66-2 悪役令嬢は薔薇園でキスをする(裏)
【レイモンド視点】
生徒会室にいる時は、俺は必ずアリッサの隣に座るようにしている。
先日気づいたことだが、二年の書記、マクシミリアン・ベイルズがアリッサにちょっかいをかけているようだ。身体的な接触はなさそうに思えるが、ことあるごとに俺との仲がどうかと彼女に問いかけているのだろう。アリッサが不安げな表情を見せることが多くなった。
マクシミリアンは、俺がアリッサを洗脳していると言っていた。
――何を根拠にそんな戯言を!
俺達はお互いを信頼し、愛し合っているんだ。決して洗脳などではない。
アリッサを笑顔にするにはどうすればいいかと考え、俺は公爵家に出入りしている宝石商を学院の寮に呼んだ。持ち込んだ商品を並べ終わった商人に手短に用件を告げる。
「イヤリングを作ってくれ。大至急だ」
「は。ですが、今からですと少しお時間をいただきたく……」
「どれくらいかかる?」
「ひと月はみていただきませんと」
既製品を送るのは俺のプライドが許さない。だが、すぐにも手に入れたい。
「……石を付け替えるなら、すぐにできるか」
「え、はい、すぐにとりかかります」
赤い花に黄色い葉がついたイヤリングを指し、でき次第持ってくるようにと指示した。
◆◆◆
注文の品は今日の昼前に宝石商から届くと報せがあった。届いたら学院へ持ってくるようにと従僕に指示をしてある。ついでに、昼食の手筈も整えるようにと。
アリッサの教室、一年一組に行って彼女を呼び出した。三年生が来るのが珍しいのか、生徒達がこちらを見ている。俺に気づいたアリッサが、一瞬顔を綻ばせた。
――愛らしい。
「レイ様。どうなさいましたの?」
俺が来たことを余程不思議に思ったのだろう。アリッサは目を丸くしていた。
「用事がなければ来てはいけないか?君の顔が見たい……と思ったんだが」
「い、いいえっ!」
少しだけ甘く囁けば、真っ赤になって慌てる。
――可愛い。もっと混乱させてやりたい。
ここは教室の前の廊下だ。公衆の面前、廊下でキスをして噂になったセドリック達のような真似はしたくない。俺は気持ちを抑え込んだ。
「そうか。では、昼食を一緒に取るのはどうだろうか」
「あ、マリナちゃんもですよね?」
自然に返された答えに俺はムッとした。
「……何だ。俺と二人では不満か?」
「え?二人で……」
指先で頬を撫でてやると、びくりと身体が震えた。怯える小動物のようだ。
「昼休みになったら迎えに来る。いい子で待っていろ」
さらさらとした銀髪に口づけ、アリッサが身を固くしたのを確認し、俺は上機嫌で自分の教室に戻った。
◆◆◆
四時間目が終わり、約束通りに俺はアリッサを迎えに行った。方向音痴のアリッサは、食堂で待ち合わせることもできない。だが、今日の昼食は食堂ではなく薔薇園で取ることに決めている。
「天気がいいからな。たまには外で食べるのもいい」
雲一つない秋空を見上げ、俺は目を細めた。少しひんやりした空気が肌に心地よい。緊張した様子のアリッサは景色を楽しむ余裕もなく
「そうですね」
とだけ相槌を打った。
当家の使用人が昼食を用意している間、俺はアリッサと会話を楽しもうとした。
しかし、彼女はどこか上の空で、「ええ」「はい」「そうですね」の繰り返しだ。
「アリッサ?」
何度か強い調子で呼びかけると、やっと
「あっ……」
と気づいて視線をこちらに向けた。
「どうした?考え事か」
悩みがあるなら話してほしい。
「……何でもありません」
アリッサは俯いて、俺との会話を拒否した。
淡々と食事が終わり、俺は今日の目的を達成すべく、
「……アリッサ、これを」
とイヤリングが入った箱を彼女の前に差し出した。
中身を見なくても箱だけでアリッサは嬉しそうに口元を緩めた。子供の頃から彼女を見てきただけはある。色の好みも熟知しているつもりだ。
「……わあ……綺麗……」
花の形のイヤリングは、可愛らしいものが好きなアリッサが喜ぶだろうと思ったが、これほど喜んでくれるとは思わなかった。
「ネックレスにも合う色だ。この程度なら学院内でもつけられるだろう」
アリッサの瞳のアメジストと、俺のエメラルドを組み合わせたイヤリングだ。俺からもらったとフローラ辺りが噂を拡散すれば、男除けの効果も期待できる。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「つけて見せてくれ」
普段は髪を下ろしているアリッサは、髪を耳に掛けないとイヤリングが見えない。指通りのよい銀髪を撫で、白い耳にイヤリングをつけた。
「……できた」
耳から手を首筋に滑らせる。細い首を撫でると
「ひゃっ……」
とくすぐったそうに声を上げた。
――もっとくすぐってやろうか。
「もう片方だ」
十分に時間をかけてイヤリングをつけ、首筋を撫でる。
「……美しいな」
「似合いますか?」
「ああ。良く似合っている」
俺の手に上から手を重ね、アリッサが頬を染めた。
――少しくらい、いいか。
唇を啄むだけのつもりが、気づけば夢中で貪っていた。
キスの後、真っ赤な顔のアリッサをからかう。
隙だらけの顔で教室に帰らせるわけにはいかない。男共のあらぬ想像をかきたててしまう。
――何を気にしている?マクシミリアンのことか?
「食事の前に考えていたのは、他の男のことか」
問わないではいられなかった。俺の前でこんなに幸せそうな顔をするアリッサが、他の男のことで頭を悩ませているのだ。
「え?」
「デートが、告白が、と聞こえた気がしたが」
アリッサの顔色が変わった。
――図星、だな。
俺の中で渦巻いていた暗い気持ちが、堰を切って溢れてくる。
「誰かに、告白されたのか?」
「い、いいいい、いいえ!」
逃げようとするアリッサを掴まえ、つい声を荒げてしまう。
「逃げるな。誰のことを考えていた?言え!」
俺を見つめるアリッサの瞳が恐怖に慄く。
「レイ様……」
――俺が怖いのか?
「だから、誰のことを」
――他の誰かに救いを求めたのか?
「……っ、レイ様のことですっ!」
滅多に大声を出さないアリッサが、信じられないことを言った。
――どういうことだ?
「……は?」
つい、間抜けな顔で呟いてしまった。
「あ、えっと……レイ様と中庭でデートしたら楽しいかなとか、薔薇園で告白されたらロマンチックだなって……思って……」
――なっ!!
アリッサに多少空想癖があるのは知っていた。恋愛小説が好きで、夢見がちなところがあるのも知っていた。小説の主人公に感情移入して、平民の男に愛される空想をしていたくらいだ。
だが、今は……全て俺なのだ。
彼女が中庭デートをあれこれ思い描き、薔薇園で告白されたいと夢見る相手は。
「そうか」
ダメだ、顔がにやけてしまう。
こんな腑抜けた顔をアリッサに見せられない。忽ち幻滅されてしまうだろう。
アリッサから手を離し、顔を背けていると、
「……っ、く……ふ……」
と声がした。振り返れば、アリッサが美しい瞳に涙をいっぱいに溜めていた。
「泣くな。……問い詰めてすまなかった」
頭を撫で、椅子に座った彼女の顔を覗きこむ。泣かせたお詫びに唇で涙を掬う。驚いて見開いた瞳は、イヤリングなど霞ませるほど美しい。
「明日の帰りは中庭を通って帰ろう。……君の要望通りに」
「はい!」
泣いていたのにもう笑顔なのか。君を笑顔にするのも泣かせるのも俺なんだな。
ころころと表情が変わる可愛らしい婚約者に翻弄され、俺は笑うしかなかった。




