53 悪役令嬢は素直になる
無地の飾り気が全くない黒いネグリジェ姿になったエミリーが、ジュリアのベッドに腰掛けた。
「……はい、集合~」
パン。……パン、パン。
やる気のない掛け声と拍手に、マリナとアリッサが苦笑する。
「ジュリアはこっち」
自分の隣をぽんぽんと叩く。暗に座れと言っている。
「はいはい。洗いざらい白状すればいいんでしょ?」
パジャマ姿のジュリアが胡坐をかいて座り、観念して三人を見た。口ぶりはどこか嬉しそうである。
「よかったねえ、ジュリアちゃん。私、どうなることかと思って……」
アリッサは自分のことのように感激している。
「アレックス君の魔法が、ジュリアちゃんのキスで解けたって聞いて、もう……」
紫色の瞳が人一倍きらきらしている。
「子供の絵本レベルの思いつきで魔法が解けたなんて、信じられないわよね。エミリーは、魔法が解けたのは偶然だと思うの?」
「そう。ちょうど時間切れだったと思う」
「私の話を信じてないの?」
ジュリアが片眉を上げた。
「話は信じてる。私が言いたいのは、次もうまくいくとは限らないってこと」
「そうね。次はレイ様や殿下が狙われるかもしれないものね」
「アリッサは自分からレイモンドにキスできるの?」
「私、頑張るもん!マリナちゃんも……」
隣を見るとマリナが俯いている。
「……マリナは無理だ。それが弱点になる。ジュリアにはアレックスを強く想う心がある。マリナにはない」
エミリーは淡々と語った。マリナは何も言えない。
「マリナは恋から逃げてるよ」
「ジュリアちゃん……」
「私はさ、前世だってろくに恋愛してこなかったし、恋人をつくるとか、あんまり興味なかったんだ。アレックスのことだって、最初は友達のままいられればいいやって思ってた。アイリーンの魔法でアレックスと距離ができて、初めて現実を見たんだ」
息を吸い込む。真剣な眼差しがマリナを捉えた。
「半身をもがれたような気がした。私、本気でアレックスが好きだったんだなって気づいたから、賭けに出た。キスで魔法が解けなかったら、剣で殺されてもよかった」
三人は押し黙った。
ジュリアが殺される覚悟だったとは思いもしなかったのだ。
沈黙を破ったのはマリナだった。
「……恋するのは怖いわ」
「前世のダメ男共よりマシだ」
マリナの元彼達を思い出し、エミリーが感想を述べた。
「マシって……」
「エミリーちゃん、評価辛すぎよ」
「マリナの元彼は皆、口ばかり達者な浮気者だった。王太子や義兄は変態だが、一途なだけまだマシだと思う。……嫌なら、はっきり振ってやれ」
「そんな……」
「王太子妃になっても死ぬとは限らない。殿下との婚約を破棄しても没落しないかもしれない。可能性はたくさんあるじゃん。王都にいるのがつらいなら、兄様と一緒に領地の管理人でもすればいいんだし。グダグダ悩んでないで、自分の気持ちに素直に行動してみな?私みたいに」
「……ジュリアは素直に行動しすぎ」
「無茶はいけないよぉ、ジュリアちゃん」
「気持ちに、素直に……」
「攻略対象者だからって、目にフィルターかけたまんまじゃ、相手のことも、自分の気持ちも見えなくなるよ。飛び込む勇気を持つんだよ、マリナ」
「流されてないで、自分の気持ちを伝えなきゃ」
アリッサは何度となくレイモンドに自分の気持ちを伝えている。ジュリアは勿論、エミリーもマシューに半分告白したと言っていた。
「臆病なのは、私だけ、か……」
額の髪を掻き上げ、マリナはふらふらと自分のベッドへ移って行った。
◆◆◆
翌朝、例によって女子寮の前にセドリック達が立った。
建物から出ると、彼は満面の笑みでマリナに駆け寄った。
「おはよう、マリナ。今朝も会えて嬉しいよ」
――会えて、嬉しい?
自分はどうなのだろうと自問自答してみる。素直に好意を向けられたことが嬉しい。
――私、嬉しいんだわ。
「おはようございます、セドリック様。お会いできて、私も嬉しいです」
「えっ……」
セドリックは目を見開いて立ち止まった。
「セドリック様?」
「ううん。何でもないよ。少し、驚いただけだから」
――何だろう?私の言い方がおかしかったのかしら。
「隠されると、余計に気になりますわ」
「隠していないよ。ええと……マリナは僕達が迎えに来るのをあまり喜んでいないようだったから」
セドリックにはマリナが迷惑しているように見えていたのだろうか。悪目立ちしている感は確かにあるが。
――自分の気持ちに、素直に。
「目立ってしまうのは好きではありません。ですが、私達を迎えに来て下さるのは、セドリック様や皆様の御好意によるものでしょう?」
「好意っていうか、僕が君と一緒に登校したいだけなんだけどね。レイ達はオマケみたいなものだよ」
苦笑いを浮かべるセドリックを見て、マリナはふふっと笑った。
「妹達が嬉しいと、私も嬉しいのです。セドリック様が三人をお連れ下さると、妹達も楽しそうですし」
「そう?何にしても、君が嬉しく思ってくれるならいいや。……ねえ、マリナ」
「はい」
「少し前から考えていたんだけどね」
青い瞳に影が差す。セドリックはマリナを見ようとしなかった。
「気持ちの整理ができるまで、婚約を保留にしようか」
枯葉を巻き上げながら、二人の間を冷たい風が通り抜けた。




