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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 2 生徒会入りを阻止せよ!
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44 悪役令嬢は涙に濡れる

「僕といる時は、僕のことだけ考えて」

吐息交じりの囁きが耳朶をくすぐると身体の芯が痺れた。マリナの身体を押さえているセドリックの腕が熱い。本当に熱があるのだ。

「……お願い、だからっ……」

熱い唇が頬を掠める。腕に力を込めて上半身を起こす。

マリナの顔にぽたりと雫が落ちてきた。海の色の瞳から涙が零れている。

「夢を……見たんだ」

荒い息遣いの中、ゆっくりと話し始めた。

泣くほどに彼を追い詰めてしまったのだ。自分の存在がセドリックにとってどれだけ大きいのか。

「白い……光が満ちた部屋で、僕は君と笑っていた。君が別れを告げて……消えてしまった」

「私は、消えません」

「そうだね。……君が消えて、辺りが暗闇になって、僕は手探りで歩いて……」

ははっ、とセドリックが自嘲した。涙は次から次へと落ちた。

「……ずっと、君を探していたんだ。僕の傍にもういないのに……」

「悪い夢、ですわ。私はここに……」

ドサリ、とセドリックがマリナの左側に倒れた。濡れた睫毛が煌めく。

「……どちらが、夢なのかな」

「え?」

「僕の隣に君がいる……こっちが夢、なの?」

熱い掌がマリナの手を包む。

「手を、繋いでいて……」

もう一方の手をセドリックの手に重ねると、彼は一瞬目を見開き、一つ息を吐いて悲しげに微笑んだ。以前のような明るい笑顔は、二度と見られないのかもしれない。

ベッドの上に寝転がり、向かい合って手を握り合ったまま、マリナはセドリックが眠りに落ちるまで見つめていた。


   ◆◆◆


ボスッ。

身体が柔らかい何かに包まれる。

「わっ」

エミリーが小さく声を上げた。

起き上がって周りを見れば、質素な家具と乱雑に積み上げられた魔法書が目につく。

「……ここは」

自分が落ちたベッドにも既視感があるが、隣の男に一応訊ねてみる。

「俺の部屋だ」

マシューは低い声でぶっきらぼうに言う。

「教官室に行くんじゃないんですか」

「気が変わった」

「お説教なら、場所を移らなくたって……」

「どこであいつが聞いているか分からないだろうが」

あいつ、とは。

十中八九アイリーン・シェリンズのことだろう。

「随分追われてるんですね」

「教官室に魔法で罠を仕掛けたくらいでは足りない。どこへ行ってもあいつの姿を見かけるんだ。俺を見つけると魅了の魔法をかけようと近づいてくるから、授業が終わるとすぐに帰宅するようにしている」

「大変ですねえ……」

――アイリーンも必死ね。他の三人をオトす前に、マシューを確実に仕留めておきたいんだわ。

エミリーの想定の範囲内である。ロボットのように平坦に相槌を打った。

「真面目に聞いているのか」

「聞いてますよ」

「……キースと何をしていた?……ああ、敬語は使うな」

敬語を使われるとエミリーの魔力の艶が増し、肌がくすぐったくなるらしい。つくづく変な体質だと思う。

「何って……」

キースに魔法を使わせて、剣技科の三年男子を魅了していましたなんて言えない。

「三年の生徒から、キースの魔法の気配を感じた」

――うっ。気づかれてる?仕方ない。

「アイリーンは、魅了の魔法で男子生徒を魅了して、選挙に勝とうとしている……」

「生徒会役員選挙のためか。アイリーンに魅了される前に、キースに魅了させようと?」

「その通り」

アメジストの瞳を細めて、エミリーが微かに微笑んだ。

「私は光魔法が使えない。キースは魅了の魔法を使えるようだから」

「……魔法には魔法で対抗か」

「選挙の投票日までの間よ。効果は自然消滅するし、特定の候補に有利にならない」

「ふう……」

マシューは眉間に指先を当てて俯いた。

「お願い。見逃して!」

「……やるならバレないようにしろ」

「やった!」

無表情のままエミリーはガッツポーズをした。

「失敗して校内が混乱したら、すぐに無効化するからな。いいな」

保険も完璧だ。いい知らせをすぐにキースに伝えたい。

エミリーが転移魔法を発動させ身体が白く光る。

「転移魔法を使った反省を聞いていないぞ!」

マシューが言うより早く、エミリーは部屋から消えていた。


   ◆◆◆


「どおりゃああ!」

ジェレミーの重量級の剣が空を斬る。大きな剣はまるで棍棒のようだ。練習用の剣はあまり切れないように刃を潰してあるとはいえ、当たっただけでかなりの怪我をしそうだった。

ジュリアは剣を避けて練習場内を走り回っていた。以前の戦いのように、こちらから攻めていく元気が出ない。それでも観客として二人を見つめる同級生の目には、ジェレミーの攻撃は全く見当違いの方向に繰り出されているように見える。

「はっ……」

ジャンプして避けると足元の地面に太い剣が突き刺さる。

「手も足も出ねえか。はははは」

――こいつ。足ばかり狙ってきてる!

ジュリアの剣は力では男子に勝てない。誰よりも素早く動き回り、相手の死角から繰り出す攻撃が得意だ。執拗に足を狙われては攻撃に移る暇がない。

ドゴッ。

「くっ……」

足のすぐ傍に剣が振り下ろされる。もう少しで当たりそうだ。

「どうした?ほら、一人で頑張ってみろよ。ヴィルソードは助けに来ないぜ」

――アレックス……!

今朝の冷たい眼差しが脳裏を掠める。

「もらった!」

ゴッ……

鈍い音がして、ジェレミーの一撃がジュリアの右足に当たった。

「あっ」

ふらつき倒れたジュリアの左肩に容赦なく再び剣が振り下ろされる。強い衝撃に視界が歪み、ジュリアは意識を手放した。


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