50-2 悪役令嬢は目の前の喧嘩を見る(裏)
朝から糖度高めですみません。
【アレックス視点】
夕方、中庭でジュリアに告白した。
いい返事をもらって、ジュリアからも告白されて、俺は有頂天になっていた。
寮に戻ると、知った顔の普通科の一年生三人が、にやにやしながら俺に話しかけてきた。
「なあ、聞いたぜ。中庭で……」
――何!?
なんでこいつらが中庭での話を知っているんだ?
「お前が好きだーって絶叫してたんだって?」
「し、してねーよ!」
「見たって奴がいっぱいいるぜ」
「いいよなあ、あんな美人が婚約者なんてさ」
「ちょっと気が強そうなところがいいよな」
「脚も綺麗で、スタイルいいし」
「やめろ!」
――ジュリアの脚の話をするな!
睨み付けると三人はつけあがった。
「練習の時は薄着になるんだろ?」
「放課後、剣技科練習場に見に行った奴が喜んでたな」
「胸元が開いたドレスより興奮するってな」
シャツの首元を掴み、「黙れ」と威嚇した。剣技科は私闘が禁止されている。騎士の息子として、丸腰の相手に暴力を振るうのは躊躇われた。
「何だよ」
「ジュリアを揶揄するのはやめてくれ……」
俺は俯いて手を離した。
◆◆◆
夕食の前に、ジュリアがいきなり男子寮にやってきた。
寮の先生に呼ばれて応接室に行くと、ジュリアが飛びかかってきて、引きずられるように外に連れて行かれた。
マリナを含めて三人で中庭に行ったところまでは朧げながら記憶がある。
だが……。
その後はどうなったのだろう?
気づくと俺は、ジュリアに腕を回されて口づけられていた。
周りに赤いものが見える。
愛しい婚約者からのキスに混乱して、その時は薔薇だと認識できなかった。
――ちょ、ちょっと、待ってくれ。
ジュリアの肩を掴み、一旦離れて状況を確認しようとした。
やめろ、と言おうとするが、唇を唇で塞がれていて
「……んんんっ」
と声が出せない。それほどまでにジュリアの唇とくっついているのだ。
意識した瞬間に全身を血が巡り、一気に顔に血が上る。
「……はっ」
唇を離し、息をする。
ジュリアの濡れた唇が目に入り、心臓がこれでもかというほど早く脈打った。
――何が起こっているんだ?
ジュリアは細い腕を俺の首に絡ませ、またキスしようとしてきた。一瞬腰を引いた時、バランスが崩れて俺はベンチに座り背をついた。なおもジュリアは俺を抱きしめ、脚と脚の間に膝をつく。白い腿が見えた。
――動けない。
「やめろっ、ジュリア!」
「やめない!アレックスが私を好きだって言うまで、やめてなんかやらないっ!」
「何言って……」
好きだって言ったらやめるのか?
――だったら、『言わない』一択だろ?
必死なジュリアが可愛すぎる。恋人になるとこんなに甘い時間が過ごせるとは。こんなことならもっと早く告白すればよかったと思った。
幸せすぎる。
俺を抱きしめるジュリアの背中にそっと手を触れる。ビクリと身体が反応した。
「……好きなの。アレックスが好き」
首筋に顔を埋めて、唇が俺の肌を掠める。こそばゆい感覚に痺れた。
「ジュリア……俺は……」
お前が好きだ。つい好きだと言ってしまっても、このまま抱きしめていてほしい。
「言わないで、お願い……」
片膝をついているジュリアは俺を見下ろした。アメジストの瞳が濡れて、仄かに赤くなった白い肌や赤い唇が色っぽい。好きだと言ってしまったらやめるなんて、新手の拷問か?
俺はぼうっとジュリアを見つめた。
細い指が俺の髪を梳いていく。再び唇が近づく。
――くそっ。またキスされるのか?
なすがままになっているのは悔しい。
腕に力を込めて抱きしめ、ジュリアの頭を押さえて、今度は俺からキスをした。
「んんっ……?」
ジュリアは驚いていた。
柔らかい感触に夢中になって何度もキスをすると、俺の首を抱きしめていた腕から力が抜けていった。
「……はあ、……はあ……アレックス?」
頭を押さえていた俺の手が緩み、ジュリアは上体を起こしてこちらを見た。眉間に皺が寄っている。
――まずい。がっつきすぎたか。
絶対張り倒されるパターンだよな。気まずくて視線を合わせられない。
「お前から二度もキスされるのは……俺としては……その」
初めてのキスは俺からするつもりだった。どこでどんな風にとあれこれ想像していたものは、さっきのキスで全部どこかに吹っ飛んで行ってしまった
「……うん。分かった」
ジュリアは起き上がって俺の腰にあった練習用の剣に手をかけた。
――何、を?
「嫌、だったんだよね?」
泣き顔で笑ったジュリアは、鞘から剣を抜いた。呆気にとられて見ている俺の前で、切っ先を自分の喉に向けた。
「バカ!やめろ!」
手首を掴んで剣を奪い地面に放り投げた。
「なんで邪魔するの?」
「邪魔するに決まってるだろ!俺の目の前で死ぬなんて許さない」
再び剣を取らないように身体を雁字搦めにすると、ジュリアは観念したように俯き、俺の胸で嗚咽を漏らした。
「アイリーン、……がっ、好き、なんでしょ?」
――アイリーン?誰だっけ?
「何の話だよ。浮気を疑ってるのか?」
「え?」
「言っとくけどな、こっちは七年も片想いしてたんだ。なめんなよ」
ジュリアが目を丸くした。
何だよ、意外でもないだろ?
「魔法……解けたの?」
「魔法?」
「アイリーンの魔法にかかって、私のこと、嫌いになったんでしょ?」
「はぁあ?」
◆◆◆
ジュリアの話だと、告白した日の夜から、俺はアイリーン・シェリンズという魔法科女子の魔法でおかしくなっていたらしい。ベンチに腰かけて、この二日間の出来事を聞かされた。
「本っ当に、アイリーンのことは何とも思ってない?」
泣きはらした目でジュリアが睨んだ。
「まだ疑ってんのか?」
「当たり前でしょ。剣を突き付けられたんだからね!」
だからさっきも、自分から死のうとしたのか。……俺がアイリーンを選んだと思って。
「覚えてないけど、……悪かったよ。俺に隙があったのが原因だから」
「私が中庭に連れて行かなかったら、アレックスはアイリーンに魔法をかけられなかったんだよね。……ごめんね」
最後は小声になったジュリアは、ベンチの上で膝を抱えた。
「いいよ。また魔法にかけられたら、ジュリアが解いてくれるんだろ?」
――キスで。
と耳元で囁けば、真っ赤になってまたこちらを睨む。
「からかわないで!」
「からかってない」
「嘘。にやにやしてるもん」
「魔法を解くためでも、キスされるのは嬉しいから……」
「ふん。キ、キスくらい、魔法がなくったってっ!」
「うわっ!」
ゴツン!
後頭部が金属製のベンチに打ち付けられた。髪の毛で多少衝撃を吸収しても地味に痛い。
目の前にジュリアの上気した顔がある。
「ま、魔法を解くためじゃなくても、キスくらいっ……」
と再度宣言してからしばらく、真っ赤になって固まったままだ。
明らかに混乱してるな、これは。
――まあ、いいか。
ジュリアに押し倒されたまま、俺は幸せな気持ちで一時間目が終わるチャイムを聞いた。




