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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 2 生徒会入りを阻止せよ!
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47 悪役令嬢は貴公子に鳥肌を立てる

「エミリー様、お帰りなさいませ……ええっ!?」

白い光に転移魔法だと気づいた侍女のリリーが、エミリーに挨拶を述べ、涙をナイアガラの滝状態で流して隣に立つジュリアを見て瞠目した。

「ジュ、ジュリア様!?どうなさったのですか?はっ、もしや、お腹をこわされたのですか?」

「腹を下してはいない。ジュリアを休ませたい」

代わりにエミリーが答える。

「はい、すぐに着替えとお茶をお持ちします」

背中を押されて長椅子に座ったジュリアは、エミリーのローブの袖に鼻水を拭った。

「こら!」

「ごめん……連れてきてくれてありがとう、エミリー」

「……当然」

「うう……ぐす、ひっく……」

エミリーはどうしたらよいか分からなかった。前にジュリアがこんなに泣いたのはいつだっただろうか。五歳くらいの時に、無理に木登りをして落ちた時だったか。落ちて少し泣いて、すぐにけろっとして元気に笑っていた顔しか思い出せない。

「何が、あった?」

「あ……うう……アレックス、が……」

今朝の登校時にレイモンドが、アレックスは先に行ったと言っていた。

「先に登校したくらいで何を」

「アレックスが、アイリーンに取られた!」

――は?

「どういうこと?」

「薔薇園でイチャついてた。私に剣を向けて、近づいたら殺すって!うわーん!」

ジュリアは早口で言い切り、再び声を上げて泣き始めた。

「穏やかじゃないわね」

「絶対操られてるんだ!じゃなきゃ、私を信じてくれるはずだもん!」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をエミリーのローブに擦り付け、ジュリアは必死に訴える。

「魅了されたか」

魔法が使えない者は魔法耐性が弱い。アレックスがアイリーンの魅了の魔法を無効化したり弾いたりできるわけがない。どの程度効果を持続させるか分からないが、しばらくは魅了されたままになるだろう。

「ねえ、エミリー。何とかしてよぉ」

「無理。自然に消えるまでは」

「そんなああああ」


「ジュリアの大声が廊下まで聞こえていたわよ」

ドアが開き、マリナが姿を現した。

「お帰りなさいませ、マリナ様」

「ただいま、リリー」

「……マリナ、アリッサは?」

ほぼ毎日一緒に帰ってきている二人である。エミリーは不思議に思った。

「私、男子寮から来たから……」

「はあっ!?男子寮だって?」

エミリーに縋りついて大泣きしていたジュリアが、がばっと起き上がってマリナを睨んだ。

「な、何よ……」

「……男子寮で、何してたの?」

口元だけにやりと笑い、エミリーはマリナに訊ねた。

「ほら、セドリック様が熱を出されて……」

「こっちは婚約破棄の危機なのに、マリナは殿下のところに行ってたっての?」

リリーに差し出された温かいタオルで顔を拭く。ジュリアは鋭い視線をマリナに投げた。

「心配だったから……」

フィービー先生に転移させられたことは黙っておこうとマリナは思った。結局、セドリックが再び目を覚ますまで、手を繋いだまま彼の傍らに添い寝していたのだ。他の男子生徒に見つからないよう、侍従が裏口からマリナを帰らせてくれた。

「ジュリアはどうして泣いているの?」

「……アレックスが魅了された」

「アイリーンに?」

「うん。完全に操られてる。あんな怖い顔のアレックス、初めて見たよ」

温かい紅茶に口をつけ、ジュリアは溜息をついた。

「こんな思い、三人にはさせたくないよ」

「ジュリア……」

「私、絶対選挙に勝つから。ヒロインだからって正義とは限らないもんね」

真っ赤に泣きはらした目で、ジュリアは二人に笑いかけた。

「アリッサを迎えに行きましょう、三人で」

マリナがジュリアの肩に手を乗せた。

「四人の方が、安心」

無表情でエミリーが頷いた。

「今日はレイモンドも忙しいらしいの。一人だと迷ってしまうわ」

「分かった」

ぐい、とマリナとジュリアの手をエミリーが掴んだ。

「……歩いて行ったら、間に合わない」

「学院内で魔法は……」

白い光にマリナの声がかき消され、ハーリオン家四姉妹の部屋には静寂が戻った。


   ◆◆◆


――さっきの、何だったのかな……。

マクシミリアンの隣を歩き、生徒会室に戻りながらアリッサは答えが出せずにいた。

自分がレイモンドに相応しくないのではなく、レイモンドの方が自分に相応しくないと言われた。レイモンドは完全無欠のヒーローだ。アリッサには理解できなかった。

静かな抑揚のない声が、何度も頭の中でリフレインする。

おそるおそる左側を歩く彼を見る。灰色の瞳は真っ直ぐにこちらを見ていた。

――きゃ!どうしてこっち見るの?

背が高いマクシミリアンとは身長差がかなりあり、見上げなければ視線が合わないのが幸いだ。アリッサは生徒会室に着くまで彼を見ないことに決めた。


生徒会室まであと数メートルのところで、突然前方に白い光が現れた。

「……なっ」

驚いたマクシミリアンが目を細める。

光が消え、三人の人影が見えた。

「エミリーちゃん!マリナちゃんとジュリアちゃんも!」

画鋲の箱からガチャガチャ音をさせながら、アリッサは姉妹に駆け寄った。

「今ね、掲示が終わったところなの」

――助かった!

「お昼も放課後も来られなくて……申し訳ございません。マクシミリアン先輩」

「いえ……仕方がありませんよ。先生のご用事なら」

マクシミリアンはいつもの営業スマイルを浮かべている。先ほどまでの妙な空気はどこかへ行ってしまったようだ。アリッサは姉妹に心の中で感謝した。

「帰ろう、アリッサ」

声をかけたジュリアを見たアリッサがはっとする。目元が赤い。

「普通科の教室から荷物を取って来ましょう」

「道具は私が片づけておきますよ」

「あっ……」

抱きしめていた画鋲の箱を奪うように手に取る。マクシミリアンの視線が再びアリッサを射抜いた。

「また明日。ごきげんようアリッサさん」

白い小さな手を素早く引き、驚いて引く前に甲に口づける。

「!!」

「では、失礼いたします」

マクシミリアンはマリナ達に会釈すると、生徒会室の中へ入って行った。

「……今の、何?」

貴公子ぶりにぞわっと鳥肌が立ったエミリーが、嫌なものを見たかのように顔を歪めた。

「アリッサ、何かあったの?」

「今の、二年の書記の人でしょ?アリッサ、いつの間に?」

姉二人に詰め寄られ、アリッサは首を横に振って

「知らないよぉ……」

と答えるのが精一杯だった。


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