11 悪役令嬢の作戦会議 2
足元が覚束ないエミリーに肩を貸し、ジュリアは寮の自室へと戻った。
「どうなさったのですか、エミリー様」
侍女のリリーが駆け寄り、身体を支えてベッドへと連れて行く。
「魔力……急に使ったから」
ドサリとマットレスに倒れこみ、銀髪がうねってシーツに広がる。
「ダメ……眠い……」
エミリーは目を閉じて動かなくなった。
「ジュリア様、エミリー様に何があったのです?」
「うーん。魔法事故?魔力測定で暴走したコがいてさ、その魔法から皆を守ったら魔力を使い果たしたって聞いたけど」
魔導士のロンから聞いた話をそのまま伝える。
「まあ……」
「別にさ、魔法科の生徒なんだから、皆だって自分で結界くらい張れそうなもんだよね。それでも自分が守らなきゃって思うあたり、こう見えて意外と情に厚いというか」
ジュリアはまるで人形のように眠るエミリーの前髪を撫でた。
「厄介な性格してるよね」
隣でリリーがふふっと笑う。
「何よ?」
「いえ、ジュリア様がそうおっしゃるなんて、と思いまして」
「えー?」
「身体を張って皆を守ろうとするのは、ジュリア様とそっくりですわね」
「そっかなー」
結い上げていた髪を解き、ジュリアは頭を掻いた。
◆◆◆
夕食の時間になっても、エミリーは目覚める気配がなかったが、三人が寮の食堂へ行き戻ってくると、ベッドに座ってぼんやりしていた。飾り気のない黒いネグリジェを着ているところを見れば、リリーが制服を着替えさせたのだろう。
「起きたのね、エミリーちゃん」
「死んだように寝てるから、明日まで起きないかと思った」
「少しは回復したようでよかったわ」
アリッサとジュリアが両隣に腰かけ、マリナが正面に立ち、腰を屈めて顔を覗き込んだ。
「顔色もまあまあね。でも、念のため、明日は休んだら?」
「……嫌」
何でも隙あらばサボりたいぐうたらな妹の口から、はっきりと拒否の言葉が聞こえ、姉三人は耳を疑った。
「マジ?」
「エミリーちゃんが、学校を欠席しないなんて」
「あなたの体力を考えて言ったのよ?まだふらふらするんでしょう?」
エミリーがこくりと頷く。運び込まれた時より青白くはないが、それでも顔色は健康そうに見えない。
「……マシューが」
「え?」
「マシューが、学院に戻った……礼を言いたい」
「学院を辞めたマシューが、魔法科に来たのね?」
ネグリジェの袖を掴み、マリナははっきりと問いかける。
深く頷くと、エミリーが話を続けた。
「倒れた私を医務室へ連れてきたと、ロン先生が言ってた。入学試験で私が五属性だって気づいた魔法科の先生達が学院長に頼んで、王の赦しを得て廃魔の腕輪が外されたって」
「じゃあ、私が見た黒い化け物は、マシューの……」
「黒い化け物?」
「うん。剣技科の練習場からも、空に駆け上る黒い化け物……何だろう、あれ、魔力が形になったものだったのかな。見えたんだよ、バーンて。すっごいでっかいの」
ジュリアがその後も興奮気味に力説するが、何分擬音ばかりで要領を得ない。
「……アイリーンが」
「ヒロインがどうしたの?」
「魔力測定器に力を注いで、……注いだふりだったのか。光魔法で私を……」
「何だって?」
「ヒロインが攻撃してきたのね」
「怖いよぉ……」
「大蛇が襲ってきて、避けきれなかった」
「ああ、もう!」
ジュリアが立ち上がって沈み込んでいたベッドが戻り、エミリーがアリッサの側へ倒れた。
「許せない、あのピンク女!今すぐぶった切って……」
「ダメよ、ジュリア!」
マリナの厳しい声が響いた。
「こちらから手を出してはいけないわ。忘れたの?私達は悪役令嬢なの。ヒロインに手を出したら思うつぼ、ゲームの物語通りになってしまうのよ」
「だって……黙っていられないよ」
ジュリアは地団駄を踏む。
「落ち着いてジュリアちゃん。私だって、エミリーちゃんに危害を加えるのを黙って見ているなんてできないよ?でもね、私達が何かしたら、悪意がある噂が広まっちゃうよ」
「噂?」
「ええ。ジュリアは知らないかもしれないけれど、普通科の、私達の隣のクラスでは、ハーリオン家の四姉妹を悪く言う人達がいるみたいなの」
「フローラちゃんが教えてくれたのよ。マリナちゃんが王太子殿下に気に入られてるのも、レイ様が私と仲良くするのも、気に入らないんだわ、きっと」
「普通科怖いなー。女が多いとこうなるのか」
両腕で自分を抱きしめ、ジュリアが身震いした。
「ジュリアとエミリーも気をつけるのよ。私達が毎朝、あの四人と一緒に登校するのも良く思われていないから」
「そうなの?」
ジュリアがきょとんとした顔でマリナを見る。
「……向こうが、勝手に来たのに」
エミリーが眉間に皺を寄せた。
「だからね、ジュリア。あなたは復讐をしないこと。それと、エミリー」
「ん」
「アイリーンを見張ってって言ったけれど、危険だと感じたら逃げるのよ」
一瞬妹から視線を外し、マリナは頷いた。
「どうしてもって時は、マシューを頼ればいいわ。あ、今日からはマシュー先生、よね」
◆◆◆
入浴を済ませ、三人はそれぞれネグリジェやパジャマに着替えた。パジャマを着ているのは寝相が悪いジュリアだけである。リリーがマリナの長い銀髪を三つ編みにし片側に垂らした。アリッサは器用に自分で三つ編みをしている。
「昨日は入学式、今日は魔法事故かあ」
「生徒会に誘われた、ってのもあったよね」
「そうだったわ。明日から放課後は生徒会室へ行かないとね」
「……マシューが戻った」
「うん。攻略対象者が揃っちゃったよねー。恐るべし、ゲームの強制力?ってか」
「本当ね。ヒロインが魔法科だったこともあるし、逆ハーレムを狙っている可能性が高いわ。気が抜けないったら」
「……マリナ」
エミリーがベッドから立ち上がり、マリナの横へ歩いてきた。
「……ここ、どうしたの?」
「え?」
「赤くなってる」
「なになにー?」
ジュリアが後ろから覗き込んだ。
「首のとこ、ほら」
白い首筋に、鬱血したような痕が残っている。
ジュリアに続いて覗き込んだアリッサが、きゃ、と小さく叫んで口を覆った。
「どしたの、アリッサ?」
不自然な妹の反応にジュリアが首を傾げる。
「あの、ね……マリナちゃん、今日は殿下にお会いした?」
「朝ご一緒したじゃない」
「うん。その後だけど……その、二人きりで」
「登校の後はお会いしていないけれど……」
じゃあ誰が、とアリッサは小さく呟き、決心したようにマリナを見つめた。
「首のそれ、キスマークに見えるよ」
「な」
マリナが真っ赤になって首を手のひらで隠し、ジュリアが驚きのあまりベッドに倒れた。
「王太子以外の男に、つけられた?」
エミリーがにやり、と笑った。
「やるな、マリナ」
「やるなじゃない!エミリー!アリッサも何言い出すのよ」
「身に覚えがないの?マリナ。……んー、マリナにキスマークつけそうなのって、殿下か……あとは」
はっと目を見開き、ジュリアがマリナの肩に掴みかかった。
「まさか、ハリー兄様!?」
マリナは視線を逸らし、両手で赤くなった顔を覆うと、
「図書室で、お会いしたわ」
と呻くように言った。
息の根を止められそうだったとは、妹達には言わないでおこうと、苦しそうな彼の表情を思い出しながら。




