93-2 悪役令嬢は薬指に約束される(裏)
【セドリック視点】
王太子が十五歳になると、記念してパーティーが開かれる。
国中の貴族達に、僕が正式な王の後継者として、成人した王族として認められる場だ。王太子は必ず、未来の王太子妃をエスコートして会場に現れ、衆目を集めながらダンスを踊ることになっている。ダンスは僕も得意だし、マリナも得意だと言っていた。皆が憧れるような素敵なダンスを踊れると思う。
パーティーの前に、母上が開く茶会がある。
王妃主催で、王太子と同年代の貴族子女が集められる。かつてはこの場で王太子妃を選んだらしいが、この百年以上は前もって候補を決めて発表するだけになっている。父上には複数の候補を選ぶように言われている。三人なら三人が、皆≪候補≫なのだと。
僕は≪候補≫など要らないと思っていた。
マリナは候補ではない。絶対的な王太子妃だ。唯一の僕の婚約者として発表する。
彼女がどう思おうと構わない。皆に知らしめたいのだ。
――彼女は僕のものだ、と。
心を誰に捧げていようが、すぐに奪い返してみせる。有無を言わさず、侯爵令嬢の彼女を妻に望んで許されるのは、僕だけなのだから。
◆◆◆
「どこに行っていたんだい?マリナ」
僕の企みに気が付いて、逃げてしまったのかと思っていたよ。
「エミリーを探しに」
「王太子殿下、お二人を見つけたのはこの私でございます」
ん?誰だっけ?さっき訓練場に来た魔導士か。
「そうか。ご苦労だったな。……さあ、マリナ、皆が待っているよ」
手を差し出すと、マリナの白い手が乗せられる。小さく震えた指が緊張を伝えている。アメジストの瞳を見つめて頷くと、彼女は少し安心したように見えた。
――さあ、舞台の幕が開いた。
「皆、聞いてくれ」
腹筋に力を入れて声をかける。堂々としてさえいれば、何とかなるものだ。
「既に聞き及んでいるとは思うが……私は彼女、マリナ・ハーリオンを王太子妃にする」
言い切った。
何人かが「候補って言わなかったぞ」と囁いている。
そうだ。マリナは候補などではない。妃になる。僕が決めたんだ。
マリナが驚いてこちらを見ている。……言い回しの妙に気づいたらしい。
少し怒った顔も綺麗だ。
「候補、が抜けておりましてよ、殿下?」
マリナは笑顔を作って僕の耳に囁いた。声に怒気が含まれている。
「候補も何も、初めから君に決まっているだろう?」
君一人をお披露目する会なのだから。
◆◆◆
茶会がお開きになった後、僕は母上の部屋に呼び出された。社交に疲れた母上は、長椅子に身体を預けて侍女に脚を揉ませていた。
「失礼します」
あられもなく脚を出した姿を息子の僕に見られたら困るかもしれないと思い、一応声をかけてみる。
「あら、早かったのね。てっきり着替えてくるのかと思ったのに」
「母上のお呼びでしたから」
侍女を一度下がらせ、ドレスの裾を直して椅子に座り、母上は僕に着席を促した。
「今日のことだけど」
ああ、やはりそうか。何か言われるだろうとは思っていたが。
「マリナちゃん以外の子を候補に指名しなかったわね」
淡々と強い口調で話しかけられる。
「はい。必要ありませんので」
「派閥から一人ずつは指名するものらしいわよ、普通はね」
「陛下の時は、中立派を筆頭に、保守派と革新派の貴族からも候補を選んだそうよ」
父上が選んだ中立派貴族の令嬢とは、ハーリオン侯爵夫人、つまりマリナの母上のことだ。ものすごく美しい方なのに、他に二人も選んだなんて。
「王太子妃選びはね、とても政治的な要素が強いの。誰が次代の王の外戚になるか、場合によっては国の在り方が真逆に変わることもあり得るわ。幸い、ハーリオン侯爵は中立派で、政治には口出ししない方だけれど、彼を蹴落とそうとする貴族がいないわけではないの。実家が没落して、後ろ盾がなくなっても、あなたはマリナちゃんを守れるの?」
母上の瞳は真剣だった。現王の唯一の妃として、母上自身も様々な嫌がらせに耐えてきたのだ。マリナを心配する気持ちも痛いほどわかる。
「……僕は」
侯爵家が没落しても、マリナを守れるかだって?
「僕は、マリナを守ります。実家の侯爵家だって、没落なんかさせません。マリナが笑顔でいられるように、彼女の大切な人達を守りたいんです」
「そう……あなたの覚悟はよく分かったわ、セディ」
良かった。母上も納得してくださった。
「マリナちゃんや侯爵家を守るには、まずはあなたが賢い王にならなければね。来年の王立学院入学まで、しっかり勉強しなさいね」
――やられた!
母上はしてやったりという顔で僕を見る。
きっと自由時間なんてない。明日から猛勉強だ。
ああマリナ、やっぱり君には当分会えそうにない。




