95 悪役令嬢は制服を自慢する
冬生まれの王太子の誕生会から一年と半年以上が経ち、ハーリオン家でもいよいよ四つ子姉妹が王立学院へ入学するとあって、使用人達は大忙しだった。
「制服が仕上がったってよ!」
早朝に剣の自主練習を行った後、姉妹の部屋に駆け込んできたジュリアが、エミリーを揺すりながら叫んだ。
「……煩い」
「ほら、アリッサも」
「ううーん……」
夜遅くまでレイモンドに熱烈な長文の手紙を書いていたアリッサは起きない。
「マリナは起きてる?一緒に見に行こう」
既に支度を整えたマリナは首を傾げた。
「見る、って、採寸の時に見本を確認したでしょう?」
「あれは標準仕様。マリナが採寸した後で、私とアリッサはデザインを変えて……」
「制服を改造したの?」
「改造って、特攻服とかじゃないよ。私のは上着丈を少し詰めて、チェックのスカートと同じ生地でショートパンツを作ってもらったんだ」
「いいのかしら」
「皆やってるって言うじゃん。いーの、いーの」
「上級生に目をつけられても知らないわよ」
「スカートで剣の練習はできないもん。パンツ見えたら困るし」
「脚はどうするの?令嬢が脚を出すなんて」
「ニーハイソックスも作ってもらった。黒のね。完璧でしょ」
歯を見せてにやりと笑う。ジュリアが楽しそうなので、マリナはそれ以上咎める気はなかった。
◆◆◆
「あら、なかなかいいじゃない?」
娘達がオーダーした制服を見て、ハーリオン侯爵夫人は目を細めた。
「お姉さまたち、かっこいい……」
弟のクリスが目をきらきらさせて四人を見ている。
「マリナは標準服なのね」
「そうよ。改造なんて知らなかったもの」
マリナの制服は、普通科指定の深緑色のブレザーに、膝下まであるチェックのプリーツスカートだ。中に着ている丸襟のブラウスに、これまた標準の学年色である赤のロープタイをつけている。
「本当にあなたは真面目よねえ……」
自分でさえ少し着崩していたなと侯爵夫人は思い返す。
「お母様、私のはどう?」
ジュリアは腰に手をあて、コンパニオンのようにポーズをとる。
「ジュリアちゃんモデルみたい」
「へへ、いいでしょ?」
マリナのブレザーが腰を覆うのに対し、ジュリアはウエストまでの丈である。剣技科指定の茶色いブレザーを短くし、中には白いワイシャツを着て、首には男子のネクタイを巻いている。自慢のショートパンツは男子のズボンを短く加工したものだ。
「男の子みたいねえ……」
侯爵夫人が眉をひそめた。
「それに比べて、アリッサは……」
アリッサの制服は、普通科指定のマリナのものとよく似ているが、ブレザーの裾から見えるフリルは中のブラウスのものらしい。手首からもフリルが見えている。襟元は小さめの丸襟ブラウスの縁にやはりフリルをつけてあり、リボンは幅広でロープタイではない。スカートも布は同じだが、二段のフリルのフレアスカートである。
「だって、この服可愛くなかったんだもの」
「制服だから仕方ないのよ。……エミリーも、諦めなさい」
「嫌」
「どう見てもこれは……」
三人の姉が絶句したのも無理はない。肌の露出を嫌うエミリーは、ブレザーを詰襟に、スカートを足首までの長さにしている。昭和の不良のようだ。
「色は、魔法科の黒なんだね」
「合ってるから問題ない」
「これは私も容認できないわね。エミリーの分は急いで作り直させます。いいわね?」
娘達の意見を聞かないまま、侯爵夫人は着替えさせるように侍女に指示を出した。
◆◆◆
エミリーの制服が仕上がったのは、学院への入寮前夜のことだった。
「絶対、無理っ!」
普通に戻されたブレザーと膝上十五センチまで短くなったスカートを見て、エミリーが絶叫し、学院に行かないとまで言い出した。
「どうしてこんなに短くなってるの?」
「元のスカートから短くしてもらったつもりが、標準の丈からそれくらい詰めるって曲がって伝わったらしいわ」
「足首から三十センチ短く、が標準から三十センチ短くになったのね」
「私のニーハイ貸すからさ、時間もないしこれで行くしかないよ」
「無理。絶対無理」
「エミリーちゃんは脚が綺麗だもの。大丈夫よ」
「自信をもって、エミリー」
姉達が口々に励ますも、嫌々と首を振るばかりである。
「スカートは科で色が異なるのよね。私やアリッサのを貸すわけにいかないもの」
「私のショーパン貸す?」
「もっと脚見える。嫌」
不貞腐れたエミリーが転移魔法で自室のベッドへと消え、三人と侯爵夫人は就寝の挨拶をして部屋に戻った。
◆◆◆
翌日。両親と弟に見送られ、姉妹は学院へと旅立つことになった。
「お父様、お母様、クリス。三年間頑張って勉強してくるわね」
「お姉様達のこと忘れるなよ、クリス」
「忘れないよ!」
ジュリアがクリスの銀髪をくしゃりと撫でる。
先に馬車に乗りこんでいたアリッサとエミリーが席を詰め、四人が同じ馬車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃい。身体に気を付けてね」
「嫌になったらすぐ帰ってきていいからな!」
「あなたったら」
「本当は行かせたくないんだよ」
ドアが閉められ、馬が嘶いて走り出すと、ハーリオン侯爵はとうとう声を上げて泣き出した。




