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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 3 初めてのキスと恐怖の勉強会
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63 悪役令嬢は空腹に耐える

「アリッサさん。レイモンド様が見えたわよ」

二時間目が終わった後、クラスメイトがアリッサを呼んだ。ドアまで歩いていくと、レイモンドが眼鏡の奥の瞳を細めて微笑んでいた。

「レイ様。どうなさいましたの?」

「用事がなければ来てはいけないか?君の顔が見たい……と思ったんだが」

「い、いいえっ!」

――え?え?今の何?ろ、録音、録音したいっ!

自分の顔が一気に赤くなるのが分かる。

他の生徒には聞こえない程度の声の大きさではあるが、レイモンドははっきりと言った。

――鼻血出そう。

ゲームの中では、ヒロインから接触しなければレイモンドと会えない。しかし、好感度が上がってからは、彼の方がこうして誘いに来るのだった。前世ではゲームをプレイしていて、レイモンドが誘いに来てこの台詞を言った瞬間に、アリッサは画面の前で悶えた。

「そうか。では、昼食を一緒に取るのはどうだろうか」

マリナと一緒に昼食を取りたいセドリックの要望で、アリッサも呼ばれたことはある。今日もそうなのだろうか。

「あ、マリナちゃんもですよね?」

「……何だ。俺と二人では不満か?」

長い指が不意にアリッサの頬を撫でた。

「え?二人で……」

「昼休みになったら迎えに来る。いい子で待っていろ」

アリッサの前髪に軽く口づけて、レイモンドは身を翻して去って行った。


   ◆◆◆


「エミリーが倒れた?」

「うん。医務室で寝てるのよ。来てもらえる?」


軽い調子で言われ、連れてこられた医務室で、ジュリアは何度も欠伸を噛み殺していた。

エミリーが寝ているというベッドはカーテンで囲われ、中にマシューがいるらしい。ロンにはマシューが出てくるまで開けるなと言われている。

――にしても、出てこない……。

妹エミリーの付き添いを口実に、苦手な数学の授業に出なくてよくなったのは幸いだが、長時間待たされるのは苦痛だった。アレックスやレナードと一緒に来る理由もない。ロンはふらふらとどこかへ出かけてしまった。

――お腹すいた……。

二時間目と三時間目の間の休み時間には、ジュリアとアレックスとレナードは交代で売店へ走り、パンを買ってくることにしていた。剣技科の練習がハードすぎて毎日空腹感が抑えられないのだ。二時間目が終わるチャイムを聞いたから、今頃アレックス達はパンを食べているのだろうか。

――よし。エミリーをマシューに任せよう。

一言声をかけてから売店へ行くべきだろうと、カーテンに手をかけた。


「……えっと……」

ベッドに手をついたまま、マシューはエミリーの寝顔を凝視して固まっていた。

片手がエミリーの身体の向こう側にあり、片方の膝はベッドに乗っている。腕を曲げていればキスしているのかと誤解しそうな体勢だったが、腕はビンと伸ばしたままだ。

「……っ」

何度も息を呑む音がする。

長い黒髪でよく見えないが、相当強張った表情をしているに違いない。

――何してるんだろう?

「どうしたんですか?」

「ひっ!……あ、ああ、エミリーの……」

「姉のジュリアです。先生、もしかしてエミリーを……」

「俺は何もしていない!キ、キスなんかしようとしていないぞ!」

――自分からバラしてんじゃん。

マシューは大慌てでエミリーの向こう側についていた手を手前に引こうとする。

「お待たせー!パン買ってきたよー」

ドアを盛大に開けてロンが戻り、

「なっ!?」

驚いたマシューが体勢を崩した。ベッドから脚を下ろす瞬間に自分の着ているローブを踏んで滑り、つんのめってエミリーの上に倒れた。


「んっ……?」

エミリーのアメジストの瞳が開かれた。

ぼんやりと霞む視界には、黒……。

――黒と赤の、瞳?マシュー?

赤い瞳が魔力を帯びて輝いている。距離がものすごく近い。近すぎる。

何か言わなければと思うものの、唇が何かに塞がれていて開けられない。

――ちょっと、待って、これって……。

頭の中で何かが弾ける。魔力が一気に溢れだした。


   ◆◆◆


「……よし」

普通科二年一組の教室の前で、マリナは自分に気合を入れた。何がよしなんだ、と自分でも思うが、気合を入れなければ立っていられない。

今朝はおかしなことを言って逃げ出してきた自覚はある。朝に魔法科教官室へ行く用事があったのは本当だ。しかし、セドリックにはあの場から逃げたと思われたに違いない。二言三言釈明してから離れてもよかったのではないか。

一時間目と二時間目は、授業中もセドリックのことを考えていた。攻略対象者だと思わず、生身の彼を自分はどう思っているのかと。いきなりスキンシップをしてくるし、所構わず愛の言葉を告げられるのは正直つらい。王太子である彼の傍にいる時は、常に誰かの目がある。何もしていなくても注目される。マリナは彼に構われることが嫌なのではなく、誰かに見られるのが恥ずかしいのだと結論付けた。

話している途中で気まずくなっても、時間が限られている休み時間なら、セドリックも自分を引き留めはしないだろう。三時間目は教室を移動しなくていいはずだ。それなりに時間は取れる。


深呼吸をして、教室のドアに手をかける。ドアは内開きだった。

と、向こうからドアを引かれ、マリナは前のめりになった。

「あっ!」

「あ、と、ごめん!……えっ……」

ふらついて誰かに体重を預けてしまった。

視界に入る制服は男子生徒のものだ。彼の脚の間に膝をついて倒れたのだ。

「も、申し訳ございませんっ!……お怪我は?」

「い、いぇ、全然どこも痛くありま……」

知らない男子生徒が真っ赤になっている。言い終わらないうちに、彼とマリナの間にセドリックが割り込んできた。

「ドアを開ける時はよく確認しないとダメだよ、マリナ」

腕を取って立ち上がらせてくれた彼の瞳は、優しく微笑んでいるように見えた。

――う、腕が痛い!

「僕に用があるんだよね?落ち着いて話せるところに行こうか」

強い力で腕を引かれ、マリナはセドリックについていくことしかできなかった。


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