14 少年剣士は友情に惑う
【アレックス視点】
「アレックスも話に加わったら?」
騒がしい剣技科の教室は、休み時間には魔法科の女子の話題でもちきりだ。エミリーのスカートから見える脚の話で、何人かの生徒が盛り上がっている。
「いや。俺は別に……」
エミリーの脚には興味がない。本当だ。
「エミリーは脚綺麗だからねえ。ね、そう思うでしょ?」
いちいち見ていない。だって、ジュリアの脚が気になって仕方がないのだから。
「俺に聞くなよ。お前だって脚出てるだろうが」
腿の途中までの長さのズボン、膝上までのソックス。脚は隠れているようでいて、白い腿は結構見えている。普通の令嬢ならばドレスの中に隠れている部分なのだ。
「私は動きやすいからこれでいいの」
お前はよくても。
「俺はよくない」
「何で?」
他の奴らにお前が値踏みされてるのを知らないだろう?
エミリーの脚の話をしている奴らは、ジュリアがいないところでジュリアの脚の話をしている。
「なあなあ、俺も話に混ぜてよ」
俺の肩を叩いて、レナード・ネオブリーが声をかけてきた。
「……誰?」
ジュリアは全く覚えていないらしい。自己紹介の時、半分寝てたもんな。入学式の前の日は興奮して寝られなかったって言う割に、マリナからはジュリアが寝坊したって聞いたけど。
「誰ってひどいなー、ジュリアちゃん」
ジュリア、ちゃん?
ジュリアにちゃんをつけて呼べるのは、妹のアリッサだけだろ?何でお前が呼ぶんだよ!
レナードの兄達は騎士団に所属していて、うちにも出入りしていたらしい。エレノアの話題になって話が変な方向へ行ってしまった。
「まあまあアレックス。エレノアがモテてるのは前からじゃない。ここはひとつ、共通の話題が見つかったってことで、レナードと仲良くしようよ」
バシッ。
「何か納得いかない……」
エレノアに手を出そうとしているのも問題だが、ジュリアに馴れ馴れしいのが気になる。
「いやあ、流石ジュリアちゃんだねえ。話が分かる。エレノアっていうんだ、そのコ」
「レナードは年上が好きなの?」
「んー、どっちでもいいかな。年上は年上でオトし甲斐があるっていうか」
こいつ、恋愛をゲームだと思っている奴だな。
騎士になんかなったら、片っ端から若い女に声をかけて遊び歩くタイプだ。
「うちの侍女をオトそうとするなよ」
俺はエレノアを姉のような存在だと思っている。いい加減な奴に捕まって泣かされる姿を見たくない。
「じゃあ、ジュリアちゃんでいいや」
「私!?」
「はあっ!?」
どうしてそうなる?
ジュリアに目をつけるなよ!にやにやしているのも気に食わないな。
「君達婚約してないんでしょ?ジュリアちゃんの隣はまだ空席ってことだもんね」
ああそうだよ。婚約者じゃなくて親友だよ、悪いか?
セドリック殿下の誕生会や、その後の舞踏会では何度か一緒に踊ってはいるが、告白したことも覚えていないジュリアは俺を親友だと思っている。
何と言っても上げ足を取られそうだ。俺は俯いた。
と。
急に腕が引かれた。
「悪いけど、婚約者の席はもう埋まってるの。諦めてもらえる?」
――え?
埋まってる、って俺の腕を引いたよな?
婚約者の席にいるのは、俺なのか?
俺は驚いてジュリアを見た。俺の腕に腕を絡ませて、レナードに何か言っている。
話の内容が耳に入らない。
俺はジュリアが怯むことなくはきはきと話す姿を横から見ていた。
銀色の睫毛、アメジストの瞳、化粧をしていないのに赤い唇。男だと思っていた彼女が女だと分かってから、この二年でジュリアの女らしさが増しているような気がする。
ジュリアの手をいつまでも握っているレナードを睨み、俺は自分の席に着いた。
◆◆◆
練習試合で実力を見ると、ロディアス先生は言った。父上も先生に学んだことがあると言っていた。素晴らしい先生だと。
力で押してくるジェレミーを躱し、そろそろ終わろうかと思い、試合を終えた。早くに決着をつけられたが、視界の隅にジュリアが応援してくれているのが見えて、もっと応援してほしいと思った。
「わざと負けてくれと言われちゃ、負けてやるしかねえよな」
ジェレミーがありもしないことを言い出した。昨日の入学式から、今朝もそうだが、こいつと親しく話した覚えはない。
「待ってください!」
良く通る声がし、ジュリアが壁を乗り越えて闘技場の中へ入ってきた。
俺の無実を証明しようと、懸命に先生に訴えている。
――嬉しい。
ジェレミーへの怒りが吹き飛んだ。俺を信用してかばってくれるジュリアが愛しい。
――愛しい?何だ、この気持ちは。
「どうも俺に叩き潰されてえみたいだな?ああ?」
口喧嘩で勝てないと思ったのか、ジェレミーはジュリアの服を掴んだ。
「やめろ!」
太い腕を払い落とすと、ジェレミーは軽く俺を睨んだ。
――ジュリアに手を上げるな。次にやったら……。
自分が貶められた時には感じなかった殺意が湧いた。
◆◆◆
「エレノアは、騎士のネオブリーと知り合いなのか?」
寮の自室に戻り、俺はさりげなく聞いてみた。
「知り合い、ですか?」
エレノアは顎に指先を当て、少し考えるようなそぶりをしてから、水溜りに嵌ったときのような嫌そうな顔をした。
「存じておりますよ。三兄弟とも明るめの茶色い髪、青い瞳の騎士の方で」
「多分それだ。その三人の騎士の弟が、俺の同級生なんだ」
「そうですか。お兄様方は揃いも揃って軽薄ですから、感化されていないといいですけど」
「エレノアは言い寄られたのか?」
一度持ち上げたティーポットをテーブルに置き、エレノアは溜息をついた。
「言い寄る?……なんて簡単に片づけられるレベルではございません」
「な、そんな……一体何をされたんだ?」
「アレックス様はなさったことがないような手口ですとしか申し上げられません」
手口?
犯罪のようなものだったのか?
犯罪でなくても、俺は誰かに言い寄るなんてしたことはないが。
「犯罪、なのか……?」
俺は表情を失くした。
身近な、姉のような侍女が、同級生の兄に……。考えたくない。
「ええ。邪魔だったら、邪魔だったら、ありませんわよ!」
紅茶をカップに注ぎいれ、エレノアは俺の前に置く。
「お部屋の掃除をしている時も、厨房から旦那様の軽食を運んできた時も、奥様のお部屋から洗濯物を運んできた時も、とーにーかーく付きまとってくるんですのよ」
「え……」
「仕事の邪魔なんです。ずーっと傍でへらへら笑いながら、自分の手柄の話をしたり、筋肉自慢をしたり」
「筋肉自慢……」
それは父上の影響だろうな。
「私には効果がございませんでしたけれどね。私は騎士には興味がありませんので」
そう言って美しい侍女は笑った。
「じゃあ、エレノアはどんな人が好きなの?レナードが……あ、同じクラスの奴がネオブリーの四男で、レナードって言うんだけど。年上も好きだって」
「年下は無理です」
「む、無理……」
思わず顔が引きつった。
「どんな感じの人が好みなの?」
「従者のアリステアさんですね」
「えっ……」
本日何度目かの驚きが襲う。
アリステアって、数字に弱い父上の代わりに経理を任されている男じゃないか。確か、三十歳は越えていたような気がする。エレノアは二十歳にもなっていないのだから、随分年上が好きなんだな。
……ああ、そうか。アリステアは鍛えてもいるが細身で、筋肉自慢をするようなタイプじゃないし、使用人達の話をよく聞いて的確な答えをくれると聞いた。
「ネオブリー家の弟さんなら、お兄様方と同じような方なのでしょう?アレックス様の友情に水を差すようで申し訳ございませんが、私をその方に紹介なさったりしないでくださいませね」
エレノアにはっきりと釘を刺され、俺は苦笑いを浮かべて頷いた。




