52 悪役令嬢と自称専属執事
三年の教室で演説したジュリアは、グロリアとリンジーのメイド姿が見たい、傅かれたい男子生徒の人気をがっちりつかんだ。涙を流して「頼む」「必ず勝ってくれ!」と口々に言われた。メイドカフェをやると言ったものの、まだマリナ達には話していないのだから、問答無用で却下される可能性はある。
――公約は、破られるものだし?
アレックスはジュリアをメイド姿にしたくないと言っていた。自分もアレックスを執事にしたくはない。代わりに客引きでもすればいいかな。
ジュリアは軽く考えていた。
「グロリアは三年の女帝って呼ばれててさ。剣が強いのはその通りだし、性格も男っぽいんだよね。ジュリアちゃんが提案したように、学園祭でグロリアが侍女になったら、男どもが列を作ると思うよ」
「そうだね。グロリアはカッコ良かったねえ……」
ジュリアは先刻の様子を思い出し、ほわーんと遠くを見ている。
「ジュリアは、その……、ああいうふうになりたいのか?」
「うん。強くてかっこいーじゃん」
「ジュリアちゃんならなれると思うよ。俺も応援する」
「ありがとう、レナード」
「三年にはもう一人、女子生徒がいてさ。リンジーっていって、グロリアの親友でライバルなんだ。で、うちの兄貴の婚約者」
「へえー」
アレックスは物凄く興味がなさそうだった。
「グロリアと違って落ち着いた感じの美人で、ライオネル兄さんとライナス兄さんが本気の決闘をして取り合ったんだよ」
「お前の兄さん達、うちの侍女に言い寄ってるんじゃなかったか」
「そりゃ、侯爵家の侍女より、伯爵令嬢を妻にしたいと思うだろう?」
「うわ、サイテー」
ジュリアが嫌そうな顔をした。
「ほら、次は二年。俺が先に話をしてくるから、待ってて」
サイテー男達の弟が教室の中に声をかけるのを、ジュリアとアレックスはおとなしく待っていた。
「ペネロピ、ティファニー、アナベル!」
例によって、レナードは女子生徒に声をかけている。
「よく名前がすらすら出て来るよな」
アレックスがうんざりして呟いた。
「俺、貴族の茶会やパーティーで紹介された令嬢の名前、全然覚えてないぞ」
「覚える気がないからでしょ」
「ああ。俺にはお前がいるからな」
さらりと言ってジュリアに金色の優しい瞳を向ける。
――な、今そういうの、反則!
ジュリアは頬が熱くなるのを感じた。
「……っ!これから演説するのに、変なこと言わないでよっ」
「あいつの知り合いは女だけか?」
レナードに声をかけられた女子三人が、教室の奥から出てきた。その姿にアレックスが驚いた。
「ジュリア、こっち!」
呼ばれて教室の入口から顔を出す。
「二年の先輩達だよ。左から……」
三人を紹介するレナードは手慣れたものだった。ペネロピは騎士を目指しているとは思えないほど小柄で、短い水色の髪に赤い瞳の妖精のようであり、ティファニーはジュリアより背が高く、長い緑色の髪を後ろでまとめているクールな印象の美女で、アナベルは茶色の巻き毛をしたややぽっちゃりの快活な少女だった。
「よろしくお願いします!」
自己紹介の後、ジュリアは頭を下げた。
「ジュリアさんも大変ね。一年は女子が一人だけって聞いて……」
「女子が少ないとはいえ、平気で教室で裸になるのはやめてほしい」
「困ったものだわ。選挙の演説をさせてあげたいのはやまやまだけど、今、男子が着替えてるのよ」
女子の先輩方は更衣室で着替えてきたようだった。男子更衣室もあるが、手狭なために教室で着替える者も多い。
「あの……先輩方は、学園祭でメイド喫茶をやってみたいですか?」
「何のこと?」
「侍女の服装でお客様の接待をするんです」
スカートが短い件は言わないでおこう。ジュリアはぼかして話を続けた。
「三年生の教室で話したら、男子が盛り上がって……グロリアさん達にお茶を淹れてほしいって」
三人は顔を見合わせて、ああー、と頷いた。
「女帝を侍女にしたいってことね。男の夢ってか」
「さもありなん」
「私はちょっと……うちの連中にお茶を出したくないわ」
アナベルが難色を示した。二年剣技科の男子は彼女の好みではないらしい。
「お客は剣技科だけじゃないんですよ!普通科や魔法科の生徒も参加しますし」
レナードがすかさず助け舟を出した。
「……魔法科も?」
「アナベル、ここはチャンスよ!ローレンス様とお近づきになれるかもしれないわ!」
ペネロピがアナベルの手を握り、言いながらうんうんと頷く。
「……ローレンスって、誰?」
小声でアレックスがレナードに尋ねると、「後で」と返事が来た。
「きっとローレンス様もメイド喫茶にいらっしゃいますよ!」
満面の笑みでレナードがアナベルの肩を叩き、
「そろそろ教室に入ってもいいですよね」
とドアに手をかけた。
二年の教室でも、メイド喫茶の話をして大多数の支持を得たジュリアは、意気揚々と自分達の教室へと戻った。
「なあ、ローレンスって、誰?」
「しつこいぞ、アレックス。誰でもいいだろ」
面倒くさくなったレナードが、先ほどまでの営業スマイルとは打って変わって、眉間に皺を寄せて舌打ちした。
「ローレンスはアナベルの婚約者なんだよ。魔法科の三年。親が勝手に決めたらしくて、ローレンスは嫌がってるんだ。そりゃそうだよな、自分より婚約者の方が大きくて力強いんじゃね」
「アナベルはそこまで背が高くなかったと思うけどな」
ジュリアは並んだ感じを思い出している。ティファニーは背が高かったが。
「ローレンスが小さすぎなんだよ。ほら、魔力が高いと成長が遅いって」
「エミリーは普通だよ?」
「魔導士の成長は個人差があるんだよ。ローレンスは十歳くらいにしか見えないね」
「そっか……いろいろ大変なんだな……」
ジュリアの後ろの席についたレナードは、ジュリアとアレックスを交互に見て、
「本当にメイド喫茶をやるつもり?」
と二人に訊いた。
「俺は、ジュリアにはやってほしくない」
「だろうね。で、ジュリアちゃんは?」
「皆がやるならやってみてもいいと思うよ。私は侍女にはならないけどね。いつもと同じ出し物やダンスパーティーだけじゃ、つまんないと思う」
「レナード、お前が執事やれよ。上級生にモテるんだろ」
「残念。俺はジュリアちゃん専属だから、他のお嬢様の相手はできないんだよね」
ジュリアの手を引き甲に口づける。
「こら、やめろ!」
レナードからジュリアの手を奪い、今度はアレックスが甲に口づけた。
「ああっ!」
「何だよ、ジュリア。俺じゃ不満か」
「不満じゃなくて、えっと……」
アレックスが首を傾げる。レナードが興味津々といった風に二人を見ている。
「あのさ、今のって、間接キスじゃない?」
さぁっとアレックスの顔色が青ざめ、笑みを浮かべていたレナードの口元が引きつった。




