49 悪役令嬢は始末されたがる
ジュリアが中庭の薔薇園に行くと、昨日の朝と同じ光景がそこにあった。
アイリーンはアレックスにしなだれかかり、照れる彼の頬を指先でつついていた。
「おはよう!」
わざと元気よく挨拶をする。
アイリーンが眉間に皺を寄せ、アレックスに何か耳打ちする。
――ふん!邪魔者参上よ!
「またお前か」
冷たい声色のアレックスは、金色の瞳をジュリアに向けて立ち上がった。
「シェリンズさんには用事はないの。私が用事があるのは、アレックス・ヴィルソード、お前だ!」
無意識に腰に手を当ててしまう。ジュリアが虚勢を張る時はいつもこうなるのだ。
「……だそうだ。悪いな、アイリーン。俺はこいつを始末してから行く」
――い、今、始末って言った?
ジュリアの顔が引きつった。アレックスの腰に練習用の剣が見える。
「気をつけてね、アレックス君?」
「ああ」
――何が、ああ、だよ。かっこつけてんじゃないっての!
ついきつい視線を向ければ、アレックスは一瞬はっとして、ジュリアを睨んできた。
やがて、アイリーンの足音が遠ざかり、二人だけが薔薇園に残された。
「……一応、話くらいは聞いてやる」
見つめるジュリアから視線を外し、アレックスはぼそぼそと呟いた。始末だの何だのと言っていた奴の台詞とは思えない。
「聞きたいことがあるの」
ふう、と一つ溜息が聞こえた。
「何だ」
「アレックスは、アイリーンが好きなの?世界で一番好き?」
「当たり前だ。アイリーンは俺の大事な……」
「そう。……邪魔だから、私を始末するの?」
「お前がアイリーンをいじめていて、俺達を邪魔しようとするから」
「アイリーンをいじめていないし、邪魔してるつもりはないよ。ただ……」
そこまで言うと、ジュリアは一気にアレックスとの間合いを詰めた。
「あっ」
首に腕を回して抱きつき、頬を触れさせる。自分より背の高いアレックスに抱きつくと、背伸びして体重を預ける格好になってしまう。
「ただ、私が一緒にいたいんだ」
「離……せっ……」
「……アレックスが好きだからっ!」
――魔法の解き方なんて知らないっ!
昨晩何度考えても、魔法を解く方法は一つしか思い浮かばなかった。
「始末、されてもいいから……」
風が強く吹き、真紅の薔薇が花弁を散らした。
抱きついた腕をそのまま彼の後頭部に当て、正面から金の瞳を見つめると、引き寄せるようにして唇を重ね、ジュリアは目を閉じた。
◆◆◆
生徒会室へ行くと言っていたセドリックは、レイモンド、マリナ、アリッサを連れて部屋に入った。
「急ぎの用なのか、セドリック。放課後でもよければ……」
「重要な案件なんだ。王宮から僕のところに直接連絡があった」
「学院を通さず、お前にか」
「うん。これから予定されているアスタシフォンとの交流のことで、学院に短期留学する生徒達の中に、どうやらアスタシフォンの王子が含まれているらしい」
「らしい?未確定情報なのか」
マリナは数年前に、まだ見ぬ隠しキャラを特定するために、国内外の王族・貴族の同世代の人物を洗い出している。リストは何度も読み返して覚えた。アスタシフォンには同年代の王子はいないと思ったが。
「王女様の間違いでは?」
「アスタシフォン王室は一夫多妻だから、王子も王女も数多い。だが、俺達と同じ歳の王子はいなかったと思うぞ」
「だよね。僕もそう思ったんだよ。父上からの手紙を何度読み返しても、急に王子が一行に加わることになったとあって」
「晩餐会も正式なものになりますわね」
「……王子が来る理由が、その……」
「何だ。はっきりしろ」
「妃を探すためなんだって……」
セドリックが言い切って俯き、傍らの椅子に座りこんだ。
「ブリジット王女はまだ幼児だぞ」
「父上は、王位継承権の低い王子に妹を嫁がせるつもりはないそうだ。公爵家か侯爵家から誰かをと」
「公爵家には未婚のご令嬢はいらっしゃいませんでしょう?」
「俺が一番年下だ。うち以外の二家は、当主の姉妹は皆嫁いでしまったな」
「侯爵家は、我が家には四人女子がおりますけれど、ヴィルソード侯爵のお子様はアレックス一人ですし、エンフィールド侯爵は独身、ノーク家もロファン家もまだお子様はお小さいはず。うちの弟と同じくらいの歳ですわ」
「そうなんだよね。これは、つまり……」
「ハーリオン家四姉妹の誰かを、妃に寄越せと?」
レイモンドの眉間に皺が刻まれた。
「いくら相手が大国だからって、酷すぎると思わないか?僕達の気持ちを無視して、一方的にこんなっ……」
「セドリック様、落ちつかれて……」
宥めたマリナの手を引き、椅子に座ったまま抱きしめる。
「嫌だ。君を海の向こうになんかやらない!」
まだ微熱があるセドリックの瞳が潤む。
「黙れセドリック。俺だってアリッサをくれてやるつもりはない。……少しは頭を使え。それから、必要以上にマリナに絡むな」
「……僕に抱きしめられるの、嫌かな?」
至近距離で囁かれてマリナは動揺した。キラキラした王子が懇願している。
「い……いえ……」
「なら、いいよね。しばらくこのままで」
「おい!」
眼鏡の奥の緑の目がセドリックを厳しく睨む。
「どうしよう、レイ。いい案なんて浮かばないよ」
アリッサはおろおろと三人の様子を見て、レイモンドにしがみつく。眉間に寄っていた皺が消え、レイモンドは蕩けたような表情で彼女を見た。
「先方に諦めていただくしかあるまいな」
「諦める?」
「アスタシフォンといえど、我が国の王太子妃を奪おうとはしないだろう。未来の宰相夫人になるアリッサも同様だ。エミリーには婚約者がいないが、稀有な五属性魔導士を国外に出すわけがない。残りは……」
「ジュリアちゃんはアレックス君と……」
「今はうまくいってないみたいだね。今朝も姿をみていないよ」
「うう……」
「……確かにそうね」
マリナがセドリックの腕から逃れて溜息をついた。
「アレックスの奴が何を血迷っているのか知らないが、ジュリアが国外へ嫁ぐとなれば、あのバカの目も覚めるんじゃないのか。まあ、アスタシフォンの王子については俺も調べてみる。生徒会役員が決まったら、また皆で話し合おう」
「演説会と投票は明後日か。ジュリアも立候補しているんだって?」
「はい。セドリック様に応援いただけたら百人力ですわ」
王太子が推しているという事実は、多くの貴族子女の判断基準になりうる。マリナはセドリックの手を取った。
「勿論だよ。僕が君のためにできるのはそれくらいだからね」
手を優しく握り返し、セドリックは悲しげに微笑んだ。




