05 悪役令嬢は友達を作る
剣技科の教室は、非常に男臭い空間である。
今年の新入生で女子はジュリアだけで、他に女子生徒は二年に三人、三年に二人いるものの接点はない。よって、剣技科の男子生徒は、遠慮なく教室で猥談をしているのである。
「アレックスも話に加わったら?」
「いや。俺は別に……」
エミリーの短いスカートの話題で盛り上がれるなんて、幸せな連中だなとジュリアは思う。
「エミリーは脚綺麗だからねえ。ね、そう思うでしょ?」
「俺に聞くなよ。お前だって脚出てるだろうが」
――言いながらちらちら見るな。
「私は動きやすいからこれでいいの」
「俺はよくない」
「何で?」
ジュリアが首を傾げて顔を覗き込んだところで、アレックスの肩が叩かれた。
「なあなあ、俺も話に混ぜてよ」
緩く波打つ肩までの茶色い髪の生徒が、見つめ合うジュリアとアレックスの間に顔を割り込ませてくる。明るい青の猫目が細められ、口の端が吊り上がる。
「……誰?」
「誰ってひどいなー、ジュリアちゃん」
ぞわわわわ。
いきなりちゃん付けで呼ばれ、ジュリアの全身に鳥肌が立った。
「昨日自己紹介したよね」
「そうだっけ?」
「全員順番にしただろ。ジュリアはボケっとしてたけどな」
「うん。ごめん、全然覚えてなかった」
「ひでーの。……ま、いいや。今日から覚えてよ。俺、君の後ろの席だから」
「後ろの奴の名前を忘れてたのかよ……」
アレックスが呆れた。ちなみにジュリアの前の席はアレックスである。隣の席の生徒はいかつい男だった気がするが、いかついタイプは数多くおり、こちらも名前が定かではない。
「俺はレナード。レナード・ネオブリー。男爵家だけど、四男だからさ。自力で何とかしないと食っていけないってわけ」
「ネオブリー?」
物覚えの悪いアレックスが名前に食いついた。
「知ってるの?」
「騎士団の前の副団長がネオブリーって」
「あ、それ、うちの父さんだから。ドラゴン討伐で怪我して騎士団を辞めたんだよ」
「そっか。大変だったな……」
ドラゴン退治の際、指揮を執ったのはおそらく自分の父だと考えたアレックスは、かける言葉が見つからないようだった。
「ま、うちは兄貴達もいるしね。食うには困らなかったよ」
「レナードにはお兄さんいるの?」
「三人とも騎士だよ。そうそう、アレックスん家の侍女がめちゃくちゃ可愛いって本当?」
「いきなり何だよ」
「兄貴達が話してた。こんくらいの長さの金髪で、青い目の。俺らより四つか五つくらい上?もう結婚したの?」
「それってエレノアのことじゃない?」
ヴィルソード侯爵家のデキる侍女の一人に成長したエレノアは、アレックスの入学に当たり侯爵家から学院へ連れて来られていた。
「だろうな。うちには他に若い侍女はいないから」
「親切に見えて、一線は越えさせないって」
「何の一線だよ!うちの侍女に何を」
「まあまあアレックス。エレノアがモテてるのは前からじゃない。ここはひとつ、共通の話題が見つかったってことで、レナードと仲良くしようよ」
ジュリアが満面の笑みで二人の背中を叩いた。
「何か納得いかない……」
「いやあ、流石ジュリアちゃんだねえ。話が分かる。エレノアっていうんだ、そのコ」
「レナードは年上が好きなの?」
「んー、どっちでもいいかな。年上は年上でオトし甲斐があるっていうか」
「うちの侍女をオトそうとするなよ」
眉間に皺を寄せ、アレックスはレナードを見る。
「じゃあ、ジュリアちゃんでいいや」
「私!?」
「はあっ!?」
二人が同時に叫んだ。魔法科女子の話題をしていた生徒達が一瞬こちらを見る。気まずい。
机の上で腕組みをし、顔を乗せたレナードは、悪戯そうな猫目を細めて笑った。
「君達婚約してないんでしょ?ジュリアちゃんの隣はまだ空席ってことだもんね」
ジュリアはちらりとアレックスを見る。下を見て、何も言えないでいるようだ。
「悪いけど、婚約者の席はもう埋まってるの。諦めてもらえる?」
真っ直ぐにレナードを見つめ、ジュリアはアレックスの腕を引っ張った。
「!」
目を見開いたアレックスは、一瞬びくりと身体を震わせたが、有無を言わせぬジュリアの態度に反論もしなかった。
「友達の席なら年中募集してるよ。入学したばかりでまだ友達がいないんだよね。私と友達になってくれる?」
アレックスの腕に腕を絡ませながら、頬杖をつくレナードに笑いかける。
「……ふぅん」
猫目が眇められ、また開かれる。
「いいよ。俺も友達作ろうと思ってたし」
「ありがとう、レナード!これからよろしくね」
絡ませていた腕を放し、レナードの手を取ってぶんぶんと握手をする。
「こちらこそ」
強く握り返され、手を離してもらえない。
――あれ?
戸惑っていると指が絡められる。指の間をレナードの指の腹が撫でていく。
「今日はペアで練習試合があるんだってね。俺と組もう」
ぞわわわわ。
ジュリアは何故か再び鳥肌が立った。
◆◆◆
剣技科の練習場は、円形の闘技場のような造りになっており、周囲に階段式の観客席がある。練習試合は二人ずつ中央で戦うもので、他の生徒は二人の戦う様子を見学する授業であった。
実戦演習担当のロディアス先生は、元騎士団所属の自称現役騎士で白髪の老人である。ハゲ疑惑が取り沙汰されている学院長の先輩だというのだから、おそらくかなりの年齢である。
「次、アレックス・ヴィルソードとジェレミー・デイガー。中に入りなさい」
アレックスが軽く肩を回し、首を左右に振る。準備運動は先ほどしたばかりだ。
「じゃ、いっちょ行くか」
「アレックス、頑張れ!」
「うん」
「あれ、そこで激励のキスとかないの?」
「!」
レナードがにやにやしながら、真っ赤になったアレックスを見ている。試合前に何てことを言うのだ。
「ないの。変なこと言わないでよ、レナード」
「残念。せめてほっぺたとかさ」
「くどい。ほら、アレックス」
椅子に置いていた練習用の剣を取り手渡す。
「頑張れ」
「おう」
拳と拳と突き合わせると、アレックスは歯を見せてニッと笑った。




