表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 2 生徒会入りを阻止せよ!
156/616

30 悪役令嬢はヒロインに喧嘩を売られる

食事を終えたアリッサを教室まで送りながら、レイモンドは終始にやにやしていた。

「楽しそうですね、レイ様」

下から覗き込むと、眼鏡の奥の緑色の瞳が細められる。

「今日の昼食は久々に面白かったな」

「面白い?」

――よくわからないわ。マリナちゃんはあんなに真っ青になってたのに。

「ハリーお兄様を昼食に誘ったのは、レイ様なのですか?」

「あいつの方から一緒に昼食を取ろうと誘ってきたんだ。セドリックが入学する前は、いつも二人で食べていたからな。たまにはいいかと思って」

レイモンドの気まぐれで、胃が痛くなるような展開が生まれたのだ。アリッサはマリナに申し訳ない気持ちだった。

「セドリックには言っていないが、ハロルドはマリナをとても心配していたんだ。無理に付き合わされているんじゃないかって。昨日の一件もあったからな」

公衆の面前でマリナがセドリックにキスされたと知り、ハロルドが心穏やかでいられるはずはない。何らかのアクションを起こすだろうとは予測していたものの、直接王太子と口論するとは思ってもみなかった。

「誰もセドリックを止める人間がいなかったんだ。ハロルドがマリナを連れ出したことで、あいつも今までの自分を見直すだろう」

「そうでしょうか」

「ん?」

「私は、王太子殿下が意地になって、マリナちゃんを自分のものにしようとするような気が……嫌な予感がしてたまらないんです」

「俺も気をつける。アリッサもなるべくマリナについているんだ。セドリックにもマリナにも不名誉な事態だけは避けなければな」

「はい!頑張ります!」

決意に満ちた目でレイモンドを見ると、彼は少しだけ笑った。


   ◆◆◆


「これといったことは……」

エミリーはぼそぼそと歯切れ悪く答えた。魅了の魔法の話をしたなんて言えるわけはない。王太子ら他の攻略対象者は、三人の姉達が婚約者や婚約者もどきになっていて完全にフリーではないため、アイリーンはライバルがいないマシューを先にオトそうとしている。接点を持ちやすい担当教官で、教官室に引き籠りの彼は居場所も分かりやすい。ゲーム攻略には都合がよかったのだが、現実にはアイリーンに付け入る隙を与えてしまっている。

マシューが担当している生徒はアイリーンとエミリーの二人だけで、エミリーを邪魔に思うアイリーンは、マシューのいないところで毎日のようにエミリーに難癖をつけてくる。これではどちらが悪役令嬢か分からない。

「ふうん。どうせ、マシュー先生を脅かして、誑かして、試験の点数に色をつけてもらおうってところでしょ。あなた、この間の測定テストを受けていないのよね?私の次だったから」

ピキ。

エミリーのこめかみに青筋が浮き出た。

――誰が誑かすだって?誑かしてんのはお・ま・え・だ・ろ!

テストを受けていないのは、アイリーンが装置を壊したからであって……ああ、反論するのも面倒くさい。いろいろあったし、午後の授業をサボって寮に帰って寝たい。

「(昼寝する)時間がないからお先に失礼。ごきげんよう」

令嬢らしくスマートに挨拶するも、アイリーンにローブを掴まれる。

「話は終わってないわよ」

「……」

――なんだ、しつこいな、このスッポン女。

「あなた、回復魔法が使えないんですって?」

「ハイ」

「光魔法属性が壊滅だって聞いたわ」

「ハイ」

お前は光魔法以外壊滅だけどな、と心の中で付け加える。

――うんざり。

これからお決まりの魔力自慢が始まるのだろう。返事するのも面倒だ。とりあえずハイハイ言っておけばいいか。エミリーは心底面倒になって、アイリーンの話に適当に相槌を打つことに決めた。

「私なら、教室中の皆を一瞬で回復できるわよ」

「ハイ」

私なら、教室中の皆を一瞬で殲滅できる……おっと。

「私ほどの魔力の持ち主は他にいないと思わない?」

「ハイ」

「ああ、マシュー先生は別よ?」

「ハイ」

「マシュー先生は魔力が高いから、きっと長命なんでしょうね」

「ハイ」

「私も魔力が高いからきっと長命ね」

「ハイ」

こいつ長生きするのか、やだなー。死ぬまで何回顔を合わせるんだか……。

「マシュー先生はずっと独身でいるつもりかしら」

「ハイ」

「私くらいの魔力があれば、妻に望まれるかもしれないわ、ふふ」

「ハイ」

「だから、練習時間にあなたがいるのは邪魔なの」

「ハイ」

「次から欠席してもらえる?あ、もしかしてあなた……」

「ハイ」

「マシュー先生が好きなの?」

「ハイ」

「ええっ、ちょっと、それは困るわ。全力でつぶすわよ」

「ハイ……ん?」

何が困るんだ?とエミリーは思った。直前の会話が思い出せない。ゲームならログ機能で読み返せるのに。現実の会話をスキップするからこうなってしまった。失敗だ。

「あの、何で、つぶされなきゃならないんですかね」

「当たり前でしょ!恋のライバルは早々につぶさないと。明日から本気出していくわよ」

「恋って、……はあ!?」

「見てなさい、エミリー・ハーリオン。マシュー先生のハートを奪うのは私よ!」

高らかに宣言したアイリーンは、ピンク色の髪を靡かせて校舎の方向へ走って行った。


「教官室に用事があったんじゃないのか?」

エミリーが振り向くと、先ほどまで部屋の中にいたはずのマシューが戸口に立っており、口元を押えながらエミリーをちらちら見ている。普段から顔色の悪い彼が、心なしか頬が赤いのが気になる。

「帰ったから、たいした用事じゃなかったんでしょうね」

アイリーンの後姿を遠くに見て、エミリーはふう、と息を吐いた。疲れた。光魔法がどうとか言ってた気がするけど、それがどうして恋だのなんだのって話になったんだっけ?

「……エミリー」

「……」

「エミリー!」

少し大きい声で呼びかけられ、肩を掴まれて、エミリーは我に返った。

「ひっ、あ、すみません」

肩を掴むマシューの手のひらが熱い。無意識に魔力が漏れているようだ。エミリーにはマシューの魔力の波動は心地よく感じられるが、問題はそこではなかった。

「本当なのか?……さっき言っていたことは」

風が吹いて髪が流され、マシューの赤い瞳がエミリーを射抜いた。


   ◆◆◆


「ジュリア……俺、やっぱ、無理!」

アレックスがペンと紙を放り投げた。

床にコロコロと転がったペンをレナードが拾い上げる。

「忍耐力が足りないぞ、アレックス。……喝!」

真面目な顔でアレックスの額にチョップをするジュリアだったが、手元にある紙には三行しか書かれていない。

「人のこと言えないでしょ、ジュリアちゃんも。どれどれ……私が生徒会会計に立候補しました剣技科一年のジュリア・ハーリオンです……って、これしか書いてないの!?」

レナードが「マジか!」と絶叫しながら髪を掻き毟る。

「何書けばいいの?趣味とか特技?どっちも剣なんだけど」

「俺も」

「アレックスもかー。気が合うね、私達!」

「お、おう……」

楽しそうに微笑むジュリアと、前の席に後ろ向きに座って向かい合っているアレックスが、剣の話で脱線しそうになり、レナードが慌てて話を戻した。

「剣技科の生徒の大半はそうだろうね。で?もっと他に書くことあるでしょ?」


ジュリア達三人は、昼休みと五、六時間目の座学の授業中にこっそり演説文を考え、放課後にまとめようと約束していた。が、もとより文章力のないジュリアとアレックスには、いい演説文が思い浮かぶはずもなく、頼みの綱のレナードも六行しか書けていない。皆似たり寄ったりだ。

「どうせ原稿を作ったって、ジュリアはそのまま読まないんだろ?」

「原稿から目が離せないのはカッコ悪いもん」

「じゃあ、要点だけ書いておくのはどうかな。まず、自己紹介。次に、選挙に出た理由……」

「さっすがレナード、頭いいね!」

「演説は剣技科から始めるんだろ?うちのクラスはいつでもできるから、二年と三年の教室に行って、明日の休み時間に演説させてもらえないか頼んでくるよ」

机に手をついて勢いよく立ち上がり、レナードは教室を出て行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ