19 悪役令嬢は恋人繋ぎをする
独身寮の一つから出てきたのだろう。マシューは黒いローブの下にシャツを着崩しており、ただならぬ色気を発している。突然のことに驚き身動きできないエミリーの傍らに膝をつき、気遣うような視線を送ってくる。
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
マシューの手がエミリーの銀髪を撫でた。生徒に対して馴れ馴れしすぎると思う。
「……そうか。ならいい」
憮然としてキースを見た。木の傍に倒れたままだ。
「あいつにはもう一撃くれてやるか」
――私が襲われていると思ったのかしら?
「やめてください。彼は友達なんです」
「友達?お前を押し倒すような奴がか。……二人の時は俺に敬語を使うな。このへんが痒くなる」
――痒くなるって……。もう少し言い方があるでしょうに。
「キースは転移魔法が下手なの。私の上に転移したのも、もう三度目。怒るのも面倒」
「三度目……」
マシューの目が眇められ、左手に闇色の魔法球がゆらゆらと浮かび上がった。
「やめて。本当に」
「……分かった。ところで、お前はどうしてここに」
「あなたを探しに来たのよ。魔法実技の授業なのに帰ったから」
気怠そうに息を吐き、マシューは呟いた。
「あの女に会いたくなくてな」
「誰のこと?」
少なくとも自分ではないようだ。こうやって普通に話しているのだから。
「分かっているだろう?ピンクの髪の奴だ。学院内で俺を見かける度に、魅了の魔法を使ってくる」
「魅了の魔法!?」
「相手の深層意識に働きかける危険な光魔法だ。何度もかけられると精神が崩壊する」
――マシューの精神が崩壊したら、魔王エンドまっしぐらじゃない!
「崩壊したらダメ……」
危険なのは分かるが、どうやって防げるのだろう。
「俺は問題ない。毎回無効化しているからな。他の生徒はどうか分からない」
「生徒にもかけている?」
アイリーンはマシューだけではなく、他の攻略対象者にも魅了の魔法をかけているのだろうか。セドリックとレイモンドは魔法がそれなりに使えるし、発動を感知して対策も取れるだろう。だが、アレックスは魔法が使えない。格好の餌食ではないか。
「校内でも何人か、あいつの魔法の気配を漂わせている男子生徒を見たぞ。目がヘンな奴には近づくな。いいな」
「怖い。何が目的?」
「さあな。俺は関係ない」
「受け持ちの生徒なのに?」
マシューが「げ」と言って固まった。
「光属性とあと二つかそこいらしか持っていないのに、何で俺が担当に……」
「彼女の暴走を止めたから」
「そこか……」
がくり。
「何が悲しくて、危険人物に一対一で魔法を教えなければならないのか……」
その場に頽れたマシューの前に膝を揃えてしゃがみこみ、顔を覗き込む。
「私も」
はっ、と顔を上げる。
「私の担当も、よ。五属性の私に教えるために呼ばれたんでしょ」
「あ、ああ、そうだったな!」
死人のようだったマシューの顔色が元に戻った。少し赤みが差している。
「改めて、よろしくお願いします。……と、昨日はありがとうございました」
人形のように整った顔に微かに笑みを浮かべ、エミリーは倒れているキースの方へと駆け出した。
◆◆◆
「次は移動教室だね。一緒に行こうか、ジュリアちゃん」
後ろからレナードに声をかけられる。
「練習場だっけ。……おーい、アレックス」
窓際の一番前の席に座っていたアレックスがこちらを振り返る。席を立ってジュリア達の方へ歩いてきた。
「練習場まで一緒に行こうよ」
「ああ。……で?そいつも一緒か?」
レナードを一瞥して、アレックスの視線が厳しくなった。
「そいつって……俺の扱いひどくない?」
侍女のエレノアからレナードの兄達の様子を聞き、アレックスは彼らの弟に対する目が変わってしまった。レナードも軽薄な自己中心的な男だと決めつけている。人物評価があながち間違ってもいないところがミソである。
「いいじゃん、皆で行こうよ」
ジュリアが立ち上がり、教室のドアへと歩き出した時だった。
「おー、侯爵家のお嬢さんが男二人を侍らしてるぜ」
――何?
キッ、と声の主を見る。
「一人じゃ満足できねえんだろう?二人がかりじゃねえと悦ばねえのか」
ジェレミーがにやにやしながら三人を交互に見ていた。
「何言ってるの?」
――嫌な言い方!首をしめてやろうか?
初めての練習試合の後も、ジェレミーは相変わらずジュリア達に突っかかってくる。唯一の女子であるジュリアも、騎士団長の息子のアレックスも、ジェレミーにとっては気に入らないらしい。レナードに至っては彼の眼中にないらしく、冷やかしはおろか声もかけない。
「二度と口がきけないようにしてやってもいいわよ?」
殴りかかろうとする腕を両脇に立つ二人に押さえられる。
「……やめろ、ジュリア。あんな奴相手にするな」
「手を出したら負けだ、ジュリアちゃん」
「だって……悔しいっ」
「次の練習試合でぶちのめしてやればいいさ。行こう、遅くなるぞ」
アレックスにおとなしく手を引かれ、ジュリアは渋々教室を後にした。
廊下を少し進んだところで、ジュリアは見覚えのある生徒とすれ違った。
――何で、剣技科の校舎にいるの?
ピンク色の髪をふわふわ揺らしたアイリーンが、ジュリア達の一年剣技科の教室に入っていく。
「今の子、魔法科だね」
アレックスに女たらし認定されたレナードが早速チェックする。ちょっぴり可愛い女子とみればいつもこうなのだ。
――うちのクラスに何するつもり?追いかけなきゃ!
追いかけようとするも、アレックスが指を絡めて手を繋いでいて戻れない。がくんと腕を引かれてしまう。
――って、このつなぎ方、何?
ジェレミーに対する怒りで気にしていなかったが、これって……。
「ちょっと、アレックス」
「ん?」
「手……恋人繋ぎになってんだけど」
「えっ!?」
アレックスの顔色が変わった。
「こ、こいび……」
――あ、恋人繋ぎって知らないんだ。
「恋人繋ぎっていうのはね、こうして指と指が絡まってさ」
繋いだ手を二人の前に持ってきて説明する。アレックスの骨っぽい指が見える。
「がっちり繋いでるのを言うんだよ。分かった?」
「あ、ああ、うん」
挙動不審のアレックスは、ジュリアの顔を見ることができず、おろおろと視線を彷徨わせている。
「あ、あの、さ……」
「何?」
「ジュリアは、その……嫌じゃないのか?俺と、こっ、恋人繋ぎするのは」
「嫌じゃない」
どうしてそんなこと聞くの?と言わんばかりの即答に、アレックスはさらに挙動不審になり、練習場に着くまで三度壁にぶつかった。




