14 閑話 ハーリオン侯爵は身震いする
【ハーリオン侯爵の回想】
図書館からの帰りの馬車の中で、この数刻の事態を思い出し、ハーリオン侯爵は悶々としていた。
滅多に顔を出さないが自分の仕事場である博物館へ行き、図書館に戻ってきたところ、馴染の司書が呼び止めた。
「お嬢様は二階の閲覧室にいらっしゃいますよ」
「そうか。ありがとう」
いつもは一階の書庫をぐるぐる回っている娘だが、今日は落ち着いて読書をしているらしい。侯爵は階段を上がり、閲覧室の手前で足を止めた。アリッサ以外の人影を確認し、書庫の陰から様子を窺うと、アイスブルーの髪が見えた。あの希少な色は三つある公爵家の誰かだ。年の頃から見るに宰相の息子だろうか。二人は顔を近づけて本を読み、何か議論したかと思うと、チュッ、と小さくリップ音が聞こえた。
ハーリオン侯爵は身震いした。
娘がどこぞの若造、いや、公爵家の息子か?……と親の目を盗んでキスしている!慣れた様子から初めてではないのだろう。何ということだ、嘆かわしい。
わざと音を立てて二人に近寄ると、少年がはっとしてこちらを見る。
「帰るよ、アリッサ」
挨拶なんかするものか。盗人猛々しいこのガキが。
娘に猫撫で声で語りかけて手を引き、レイモンドを目だけで威嚇する。レイモンドは何かを言いかけてアリッサへ手を伸ばしたが、ハーリオン侯爵は攫うように娘を馬車に乗せて帰路につく。
あの小僧と会っていたとは知らされていなかったが、アリッサを責めても仕方がない。相手は公爵家、それも宰相の息子である。嫌でも拒めるはずがない。アリッサは嫌なのだろうか、喜んで受け入れているのか。
「アリッサ」
侯爵は娘の手を取った。まだ小さく柔らかい。
「はい、お父様」
「お前を苛むような奴は、私がミンチにしてやるからね」
アリッサは、今日の副館長とのやり取りについて、公爵から父に連絡が行ったのだろうかと思った。
「今日のこと、もうオードファン公爵様からお聞きなのですね」
「宰相が?」
ハーリオン侯爵は一瞬しかめ面をして娘を見、すぐに顔を穏やかな笑みに変える。宰相の名を聞くと、子供の友達づきあいの範疇を超えた二人の様子が脳裏に甦り、腸が煮えくり返る思いである。宰相から交際許可願いや婚約の打診があるとでも言うのだろうか。
父の瞳に戸惑いの色を認め、アリッサは首を振り
「何でもないんです」
と車窓の景色に目を移した。




