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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 2 生徒会入りを阻止せよ!
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28 悪役令嬢は禁書を読む

「実技の時間だからと言って、好き勝手に魔法を使っていいわけではない。分かるよな?」

マシューの教官室に連行されたエミリーは、向かい合って椅子に座らされていた。気絶したキースはマシューが医務室へ転移魔法で送った。

「分かりました」

「怪しいものだな。お前は普段から魔法に頼りすぎだ。少しは……」

しばらく説教されていたエミリーのアメジストの瞳から涙が零れ、マシューはぎょっとして言葉を失った。

「……私がキースに、魅了されてるとか言うんだもの。恥ずかしいことを大声でっ……」

「……そうか」

学院に入るまで人前にほとんど出たことがなかったエミリーにとっては、クラスメイトが大勢いる中で恋愛絡みの話をされるのは耐え難かった。

「俺はよく聞こえなかったが、お前はキースに惚れ、いや、魅了されたのか?」

「私、魅了なんか、されて、な……」

「あいつが本気で魔法をかければ、お前だって魅了されるはずだろ」

「キースは魔法が下手だもの」

「転移魔法とは質が違う。……一つの可能性として言うが」

「はい」

「お前、誰か他の奴に魅了されているのか?」

――えっ???

「魅了の魔法は、重ねてかけられないんだ。キースの魔法が完璧だったとしても、誰かに魅了されているお前には、魔法がかからない」

知らないうちに誰かに魅了されているなどと、マシューは随分怖いことを言う。魔法が発動していれば、エミリーならにおいで気づくのだ。

「魔力はにおいで分かります。無意識に魅了されるなんて、あり得ません」

「うーん……」

マシューは室内の壁一面に並ぶ魔導書の背表紙を眺めた。そして、指を鳴らすと棚から一冊の本が光に包まれて飛び出してきた。

「それは?」

「魅了の魔法とそれに類する魔法について書かれた本だ。およそ二百年前に出版禁止になった禁書だ。……危険すぎるからな」

「市販されていないのですね」

「ああ。アイリーンがどうして魅了の魔法を知っているのか分からんが、この本は現在三冊しか現存しない。俺が持っているこれと、魔導士団長の家と、王立図書館にあるが、図書館でも立入制限区域内に厳重保管されている。キースは実家で本を読んだんだろう」

「はい。送ってもらったようです。先生はどうして持っているんですか」

「実家から持ってきたんだ。アイリーンが悪さをしていると気づいた時に」

コーノック家は魔導士の家系である。貴重な魔法書が家にたくさんあるのだろう。

「……ここだ」

魔法でページをパラパラと捲り、マシューはある文章を指し示した。

「魅了の魔法は一対一で発動する。つまり、既に誰かに魅了されていれば、魔法をかける隙はない。また、術者以外の者に惚れさせることはできない。つまり、お前が惚れている相手が、魅了の魔法をかけた術者だ」

――私が、惚れている、相手?

本の文字を追っていた目を、目の前の黒衣の魔導士に向けた。黒と赤の瞳がこちらを見つめている。

ドキリ。

一瞬心臓が跳ねた。

「……どうした?」

「いいえ。何でもありません」

魅了の魔法は光属性だ。アイリーンやキースは光属性の素質があるから、無理なく発動できるだろう。そして、目の前のマシューは全属性の魔法を操る。医務室の治癒魔導士ロンが酷評するほど、光魔法ができないようには見えない。

――まさか……。

「……先生は、魅了魔法が使えますか?」

「は、え?」

狼狽えて視線が泳いだ。背の高い身体が揺らぎ、後ろの机に手をついた。黒いアンティークの机がガタリと音を立てた。

――聞いちゃいけなかった?

「……すみません。忘れてください!」

小さく呟いて、顔を見られないように俯いたまま、エミリーは転移魔法を発動させた。

白い光が消えた後、マシューはベルベットの肌触りがする魔法の余韻を感じ、深く溜息をついた。


   ◆◆◆


「僕の夢だったんだ。学院の食堂で、マリナと一緒に昼食をとるのがね」

昨日から脳内お花畑全開のセドリックは、前菜を飲みこんでから、マリナを見つめてそう言った。レイモンドが確保したテラス席は、他のテラス席とは木の柵で仕切られ、数段高さが高い。言うなれば隔離された空間だった。給仕の数も多く、王族特別待遇が随所に感じられる。

「はあ……」

「寮は男女別れているからね、朝食と夕食は一緒に食べられないだろう?」

「……ええ」

何も考えずにひたすら手を動かし、マリナは次々とフォークで刺しては口に運んだ。食事は一流料理人の手によるもののはずなのに、全く味を感じない。

「食事の時はまだ制服に着替えていないんだよね。男子寮だと、殆ど起きたままの恰好で食べに来ている者もいるよ。寮にいる時の私服姿の君も見たいなあ……」

――起きたままの恰好の、私が見たいってこと?

一瞬動揺したマリナは、フォークで刺していたサラダを膝に落としてしまった。

「起きたままの恰好では、食事に行きませんので」

かろうじて言い切る。私服だの夜着だのの話になったら面倒だ。

「王太子殿下は、寝起きのマリナが見たいのですか」

――お兄様!いきなり、何を……。

「そうだよ。まあ、今すぐでなくても、何年か後には毎日見られるよね?」

――ひいいいい。セドリック様もこの場でその発言はないでしょ!

「マリナは人前に夜着で出るような、はしたないことはいたしませんよ」

ハロルドの静かな口調に怒気を感じる。マリナの味方ではあるようだ。大きめの切れ長の瞳が鋭い光を帯びて、マリナの向こうに座っているセドリックを睨む。

「家族の前でも?」

「同室の妹達はともかく、両親や私の前では服を着て……」

「へえ。ハロルドは見たことないの?僕は王宮で一度……あれは母上が選んだ夜着だったっけ?」

同意を求めてセドリックがマリナに視線を寄越した。頭の回線がショートして燃え尽きた状態のマリナは、表情を変えずに庭園を見つめている。

「何故、我が妹のそのような姿をご覧になられたのか」

「あれは、僕が隠し通路から部屋に……」

ハロルドの視線が一層鋭くなった。

「その時も、昨日の件も、殿下はマリナの同意を得ていないのでしょう?王族とはいえ、殿下のなさりようは目に余る!」

ダン!

掌でテーブルを叩き、静かに激怒したハロルドがマリナの腕を掴んだ。

――えっ!?

「……御前、失礼いたします。途中退席して申し訳ありません、レイモンド」

そのまま腕を引っ張ってマリナを席から立ち上がらせる。ハロルドに引きずられるようにしながらマリナは食堂を後にした。


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