36 悪役令嬢と急ごしらえの用心棒
「出かけるの?マリナ。もうすぐ夕食だよ」
食事の前にパンケーキを頬張りながら、ジュリアは姉を止めた。
「ええ、ちょっとね」
足首を捻挫したアリッサが寮に戻ると、マリナとジュリアが部屋におり、エミリーはベッドで爆睡していた。
「暗くなってるし、出かけるのは危ないよ?」
リリーに足を冷やしてもらいながら、アリッサが首を傾げた。
「どうしても行くなら、納得のいく説明をしてもらうよ」
「……分かったわ」
マリナはハロルドに手紙が来たこと、手紙には今日の夜に中庭の四阿へ来るよう指示があったことを伝えた。
「マリナちゃんのふりをして、お兄様を呼び出す……」
「ハリー兄様がマリナを好きだって知ってるんじゃない?バラされたら大変だよ」
「そうね。手紙の主がどの程度知っているか確認したいし、何より、誰が出したのか知りたいの」
「ヒロインじゃないの?」
「私も一瞬そう思ったわ。でも、ヒロインがお兄様を騙しても、自分の味方に引き入れられないでしょう?狙いはお兄様ではなくて、私なのよ、きっと」
うーん、とジュリアが唸る。アリッサは椅子から立ち上がり、リリーに肩を貸してもらいよろよろと自分のベッドに移る。
「ねえ、ジュリアちゃんと一緒に行きなよ」
「私?」
「相手がマリナちゃんを狙っているなら、丸腰とは限らないでしょう?」
「そっか。マリナは魔法は多少使えても、物理攻撃には弱いもんね。よし、私が一緒に行くよ」
ジュリアが胸を叩いた。
「ジュリアを危ない目に遭わせたくないわ」
「私だって同じだよ。相手が分からないんだから、一人より二人でしょ」
「ありがとう、ジュリア」
「私やエミリーちゃんも行ければよかったけど……」
制服姿で寝ているエミリーを横目で見て、アリッサは首を振った。
「揺すっても起きないの」
女子寮を出たジュリアが、あ、と言って立ち止まった。
「ね、マリナ。そこの外灯のとこでちょっとだけ待ってて」
マリナがうんと言わない間に走り去り、少し離れたところにある男子寮へ向かった。
◆◆◆
食堂へ向かうアレックスの赤い髪を見つけ、レイモンドは声をかけた。
「おい、お前。壁を壊す気か」
アレックスは先ほどから何度も壁にぶつかっては、にへらっと笑っているようだった。
「はっ、レイモンドさん!すみません!」
「にやにやして、気持ち悪い奴だな。……いいことでもあったのか」
「うっ」
アレックスが唇を噛んで真っ赤になった。
「図星だな。お前は感情が顔に出やすい。駆け引きもできないようでは、政治家としてやっていけないぞ」
「いいんです。俺は騎士になるので、政治家にはなりません」
「ああ、騎士だったな。ジュリアと一緒に」
レイモンドはちらりとアレックスを見る。見事に視線が泳いでいる。
「今日は、殿下は?」
「熱を出して部屋で寝ている。外に長いこといたからな」
「そうですか。心配ですね……」
二人が食堂前まで歩いていくと、寮の職員に呼び止められた。
「アレキサンダー・ヴィルソード様。お客様がいらしてます」
「俺に?」
レイモンドに会釈してアレックスは客間へ向かった。来客は皆この部屋に通される。家族や使用人以外は個人の部屋へ入ることができない。
「失礼しま……うわ!」
ドアを開けるなり目の前に銀色の髪が広がった。胸に衝撃を感じ、アレックスは呻いた。
「ジュリア?」
「アレックス、お願い。一緒に来て!」
部屋からアレックスを押し出すようにして、ジュリアは彼の手を引いて寮の入口へ向かう。食堂へ向かう生徒が二人を見て、「アレックスの彼女だ」「美人だよな」などと言っているが、ジュリアには聞こえなかった。
「おい、何だよ、説明しろよ」
「お願い!アレックスが必要なの!」
ジュリアが叫んだ声が玄関ホールに響く。歩いていた生徒達が一斉に二人を見た。
「ば、馬鹿、ここでそんなこと……」
「一緒に来て!」
真っ赤になっているアレックスを渾身の力で引っ張り、ジュリアは男子寮から出た。
◆◆◆
「思ったより早かったのね、ジュリア」
外灯の下でマリナは微笑んだ。妹の隣に立つ少年に
「巻き込んでしまって申し訳ないわ」
と言い、軽く頭を下げた。
「俺、巻き込まれるのか?」
「まあ、ジュリア。あなた彼に何も言ってないの?」
「うん。一緒に行けば何とかなるって思って。途中で話せばいいし」
戸惑いを隠せないアレックスを連れ、マリナとジュリアは中庭を進む。
「手紙を出したのはマリナじゃなくて、別の奴ってこと?」
「そうよ。お兄様や私達に危害を加える可能性があるわ。戦闘になったらお兄様は逃げられないから、今晩は絶対に来ないように言ってあるの」
「マリナが一人で行こうとしてたから、用心棒で私がついてきたんだ。一人じゃ不安だからアレックスも誘おうと思って」
「誘われてねーし。無理やり引っ張ってきただろ」
「そう言わないで。私は校舎以外でアレックスに会えて嬉しいよ?」
「……俺、も……嬉しい」
二人の間の甘い空気を感じて、マリナが数歩先に出て歩いた。
「急ぐわよ」
◆◆◆
三人が指定された四阿に着くと、予想通りの人物が椅子に座っていた。
「遅かったわね、ハーリオンさん」
ピンク色の髪を左右に結ったアイリーンは、マリナ達を見て悠然と微笑んだ。
「お兄様に、手紙を出したのはあなたね」
厳しく見つめるマリナの視線をものともせず、アイリーンは首を傾げた。
「さあ、何のことかしら?」
「とぼけないで!私の名前で手紙を」
「知らないわ」
「じゃあ、なんでここにいるの?」
ジュリアが加勢した。
「手紙ではここで待ち合わせだったんだ。ここにいるのが何よりの証拠じゃないか」
「私が他の誰かを待っているとは考えないの?偶然居合わせた人間を犯人扱いするなんて、ひどいわ、私、泣いちゃう!」
毒婦のようだったアイリーンがいきなり泣き出した。
「嘘泣きするな!」
「ジュリアさんが怒鳴った!怖い!」
アイリーンは瞬時にアレックスに詰め寄り、鍛えられた胸を一度、トンと押した。
「何だぁ?……うわっ!」
白い光が辺りを包み、三人が目を開けた時にはアイリーンの姿はなかった。




