24 ヒロインは友達づきあいを断られる
【アイリーン視点】
ハーリオン侯爵令嬢が四人もいたのには参ったけど、考えようによっては対策は立てやすいわ。攻略ルートのどこで現れるか心配しなくていいもの。
魔法科に入学して、マシューがいなくて失敗したなと思ったものの、エミリー・ハーリオンに教えるために戻ってきたらしいわ。ハーリオンのためってのが嫌だわ。
入学式で私に声をかけてきた三年生、金髪で青緑の目の美男子は、ハロルド・ハーリオンという名前で、四つ子の義理の兄なんだって。
ハーリオン家の弱みを握るには、是非ともこちら側に引き入れておきたい人物よね。
噂を調べたら、親を亡くして分家筋から養子に入ったらしいじゃない?
注意して見ていると、ハロルドはハーリオン姉妹を避けているようだった。同じ普通科の一年にマリナとアリッサの二人が在籍しているのだから、校舎も同じで出会う確率も高い。それなのにニアミスしても逃げるように二階にいなくなってしまう。
これは絶対、ハーリオン姉妹にいじめられているに違いないわ。
◆◆◆
三年生の教室から、図書室へ向かうハロルドを待ち伏せして、廊下の隅で話しかけた。
「こんにちは」
「……え?あ、こんにちは」
私の顔を忘れていたのか、ハロルドは驚いたように目を上げた。
脚が悪いらしく足元が気になるのだろう。視線は常に下向きだった。
「先日は困っているところを助けていただき、その節はありがとうございました」
「……あ、はい。どういたしまして。入学式の朝、お見かけした方ですよね」
「アイリーン・シェリンズ。魔法科の一年生です。ハロルド・ハーリオン先輩ですよね?噂に違わず、かっこいいなって思っちゃいました」
これくらいで動揺するなんて、ハロルドは褒められたことがないのね。
「えっと……はあ、それで、何か私に用ですか?」
「用、っていうか……お友達になれたらな、って思って」
最高の作り笑顔で上目づかいに見つめてみる。剣技科の男なんか、これで落ちない奴はいないのよ。
「……お断りします」
――は?
何か、聞き間違い、かしら?
「あの、先輩?私……」
「申し訳ありません、シェリンズさん。図書室で調べたいことがありますので、失礼いたします」
ハロルドは淡々と言い、廊下の壁を辿るようにしながら去って行った。
信じられない!
ハロルドの奴、少しくらい顔がいいからって!
私に友達になってと言われて断った男子はいないわ。馬車の事故にあったって聞いたけど、頭打っておかしくなったんじゃないの?
どんな手段を使ってでも、弱みを握ってでもこちらの駒にしたくなってきたわ。
◆◆◆
休み時間は必ず、普通科三年の教室の前で、中の様子を窺うことにした。
三年一組にはレイモンドもいるから、うまくいけば遭遇イベントも狙える。一石二鳥よね。
聞き耳を立てていると、どこからか王太子の噂を聞きつけてきた女子生徒が、レイモンドに話しているのが聞こえた。ちらりと様子を見る。
「何?セドリックの奴が、マリナを?」
「うん。さっき、廊下でキャーって悲鳴が上がってたのはそれね。二年一組の前で、殿下が婚約者のハーリオンさんにキスして、彼女は立てなくなっちゃったって話よ」
「何てことをしてくれたんだ、あいつは……」
レイモンドが頭を抱えていた。王太子がそこまで、婚約者のマリナ・ハーリオンを溺愛してるなんて、こっちも想定外で頭が痛いわ。
レイモンドの隣の席はハロルドのようね。女子生徒とレイモンドが話すのを無表情で聞いているようだけど……あら?
机の天板を掴むハロルドの指に、妙に力が入っているみたい。指先が白くなっているもの。
何かしら?
自分をいじめているハーリオン姉妹の話が嫌なの?
「……王太子殿下を諌めた方がいいと思いますよ」
ハロルドが口を開き、肘をついて溜息を零すレイモンドの肩を叩いた。
「それがいいだろうな。君も妹が噂になるのは耐えがたいだろう」
「ええ。他の方がおっしゃるように、マリナは人前でキスを強請るようなはしたないことは絶対にしませんから」
――ん?随分と義妹の肩を持つのね。
義妹達にいじめられてるんじゃなかったの?
「分かっている。君がいつも言うように、マリナは完璧な令嬢だからな。セドリックに非があるのは疑いようもない」
いつも言ってるの?完璧な令嬢だって?身内にしても、ちょっとほめすぎじゃない?
もしかして、これは……?
疑惑を確証に変えるために、わざと乱れた文字で手紙を綴り、普通科の一年生に頼んでハロルドに渡してもらった。
手紙の差出人の名は、マリナ・ハーリオン。
普段はどう呼んでいるか知らないけど、≪親愛なるお兄様≫に相談がある、と。
王太子の暴挙に心が乱れて、文字もうまく書けませんって書いておけば、多少の筆跡の違いは誤魔化せるかしら。
他の三人やクラスメイトに知られたくないから、人目のあるところでは手紙の話をしないでください、他の人に知られてしまったらつらくて生きていけない、とでも釘を刺しておいて。
とどめは夕食の時間帯に中庭の四阿に来てください。
――これでいいわね。
三年生なら知っているはずよ、夜の中庭の意味を。




