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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 2 生徒会入りを阻止せよ!
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45 少年剣士は混乱する

【アレックス視点】


アイリーン・シェリンズは俺の大事な人だ。

何が大事なのかよく分からない。俺にはうまく言えないが、とにかく大事なんだ。

彼女かと言うと、……どうだろう?

贔屓目に見なくても割と可愛い顔をしていると思う。キラキラした目も綺麗だ。

――もっと美しい瞳を見たことがある。

誰の瞳だっただろうと考えたが、頭に靄がかかったように思い出せない。


朝の中庭でアイリーンと会った。

「偶然ね、アレックス君」

と彼女は声をかけてきたけれど、俺は中庭を抜けて登校したのは初めてだった。ついでに、こんなに朝早く出かけたのも。

どうして朝早く登校しようと思ったんだろう?……思い出せない。

早くいかなければ、とそればかりを考えて寮を出てきた。

「まだ授業まで時間があるわ。少しお話しましょう?」

アイリーンは俺の手を引いて、薔薇園のアーチをくぐり、ベンチに座らせた。

「ここの薔薇は年中咲いているんですって。綺麗よね」

「ああ……」

俺は花には興味がない。アイリーンは薔薇の品種を少し知っているらしく、俺に教えてくれた。俺には違いがよく分からない。

――俺の他にも、薔薇の違いが分からない奴がいたような気がする。

「たくさんお話できてうれしいわ」

アイリーンは俺の肩に頭を寄せた。


   ◆◆◆


「おはよう、アレックス。今朝は用事があったんだね」

不意に声をかけられ、俺は聞き覚えのある声の主を見た。

「ああ……ジュリアか」

勝手に俺の婚約者になった挙句、アイリーンをいじめている意地悪な女だ。俺を追って来たのか剣技科に在籍している。

「何の用だ」

お前に用などない。さっさと消えろ。

「用って……えっと」

「アイリーンをいじめに来たのか?」

「へ?」

――白々しい。

何も知らないふりをして隠し通そうと言うのか。

「俺が見ていないと思って、女子寮では四人でいじめているそうじゃないか」

アイリーンから聞いたんだ。確かに。

……聞いたのは、いつだったか?

「はあ?いじめてなんかないよ!」

いや、お前達がいじめているんだよ。……ほら、例えば……。

アイリーンから聞いた、いじめられたという話が全く思い出せない。

そうだ。アイリーンは孤立していると言っていた。

「他の生徒にも、アイリーンと話をするなと言って脅しているんだろう?」

「脅してなんかない!」

ジュリアが必死に食い下がった。

「剣技科のお前が脅したら、誰だって従うだろうさ」

「やってないよ!どうして信じてくれないの、アレックス!」

名前を呼ばれた瞬間、俺の心臓が跳ねた。胸が急激に苦しくなる。

――何だ?この痛みは……。

「信じる?」

信じられるのはアイリーンだけだ。ピンク色の髪を撫でると、アイリーンは俺をうっとりと見つめた。

「何故俺が、お前を信じると思う?」

アイリーンを守るため、俺は胸の痛みを堪えてジュリアに対峙する。

「それは……私が、アレックスを信じてるから!」

――やめろ!

「……アイリーンに近寄るな。俺にもだ」

「……っ」

これ以上、ジュリアの声を聞きたくない。

胸が苦しくて、頭がおかしくなりそうだった。

帯剣していた練習用の剣を抜き、ジュリアの鼻先に突き付けた。

「……近寄れば、殺す。分かったな」

大きく開いた紫色の瞳が濡れ、一度瞬きしたジュリアの目から涙が零れた。

――違う、そうじゃない!

ジュリア・ハーリオンは悪人だ。アイリーンをいじめる嫌な奴なんだ。

俺に拒絶されて泣くなんておかしいじゃないか!

胸の痛みに混乱した俺は、アイリーンの手を引いて薔薇園を出た。


   ◆◆◆


二時間目と三時間目の間の休み時間に、後ろの席の奴らが俺の名前を出して話をしていた。

軽薄男のレナード・ネオブリーと、俺が泣かせたジュリア・ハーリオンだ。

「顔に型がついてるよ」

「……別にいいよ」

「良くない。ほら、これを当てて撫でてみたら……」

「くすぐったいよ、レナード」

ふふ、と小さく笑ったジュリアの声が耳から離れない。

振り向けばレナードが

「蒸した方がいいんだろうね、なかなか取れないな」

とジュリアの頬を撫でていた。

――触るな!

「……ネオブリー」

気づくと俺は、酷く苛立ってネオブリーに話しかけていた。

「何だよ、アレックス」

非難する視線を向けられ、俺は更に苛立った。

「次の時間、俺と練習試合をしろ」

「命令かよ……別にいいぜ」

「逃げるなよ。何故だか無性にお前を叩きのめしたくて仕方ないんだ」

理由が分からない。

ジュリア・ハーリオンは俺の婚約者だが、他の男と仲良くなったらこっちから婚約破棄してやればいいだけだ。恋しくもなければ独占欲も感じない。ネオブリーと勝手にすればいいと思うのに。

――嫌だ。渡さない。

時々、俺には理解できない気持ちが心を占める。

大事な人はアイリーンで、俺の彼女で。

ジュリアは怖い奴、アイリーンをいじめる嫌な奴、最低の女だ。

俺はジュリアなんか好きじゃない。


   ◆◆◆


ネオブリーと俺が長時間の練習試合をして引き分けた後、力自慢のジェレミーとジュリア・ハーリオンが対戦することになった。

嫌な予感が俺の頭を支配する。具体的に何が嫌なのか分からない。

ジェレミーの攻撃は全く当たらず、ジュリアが素早く避ける。しばらくして、重い一撃を脚に食らったジュリアが崩れ落ち、勝負はあったと俺は思った。

しかし、ジェレミーは倒れたジュリア目がけて剣を振るった。

――やめろ!

俺は無意識に傍らの剣を掴んでいた。

客席の階段を駆け下りて、練習場の中央へ飛び出したが、ジェレミーの剣がジュリアの肩を容赦なく打ち据えた。

ジュリアの頭ががくんと揺れ、砂地の上に銀色の髪が広がる。

先生がジェレミーの腕を掴み引き離し、厳しく叱る傍らで、俺は倒れたジュリアを見下ろしていた。

――どうして、駆け寄った?

自分が無我夢中でここへ降りてきた理由が分からない。

「アレックス!」

少し遅れてレナード・ネオブリーが俺を呼んだ。

「早く、ジュリアちゃんを医務室へ!」

ジュリアの背中と脚に手を回し、ネオブリーが抱き上げようとした。

「……俺が行く」

彼を押しやってジュリアを抱き上げた。

自分が何をしているのか分からない。ただ、ネオブリーに運ばせたくなかった。

ジュリアには俺に近づくなと言っておきながら、気絶した彼女を運んでいる。

嫌な女なのに。

大事なアイリーンをいじめる、悪い奴なのに。

「アレックス、ちゃんと仲直りしろよ!」

練習場を出る俺の背中に、責めるようなネオブリーの声が聞こえた。


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