55 悪役令嬢は舞台袖で眠る
生徒会執行部の役員選挙は、翌日の昼食後、講堂にて行われた。
先に立候補者三名が推薦者と共に演説を行う。書記の立候補者はキース・エンウィ。彼を信任するなら用紙に丸をつける。
「私が演説しなくちゃ、ダメ?」
舞台の袖でエミリーが恨めしそうにキースを見た。
「他に立派に話せる人、いるでしょ?」
「エミリーさんにお願いしたいんです。僕は」
「ふぁ……眠くなってきたわ」
三時間目と四時間目の実技の時間に、アイリーンのブリッコと、仕方ないとは言いながら彼女に指導をするマシューの態度にイライラし、ストレス解消のために空に向けて風魔法を連発していたせいか、極端に魔力が少なくなっている。回復させようと身体が自然に睡眠を求めるのだ。
「一番最初なんですから、寝ないでくださいよ!」
「うーん……」
エミリーの瞼がどんどん下降していく。キースは慌てて肩を掴んで揺すった。
促されながらとぼとぼと歩いて演台の前に立つと、全校生徒がエミリーに注目した。
「……」
無言でキースを見れば、口パクで「お願いします」と言っている。
――注目されるの、嫌いなんだよね……。
さっさと自分の役割を終えたい。袖に引っ込みたい。
「キースを信任してください。魔法の研究にも熱心だから、生徒会の仕事も熱心にやると思うので。よろしくお願いします」
エミリーはぺこりと頭を下げて、くるりと後ろを向き、驚くキースを置き去りにして袖に下がってくる。
「え?今ので終わり?」
次の出番で控えていたアレックスが呆気にとられて叫んだ。
「次はキースが話す番」
壇上に残されたキースは、小さく咳払いをした後、手元の原稿を広げた。
「……長いよ、キース」
戻ってきたキースにジュリアが苦情を申し立てる。
「戻ってくるのが遅いから、エミリーが寝ちゃったよ」
椅子に座ったまま壁に凭れて、エミリーは静かに寝息を立てていた。
「エミリーさんの、寝顔……」
人形のように美しく、キースは息を呑んだ。
講堂では生徒達が用紙に丸をつけているところだ。書き終わって用紙から手を離すと、鳥の形になって羽ばたき、天井付近で百や十の束になってまとまるのだ。しかも、信任の丸印の有無で分かれてである。
「便利だよねえ……数えなくてもいいもんね」
ジュリアは魔法技術に舌を巻いた。前世の選挙とはだいぶ違う。
「結果がすぐに分かるんだな」
「うわあ、当選ならいいけど、落選もその場ってきついよね」
「ジュリアが当選するんだから、いいだろ」
束になった投票用紙が、選挙に立ち会っている学院長の前に下りてきた。生徒会執行部のセドリック達が束の数と端数を数えて、学院長に確認をもらった。
「信任二百三十六票、不信任十三票、無効票四票」
票数をレイモンドが読み上げる。
「生徒会書記立候補者、キース・エンウィは信任されました」
講堂にセドリックの声が響き、生徒達が拍手している。再度舞台袖から出てきたキースが深々と礼をした。
◆◆◆
アイリーンの演説が始まった。
「こら」
「ジュリア、シェリンズの演説を見ておかなくていいのか」
「見てると疲れるんだもん」
ブリッコ全開で演説をしている。推薦者はいないらしい。
「ある意味すごいね。女子に絶対嫌われるのに」
「度胸あるよな……俺、ああいうの苦手」
「そうなの?ああいう女の子っぽい子が好きなのかと思ってた」
「なわけねーだろ。俺が好きなのは……」
金色の瞳がジュリアを熱く見つめた。
生徒達の拍手が聞こえる。アイリーンの演説が終わったのだ。
「よおし、出番だ。行くよ!」
「ああ!」
にっと笑って拳を突き合わせ、ジュリアとアレックスはステージの中央に進んだ。
「……ですから、ジュリアは信用できる人間です。責任感が強く、仕事もしっかりやれると思います」
昨日レナードが作った応援演説の原稿を丸暗記したアレックスは、意外にも引っかかることなくすらすらと話し続ける。こういうところが彼のすごいところなのだろう。演説原稿を三行しか書けないで悩んでいた様子を知らない他のクラスの女子は、堂々と演説するアレックスに惚れてしまうかもしれない。
「皆さん、生徒会執行部の会計には、ジュリア・ハーリオンを選んでください。ジュリア・ハーリオンに一票を!」
アレックスが力強く言い切ると、講堂のあちこちから拍手が湧いた。
――うわあ。一気に会場の雰囲気を掴んだよ。
ジュリアが素直に感心していると、前列に座っていた男子生徒が立ち上がった。ブレザーの色から、魔法科の生徒のようだ。
「ハーリオンに一票を!」
――全然知らない人なんだけど、応援してくれてるのかな?
すると、彼と離れた席の男子生徒も立ち上がり、
「ハーリオンに一票を!」
と叫んだ。
「あ、ありがとう……」
ジュリアが礼を言っている間にも、ばらばらと生徒達が椅子から立ち上がる。
皆、異口同音に「ハーリオンに一票を!」と叫ぶ。
――なん、か、おかしい?
ジュリアの背中に冷たい汗が流れた。




