13 悪役令嬢は天才少年と密会する
「ありがとうございました。レイモンド様」
借りた本を手に、アリッサはもじもじと礼を言った。二階の閲覧室は二人を除いて誰もいない。密室ではないにしろ緊張する。
「不正を正しただけだ。それに、泣いている君を放ってはおけなかった」
深い緑色の瞳が優しくアリッサを見つめた。
ドキン、と大きく鼓動がした。
何これ、見つめ合ってる?恋の予感じゃない?
レイモンドが自分を気にかけてくれていると知り、アリッサの心が浮き立つ。
「君が図書館に来ない日は本当につまらない。会う約束をしたわけでもないのに、会えるような気がしてここに来てしまうんだ」
子供のレイモンドはアリッサより二歳上なだけあって、頭一つ分以上大きい。だが、所詮十二歳の子供である。会いたかったと囁かれても、恋愛的な意味は含まれていないと思いたい。何度も会っている顔なじみの子供が来なくて寂しかっただけだと。
でも……。どこか熱を帯びているような彼の視線に期待してしまう。
「私も、お会いしたかったです」
アリッサは本音を口にした。前世でレイモンド相手にトチ狂っていただけはある。
ゲームに出てくるような大人の色気を醸し出した彼でなくとも、実物を目にして抱きついてしまいたい衝動に駆られている。
ああ、レイ様素敵!少年なのになんて素敵なの!
何度も心の中で叫ぶ。身体年齢の十歳に引きずられ、精神年齢アラサーのアリッサは、レイモンドにときめきを感じていた。
レイモンドは頬を染めるアリッサの顔を覗き込み、小さく笑うと満足げに頷いた。
「君と本の内容について議論すると、いつも知識の深さに驚かされる。異なる視点から捉えていて、一人で読んでいる時より考えさせられるんだ」
レイモンドに間接的に褒められて、アリッサは天にも昇る心地だった。うれしい、もっと褒められたい。こうなったら図書館の本を読破してやる!
意気込んで鼻息が荒くなり、慌てて本で隠す。
「私もです。分からない時は教えてくださって……」
と誤魔化すように笑顔を作れば、レイモンドの瞳が妖しく光った。鼻の穴が開いていたのを見逃してくれなかったのかとアリッサは軽く絶望した。
「何でも教えてあげるよ、アリッサ。寧ろ、君に教えるのは僕以外にいてほしくない」
銀髪を一房掬い取ると、レイモンドは恭しく口づけた。アリッサが呆気にとられてぼんやり眺めていると、頭の横の髪の毛がくしゃりと掴まれ、顎を上に向けさせされる。レイモンド少年の顔が近づき、アリッサの唇に啄むようなキスが落とされた。
◆◆◆
夕食が終わり、早速今日借りてきた本を読もうと、アリッサは自室に引き上げた。自室と言っても姉妹四人で使っている部屋なのだから、他の三人も一緒である。
「ねえ、マリナ」
「なあに?」
「今日のお父様、変じゃなかった?何かあったのかな」
ジュリアが使用人の有無を確認しながら、小声でマリナに問う。マリナは口元に拳を当てて考え込む仕草をし、夕食での父の振る舞いを思い返す。
「そうねえ……ジュリアにアレックスと仲良くしているかって聞いていたわね」
「うん。いつも気にしたことないじゃん。まあ、今日はさ、アレックスん家から馬車が来て、私一人で行くことになったから、心配してくれたんだろうけど」
「この前も、そのまた前も、一人で行ったじゃない」
エミリーが疲れた体をベッドに投げ出し、仰向けで視線だけ姉達に向け呟く。
「そうなんだ。いきなり気にしだしたっていうかさ。おかしくない?」
「ジュリアがお父様に両刀疑惑なんかかけるからでしょう」
「アレックスの前で男でいるようにって、マリナが言い出したんじゃないか」
「アレックスと言えば……お父様は、私達にも彼をどう思うか聞いていたわ」
「私、ああいうの、パス。興味ない」
「エミリーの好みは分かっているわ。……騎士団長様から≪私達の誰か≫と婚約の打診でもあったのかしら」
三人が話している間、アリッサは傍らの机で夢中になって本を読んでいた。
「ねえ、アリッサ」
「……」
「アリッサ!聞いてるの?」
「……え?ごめん、聞いてなかった」
「お父様と出かけた時、何かあったの?白状しなさい!」
椅子に座ったまま振り向いたアリッサを腰に手を当てて上から見下ろすマリナは、お母様そっくりで悪役令嬢そのものであった。