しく優しい母に愛され、大勢の使用人に傅かれている彼女達は、何不自由ない毎日を送っていた。


 が。当の本人達は、大きな問題に直面していた。

「やだやだやだやだ死にたくない―――――!」

次女ジュリアが絶叫した。

「ちょ、ジュリアちゃん、大きな声出さないでよ」

三女アリッサが慌てて手で口を塞ごうとする。

四女エミリーが人差し指を上げ、ジュリアを指す。

「やだや……」むぐ。

「エミリー、魔法で声を消すのはやめときなさい」

長女マリナがエミリーを制する。

「だって、手っ取り早いじゃない」

「いいから!」


 四姉妹は同じ部屋に天蓋付きのベッドを並べて寝ていた。窓側からジュリア、アリッサ、マリナ、エミリーの順である。明るい陽射しが好きなジュリアが窓側を取り、暗い部屋が好きなエミリーがドア側を取ったのだ。寝る前にアリッサかマリナのベッドに集まって、四人で密談するのが日課であった。


 「このままだと私達、皆死んじゃうのね」

アリッサがくすん、と鼻をすする。涙が今にも零れそうだ。

「仕方ない。悪役令嬢はそういう運命だから」

エミリーが淡々と切り捨てる。

「悔しくないの、エミリーちゃん?私達折角このゲームの世界に転生したのに……」

アリッサの言葉に、ジュリアが激しく首を縦に振っている。声を消されたままなのだ。

「抗う術があると思う?それより、来るべき時まで好きなように生きたらいいと思う」

「どう過ごすかは次に考えるとして、まずは状況を整理しましょう」

マリナは三人の目を順に見て同意を促した。


 この世界は、彼女達が前世を過ごした地球のどこかではなく、完全な異世界である。

 設定も攻略対象もありがちだが、キャスティングの良さから中程度の人気を得た乙女ゲーム「永遠に枯れない薔薇を君に」、通称「とわばら」。マリナ・ジュリア・アリッサ・エミリーが前世でプレイしたこのゲームの世界に、彼女たちは、ハーリオン侯爵令嬢、つまりヒロインをいじめる恋のライバルの「悪役令嬢」として転生した。


「この容姿、優しいお父様とお母様、この豪華なお屋敷、何も不足はなかったんだけどなあ……没落、そして死かあ」

声を出せるようになったジュリアが呟く。

ゲームの中のハーリオン侯爵令嬢の辿る末路は、それはそれは酷いものであった。

「アリッサは、全攻略対象者のエンディングを覚えているのよね?」

「うん。王太子殿下の時は、例によって皆が見ている前で婚約破棄、ヒロインが王太子妃に選ばれた後は、お父様の悪事がバレて没落、使用人がいなくなった邸に盗みが入り、後日死体で発見されるの」

「強盗と鉢合わせか」

「宝石も盗られるけど、もっと問題なのは……」

「殺されること?」

アリッサは話を続けるべきか迷っている。視線を下に落としながら口ごもる。

「あのね、殿下のルートでは、侯爵令嬢が発見された時、全裸だったのよ」

「げ。犯られちゃってんの?」

「こら、ジュリア。他に言い方があるでしょう?」

マリナが慌てた。

「身も蓋もないが、美少女が一人でいたら、当然の結果だな。夜盗に殺されないように、自衛手段を持つべきだ」

エミリーは手のひらを上に向け、深い紫色の球体を生じさせた。

「それいいな。エミリーは魔法、私は剣を究める!それで完璧だ!明日にでもお父様に頼んでみよう」

ジュリアがぶんぶんと腕を振る。


 四人が転生に気づいたのは、一歳を過ぎた頃だった。

 やっとお互いに意志の疎通ができ、どうやら自分以外の三人が前世の姉妹であると確認できたとき、四人は嬉しさのあまり大泣きしてしまった。その後、ばらばらにしようとするとまた泣いてしまうので、家人は彼女達を常に四人で過ごさせるようにした。両親は四人に同じ寝室をあてがった。これ幸いと使用人を全て下がらせ、四人は密談をするのであった。


 前世の四人は姉妹でこのゲームを共用していた。

 司法関係に進みたいという将来の夢に破れ、地元の中小企業に就職した長女の真里菜は、悪役のハーリオン侯爵令嬢の完璧ぶりにかつての自分の姿を重ねて、いたく共感していた。小さい頃から某子供向けアニメの戦う女子に憧れていた次女の樹利亜は、乙女ゲームのヒロインが女性騎士になるルート(騎士団長子息ルートのノーマルエンド)を気に入っていたし、三女の亜里沙は初恋の人(生徒会長)に雰囲気が似ている宰相子息ルートのスチル集めに狂っていた。四女の恵美里はあまりやる気がなかったが、姉(特に三女)が薦めてくるので仕方なく、分担された攻略キャラをプレイしていた。


 そんな彼女達が、ゲームの世界に転生するに至ったのは、翌日に休日を控えたある夜のこと。二年前に交通事故で他界した両親が遺してくれた築三十五年の一軒家が、隣家の雰囲気イケメンな息子に思いを寄せるストーカー女の逆恨みにより放火され、二階で寝ていたまま死んでしまったのである。

 ……ということを、転生前に女神様から教えられたのだが。

 真里菜は三人の妹が幸せになるように願い、樹利亜はかっこいい女性騎士になりたいと願い、亜里沙はもう少しで宰相子息のイベントスチルがコンプリートするところだったのが心残りだと言い、ぐうたらな恵美里は何でも寝ながらできるように魔法の力が欲しいとねだった。

 女神様は少し考えて、この乙女ゲームの世界ならば四人の希望が叶えられると、まとめて転生させた。ただし、公式設定では複数いないのはずの悪役令嬢ポジションに、四人もである。設定上令嬢のファーストネームが明らかにされていないのをいいことに、四人は前世の母(お姫様系少女マンガ大好き)がつけた名前をそのまま引き続き使うことになった。現世で四人を名づけたのは、ハーリオン侯爵夫妻である。


「皆一緒で心強いわ。皆で知恵を出し合えば、活路は拓けるはずよ」

「マリナちゃん、何か策があるの?」

 アリッサは熊のぬいぐるみを抱きしめて、自分とそっくりな姉を見た。前世ではそこまで似ていなかった四人だが、よく似た四つ子に生まれてからは、毎日鏡を見ているようだ。

「攻略対象と関わらないのが一番だと思うの。王太子殿下、宰相子息、騎士団長子息、魔法科の教師、それから隠し……」

「隠しキャラを知らないんでしょ」

「そうだよ。私達誰も逆ハーレムルートを最後までクリアできなかったじゃん」


 火事が起こる前まで、マリナ・ジュリア・アリッサはそれぞれ、王太子・騎士団長子息・宰相子息の個別ルートを攻略済みで、エミリーが魔法科教師ルートを分担されて攻略中だった。が、何度挑戦しても「魔王エンド」にしかならず、リセットを繰り返しているうちに寝落ちしたところを放火にあったのである。


「隠しキャラの方向性によっては、逆ハーレムエンドで一網打尽にされるかも」

エミリーは静かに言った。尤も、彼女が何度もプレイした魔王エンドも一網打尽であることには変わりない。

「だよねー。攻略対象に絡まなくても、逆ハーで隠しキャラ出ちゃったら……」

「皆は誰だと思う?私は、隣国の王子様とか、そういう高い身分の人だと思うなあ」

「ないわね」

「どうして?」

「グランディア国の隣国には、私達と同じくらいの歳の王子様はいないわ。王女様はいるけれどね。少し年上と言っても、二十も上だもの。厳しいわ」

「他国の王子と敵味方になっちゃって萌える設定じゃないの?」

「……戦争になるのは嫌」

「貴族名鑑で探して、うちの侍女に見た目のいい子の情報を集めてもらったけれど、そこそこ身分があってそれらしい子はいなかったわ」

「マリナちゃん、仕事早いわね」

「じゃあ、平民か?」

「移民の線も捨てきれないよね。出自の分からないイケメンが実は……みたいな」


 ハーリオン侯爵令嬢は、どの攻略対象者のルートでもヒロインの障害になる。イケメンで身分が高ければどの男でもいいのか、このミーハー女!と四人はよく罵っていたものだが、今ならその理由が分かる。悪役令嬢は一人ではなく、元々四人だったのではないか。公式設定集でも四つ子とは書かれていなかったが、よくよく考えればライバルは一人ではなかったのではないかと感じた。一人で全攻略キャラの婚約者にはなり得ないし、ルートを妨害するのは骨が折れる。


「とにかく、攻略対象に関わらないようにしつつ、ヒロインが逆ハーレムエンドを迎えないよう頑張るしかないわ」

マリナは三人を見て頷く。

「……ねえ、やっぱり、攻略対象に関わっちゃだめ?」

アリッサがマリナのネグリジェの袖を引き、上目使いでもじもじしている。

「アリッサ?」

「ヒロインを妨害するなら、私達も生徒会に入らないと。レイ様がオトされちゃう」

レイ様、とは宰相子息のレイモンドのことである。インテリ眼鏡のクールビューティーで、前世のアリッサが仄かに想いを寄せていた生徒会長に雰囲気が酷似していた。

「生徒会に入るのは学院に入ってから。学院に入るのは十五歳だよ」

「そうよアリッサ。だって私達まだ、五歳ですもの」

マリナはアルカイックスマイルを浮かべて妹を見た。傍らではマリナの寝具を引き被ってエミリーが寝息を立てていた。


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