26 悪役令嬢は決意表明をする
「お願い、アレックス!選挙に出てよ!」
「嫌だ、断る!」
頼む、と言いながらジュリアが土下座する。
アレックスは何をされているのか訳が分からず、ジュリアを引き上げて立たせる。
「いい加減にしろよ、ジュリア。しつこいぞ」
「しつこいと嫌われる?」
目を見つめて尋ねると、さっと視線を躱される。
「あ……う、そんな、ことはないけど……」
「じゃあいいや。ねえ、会計に立候補してよ」
制服の袖を掴んで揺する。やめろ、と言う割にはアレックスは本気で嫌がってはいない。
「そうそう、アレックスは会計になったほうがいいよ」
横からレナードが口を出す。
「お前が言うな」
「俺だってジュリアちゃんと練習したいし?」
「授業時間だけでいいだろ」
「どうして二人きりになろうとするのかなあ?アレックス」
「べ、別に、二人きりになろうってわけじゃ……練習場には他の生徒もいる」
二人が言いあいをしている間、ジュリアはアメジストの瞳を細めて考えた。
「レナードは、選挙に出る気ない?」
「ええええ?俺が?」
「それ、いいな。出ろよ」
「他の科や上級生にも知り合いが多いって言ってたでしょ。選挙は知名度が命だから、案外いけるんじゃない?」
「知り合いは確かにいるよ?でも、ジュリアちゃんやアレックスの知名度には敵わないよ。俺なんか、辞めた騎士団副団長の四男なんだよ。王太子殿下の側近間違いなしのアレックスや、剣技科一年ただ一人の女子で美人四つ子姉妹の一人のジュリアちゃんとは格が違うさ」
美人と言われてジュリアは悪い心地はしなかった。
「知名度か……なあ、ジュリア」
「ん?」
「お前さ、選挙に出る気ないか?」
アレックスの目は真剣そのものだった。
「はあ?私が?」
「役割が不安だったら、俺も雑用係で手伝うし。レイモンドさんにも雑用で使ってやるって言われてんだよ」
「生徒会なんてやったことないよ」
ジュリアは前世の自分を思い出した。部活に邁進して、生徒会とは無縁の学生生活だった気がする。マリナが生徒会長をしていたのとは対照的だ。
「当たり前だろ。学院に入ったばかりなんだから」
「ジュリアちゃんが選挙に出るなら、俺も応援するよ。他のクラスや先輩方にも、紹介してあげるし。ね、いいんじゃない?」
ジュリアは他の学年の知り合いが少ない。王太子とレイモンド以外はいないと言っていい。顔の広いレナードが選挙参謀についてくれるなら、それもいいかもしれない。
「ところでさ。どうしてそんなに、生徒会に誰かを入れようとするんだ?」
――ぎく。
アイリーンを入れたくないからに決まってるじゃん。
レナードはアイリーンと顔見知りだから、彼の前では不用意なことは言えない。アイリーンに伝わってしまうかもしれない。
「ちょっとね、やりたいことがあって」
――口から出まかせよ!
「やりたいこと?」
「文化祭でメイド執事喫茶をやりたいの」
「何だよ、それ?」
前世の高校生時代に、ジュリアのクラスではメイド執事喫茶をクラス展示にして好評を得ていた。男っぽかったジュリアは執事の服装だったのだが、可愛い女子はミニスカートの猫耳メイドになって、客が大勢押し寄せたのだ。
「えっとね、クラスの出し物としてやれればいいんだけど、うちは男ばっかりだから難しいと思って……全校から選抜で」
「選抜チームが何をするんだい?」
興味を持ったのか、レナードが猫目をキラキラさせて前のめりで話を聞こうとする。
「侍女と執事の服装で、お客様をおもてなしするの。喫茶だから、紅茶やケーキを出して」
「侍女?執事?……お前、ここが貴族ばっかりの学校だって分かってるのか?レイモンドさんみたいにプライドの高い人が執事の真似事なんかするかよ」
「ああー。ま、レイモンドは無理そうだね。……そうそう。メイド、侍女の服装はね、ここまでのスカートで、猫耳をつけて……」
自分のショートパンツの丈よりほんの少し下を手で示す。アレックスの顔色が変わった。
「だ、ダメだ!そんな服、ス、スカートが短すぎるじゃないか!」
「俺は大歓迎だけど?……ね、ジュリアちゃんも侍女になるの?俺、客として行っちゃおうかな」
「ジュリアは責任者なんだから接客なんかしない!な、そうだろ?」
「何でアレックスが勝手に決めてんのよ。その時の状況次第でしょ。忙しくなったら皆で出なきゃ」
「……じゃあ、俺も執事やる。で、お前が暴走しないか見張るからな」
「アレックスが執事?」
ジュリアの想像の翼が羽ばたいた。悪くはないが粗相をしそうだと思う。
「いいね。アレックスがいれば、三年のお姉様方が喜ぶと思うよ。純情そうなところが結構人気あるって聞いたぞ?嬉しいだろ」
「嬉しかねーよ。三年なんて知らないし」
「そうなの?初耳」
幼馴染がモテ路線だとは。攻略対象者だから当然と言えば当然だけど。
「黙れ、レナード。今は俺の話じゃなく、ジュリアが選挙に出る話だろ」
「ジュリアちゃん、立候補する?」
二人が同時にジュリアの顔を見た。
口から出まかせだったのに、話の流れで立候補しなければならなくなってしまった。しかも、このままでは文化祭でメイド執事喫茶をする羽目になりそうだ。メイド執事喫茶は直前で企画倒れになればやらなくても良いとして……問題は選挙だ。アイリーンを生徒会に入れないためには、他人を説得するより自分が立候補して席を奪う方が早い。
「……うん。立候補、することにしたよ。二人とも、応援よろしく!」
「よし!張り切って応援するぞ!……で、応援って何すればいいんだ?」
「うーん。応援演説?私の演説の原稿も作らないと。私、作文は苦手だからよろしくね」
「演説……」
同じく作文が苦手なアレックスが遠い目をした。




