37 悪役令嬢の作戦会議 5(前)
「ハリーお兄様を呼び出したのは、アイリーンだったのね」
ベッドに座ったアリッサが、ノートにメモを取りながら尋ねた。
「最後に魔法使ってさ。光がぱあっとなったんだよ」
「転移魔法だと思うのよね。エミリーがよく使っているもの」
「アレックスにくっつかなくたっていいじゃんね?」
ジュリアが口を尖らせた。
「そうよね。なんたってジュリアの彼なんだもの」
「えっ?」
「!」
アリッサとエミリーが驚いてジュリアを見た。
「今のどういうこと、マリナ」
「ジュリアちゃん、アレックス君に告白したの?」
コホン。
ジュリアは一つ咳払いをし、ベッドの上に立ち上がって
「私、ジュリア・ハーリオンは、本日恋人ができました!」
と姉妹に向かって宣言した。
「おめでとうジュリアちゃん!」
「よかったわね、ジュリア」
「男友達から恋人にか……」
喜ぶマリナとアリッサの隣で、アレックスをからかうネタがなくなったエミリーは残念そうな顔をしている。
「どっちから切り出したの?教えて」
「何となく流れで、かな?アレックスが……その……」
柄にもなくもじもじしている。アリッサは姉を肘で押して続きを言わせようとしたが、ジュリアの方が頑丈なので押し戻されている。
「私の話は以上。あ、そだ」
「他に何かあるの?」
「選挙に立候補したよ。会計に」
「えっ?ジュリアが?」
「誰か推薦するのかと思ってた……そっか、マックス先輩が言ってた会計の立候補者ってジュリアちゃんだったのね」
「他に誰かいた?」
「書記に立候補したのは、エミリーのお友達のキース君だけよ。会計は二人って言っていたから、ジュリアちゃんと……」
「アイリーン……」
エミリーが低く呟く。
「校内で攻略対象でもない男子に、アイリーンが魅了の魔法を使っているのは、どう考えても選挙の得票を狙ってる」
「魅了の魔法について、マシュー先生に何か聞けた?」
マシューの名を聞き、エミリーの動きが止まった。
「エミリーちゃん?」
アリッサがエミリーの目の前で手を振る。
「これはマシュー絡みで何かあったと見たね」
ジュリアがふふんと笑う。エミリーの前に進み出て
「洗いざらい白状しな!」
と意気込んだ。
「……詰んだ、かも……」
「はあ?」
「まさか、魔王へまっしぐらじゃないでしょうね?マシューはアイリーンの手に堕ちてしまったの?」
「違う」
「アイリーンと軽く喧嘩みたいになって、私がマシューを好きだと誤解された」
「誰に?」
「アイリーンと、マシューに」
「うーん?エミリーちゃんは、マシュー先生が好きなんじゃないの?」
「私もそう思ってた」
「私も」
「ちょっと、皆、何言って……」
エミリーの頬が僅かに紅潮した。姉妹でなければ分からない程度だ。
「ほら、エミリーがマシューの話をするときさ、ちょっと嬉しそうだよね」
「うんうん、分かる」
「眠そうな目がキラキラしてて、ああ、恋してるなあって感じ?」
「やめてよ!事実を捏造しないで!あんな根暗の覗き魔、冗談じゃないわよ!」
「こうやって感情をあらわにするのも、マシュー先生に関してくらいよね」
「王宮の地下牢の時も、ねえ?」
「私のマシューに手を出すな!みたいな?ヒュー、やるう」
「言ってないし!そもそもジュリアはそこにいなかったでしょ!」
殆ど話さないエミリーが早口で捲し立て、ゼエゼエと息をしている。
「仮、にっ、私が、……私がマシューに恋してるように見えても、それは魔法のせいだからね」
「魔法のせい?」
「魅了の魔法について書かれた本は、禁書だから三冊しか残っていない。一冊はマシューの実家のコーノック家、二冊目は魔導士団長の家、つまりキースの実家と、三冊目は王立図書館で厳重保管しているの。キースが私に魅了の魔法をかけたらしいが効かなかった。私は誰かに魅了の魔法をかけられているみたい」
「エミリーちゃんの方が魔法が上手だからかからないの?」
「魅了の魔法は、一人の術者が複数にかけることはできても、一人が複数の術者からかけられることはない」
「じゃあさ、アイリーンに魅了される前に、魅了しちゃえばいいんじゃない?エミリーが魅了してさ、私に投票して頂戴ってお願いするのは?」
「嫌。実力で頑張れ」
「ケチ」
「私達も応援するわ、ジュリアちゃん。普通科は二年生に王太子殿下とマクシミリアン先輩、三年にレイ様とお兄様もいるし、応援してもらえると思うの。ね、マリナちゃん?」
「……どうかしら」
セドリックの名前を聞いて、今度はマリナが石になった。考える人のポーズのまま、ぴくりとも動かない。
「何があった?」
エミリーがマリナの顔を覗き込んだ。
「……今日の手紙の件をお兄様に聞きに行った時、抱きしめられて……」
「いつも通りでしょ。ハリー兄様はマリナ大好きだもん」
「……それを、セドリック様に見られたみたいなの」
「修羅場?」
「本当に殿下だった?」
「背格好と金髪で、多分そう」
「お昼のこともあるし、あの殿下でも落ち込んじゃうわ」
アリッサが眉を顰めた。マリナがハロルドに手を掴まれて退出した後の状況を思い出し、セドリックの心中を察した。
「お昼のことって?」
「今日のお昼に食堂で、五人で昼食を食べることになったの。殿下とマリナちゃん、レイ様、私。そして何故かハリーお兄様が一緒だったの」
「修羅場の前の修羅場……」
「殿下にお兄様が怒って、マリナちゃんを連れ出しちゃって」
「なかなかやるな、兄様。単なる家庭内ストーカーじゃなかったってことか」
「口を慎みなさい、ジュリア。お兄様がアレなのは置いておいて、この頃セドリック様は強引なところが目立っていて……正直、私も戸惑っていたの。お昼にも、何年か経てば私の夜着姿を毎日見られると、お兄様の神経を逆なでするようなことをおっしゃって」
「流石変態王太子だな」
いくら見た目が美しくても中身が残念すぎると、エミリーは吐き捨てるように言った。




