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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 1 出会いは突然じゃなくて必然に?
18/616

13-2 悪役令嬢は天才少年と密会する(裏)

【レイモンド視点】


レイモンド・オードファン。初代グランディア国王の弟を始祖に持つオードファン公爵家の一人息子だ。当代の国王の宰相を務める父と同じように、いずれ王に即位する王太子の側近となるべく、幼い頃より十分な教育を受けてきた。

公爵家には広い書庫があり、代々の当主が集めた書籍が分類されて整然と並んでいた。俺は夢中になってそれを読み漁り、六歳の時に一通り読んでしまうと、今度は王立図書館に通うようになった。王立図書館は、建国以来発刊されたあらゆる書物を収集保存している施設で、歴史書も魔法書も何でもあった。それでも、(成人以外立ち入り禁止の区域を除いて)九歳の時には全ての書物を読み終えてしまったが、図書館の空気が好きで入り浸っていた。


天窓から薄く日差しがこぼれる初夏のある日、俺は歴史書の棚の前で飛び跳ねる小動物を見つけた。飛び跳ねるたび、銀色の髪がふわふわと揺れ、天窓からの光を反射させている。薄緑色のシフォンのワンピースは妖精のようでもあった。

正しくは、小動物のような少女であったのだけれども。

彼女は、自分の身長よりかなり上にある、「ユーギディリア国戦記」の続きを取ろうとしているようだった。彼女の傍らには、「ユーギディリア国戦記」の一巻から七巻が積み重なっており、どうやら続きの八巻を取りたいようだ。

手を伸ばして八巻を取ると、わざとチビな彼女の頭の上に乗せた。

「これが読みたいのか?」

両手で頭の上の本を掴み、こくこくと頷く少女は愛らしかった。我が家では猫など愛玩動物を飼っていないが、いたらこんな感じなのだろうか。

王立図書館に来るようになってから、自分より年下の子供を見たことはない。こんな子供に(自分も子供なのだが)、過去に他の大陸にあった大国の歴史書という難解な書物が読めるのか。どうせ挿絵を見ているだけに違いない。

「アスフォルド六世の章は読んだか。フーディーの海戦は面白いな。海賊船に見せかけた船団でホープガル帝国の艦隊を破った戦いだ。彼の作戦は常に面白い」

「海賊船に見せかけたのはメイヒール島沖の海戦です。それに、作戦を立てたのはアスフォルド六世ではなくて、軍師のガイアスでしょう?」

俺は自然に笑いがこぼれるのを抑えられなかった。

読んでいないと侮って鎌をかけ、わざと嘘の話をしたのに、少女はきっちりと間違いを訂正してきたのだ。こいつ、なかなか見どころがあるな。

「君の言う通りだよ、姫君。……名前は?」

「ハーリオン侯爵の三女、アリッサと申します」

そう言って、彼女は淑女の礼をした。


   ◆◆◆


アリッサは俺と同様に自宅の書物を読み切ってしまい、新たな発見を求めて王立図書館に来ているのだと言った。俺が自宅の書物を全部読んでしまったことを、どうして知っているのかと訊ねると、アリッサは慌てて口元を隠しながら、

「ゆ、有名ですから」と言った。

厳格な父の宰相がどこかで息子自慢をするようには思えないのだが、きっと使用人の内から漏れたに違いない。


母の社交に付き合わされたり、家庭教師が来たりする日以外は図書館に来ることが多かったが、殆どと言っていいほど俺が行くとアリッサが来ていた。彼女と本の話をするのは楽しかったし、自分と違う視点で考える彼女は新鮮だった。アリッサのアメジストの瞳がきらきらと、尊敬の念を込めて俺を見つめる。

――そうだ、もっと敬え、崇めろ!

「レイモンド様」ではなく「レイ」と呼べと言えば、彼女は小さな唇から「レイ様……」と零れるように呟いた。アリッサから、「様」をつけて呼ばれるたび、俺の自尊心が上塗りされていく。彼女に尊敬されるような存在でありたいと、一層読書に励むようになった。


   ◆◆◆


副館長に言いがかりをつけられ、本を取り上げられそうになっていたアリッサに助け舟を出した。二階の閲覧室へ誘えば、何の警戒もせずについてきた。

「ありがとうございました。レイモンド様」

アリッサは胸の辺りに本を持ち視線を彷徨わせる。俺の前で緊張しているのか。

「不正を正しただけだ。それに、泣いている君を放ってはおけなかった」

議論に負けた彼女の涙を見るのはゾクゾクするが、他の誰かがアリッサを泣かせるのは見たくはない。父の権力を振りかざしたくはなかったが、まだ子供の自分では太刀打ちできない。

「君が図書館に来ない日は本当につまらない。会う約束をしたわけでもないのに、会えるような気がしてここに来てしまうんだ」

視線を外して呟くように言えば、

「私も、お会いしたかったです」

と可愛いことを言ってくれる。

真っ赤になっているような気がして顔を覗き込むと、案の定茹蛸状態だ。もう少し羞恥心を煽ってやれば、たまらず涙を浮かべるだろう。

「君と本の内容について議論すると、いつも知識の深さに驚かされる。異なる視点から捉えていて、一人で読んでいる時より考えさせられるんだ」

議論しながら君を弄ぶのが楽しくて仕方がないんだよ、と心の中で付け加える。俺の真意に気づかないアリッサは、

「私もです。分からない時は教えてくださって……」

とにっこり笑う。

「何でも教えてあげるよ、アリッサ。寧ろ、君に教えるのは僕以外にいてほしくない」

銀髪を一房掬い取り口づけた。柔らかく流れる銀髪を辿り、耳の辺りに触れて顎を上に向けさせる。乱暴に唇を重ねそうになったが彼女が怯えない程度のキスに留めた。


二人で肩を並べて本を読み、ああだこうだと議論する時間は至福の時だ。静かにしていなければいけない館内で、ひそひそ話をしながら見つめ合って笑う。彼女との時間を奪おうとする者には容赦しないつもりだ。結果、父に密会が知られてしまうのはいただけないが。


   ◆◆◆


今日は歴史書を読みながら語り合うより、恋愛小説を題材したらどうかと提案すれば、彼女はまた赤くなった。以前二人で恋愛小説を読み、小説の主人公がしたように彼女の頬を撫で、額と額、鼻と鼻をつけると、熱に浮かされたアメジストの瞳が潤んで微かな吐息が聞こえた。仮にも侯爵家の令嬢に、こんなことをして許されるわけがないと思いつつも、震える唇を奪わずにはいられなかった。小説には口づけをしたとは書いていなかったから、戸惑っていたかもしれない。

彼女は熱心に小説を読んでいた。ハーリオン侯爵家には実用書が多く、こういった小説の類はあまりないと聞いていた。彼女にとっては新鮮な内容なのだろう。高位貴族の令嬢と末端貴族の若者の恋物語だった。身分差ゆえの悲恋というやつだ。須らく貴族の令嬢は自分より上の身分の男に尻尾を振るものだと思っていたが、好きになった男がたまたま末端貴族だったのであり、恋に身分は関係ないなどとアリッサは熱弁を振う。昨日一人で読んだ小説は貴族令嬢と庭師の恋物語だったが、この話もよかったと。

「末端貴族に庭師、従者……アリッサは、身分が下の男が好きなのか」

「身分が下……いえ、上とか下とか、そういうことではなくて」

好きになったら身分は関係ないと彼女は言う。身分が関係ない世界もどこかにはあり、そこでは自由に恋愛ができるのだと。政略結婚が主流の貴族社会に身を置く令嬢でありながら、使用人にでも恋をしているのかと邪推してしまう。うっとりと夢見るような表情で身分を超えた愛の素晴らしさを説く彼女の可愛らしい唇を見つめる。

――庭師に愛される自分を想像しているのか?

どうしようもなくイライラする。

「悪いが、他の男と君を共有する趣味はない」

多少強引に口づけると、彼女は真っ赤になってぼんやりとこちらを見て、レイ様、と吐息とも呟きともつかない声を漏らした。

ハーリオン侯爵が現れたのは、そのすぐ後のことだった。


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