08-2 悪役令嬢と赤い花の伝説(裏)
ハロルドお兄様が気持ち悪いです。
【ハロルド視点】
両親と私が乗っていた馬車が、片側が崖の山道から落下し、両親が亡くなったと聞かされた時には事故から四日が経っていた。
目を覚ました時、私はハーリオン侯爵に優しい瞳で見つめられていた。
両親は即死だったらしく、魔法で治療できる状態ではなかったが、私は重傷を負ったものの命は取り留めていたので、侯爵は魔導士を探したそうだ。辺境伯の領地には回復魔法を使える魔導士が少なく、それでも最も高度な魔法を使える者に治療を頼んだが、私の脚は完全には治らなかったと謝っていた。
「ありがとうございます。侯爵様」
事故の知らせを受けて、すぐに駆けつけてくれたことに感謝した。馬車で一週間以上かかる道のりを、彼は知り合いの宮廷魔導士に頼んで転移魔法で飛んできたのだ。帰りは馬車で帰るしかないと笑っていた。
「そんな。侯爵様だなどと。アーネストだ。君の親戚なんだ。アーネストおじさんと呼んでくれ」
「私はハーリオン姓を名乗っておりますが、殆ど平民のようなものです」
「私が気にするんだ。いいね、お・じ・さ・ん・だ。」
両親の葬儀を終えるまで、私は泣けなかった。
棺が土に埋もれていく様を見ながら、ああもう会えないのだと思った時、アーネストおじさんが私の肩を抱き寄せて一緒に涙を流してくれた。
「いい年した私が泣いているのだから、君が泣いても何も恥ずかしいことじゃない」
と鼻水をすすりながら言ってくれた。意外と本気で泣いていたようだった。
◆◆◆
齢九十を超えた大伯父が私の養育を諦め、アーネストおじさんが私を引き取ることになった。分家の子の養育も本家の義務だと。
ハーリオン侯爵家へ向かう馬車の中で、私は彼をお義父さんと呼ぶことになった。養子として育てるが、実子である四姉妹と同じだけの権利は私にはない。成人したら元の家へ戻り、侯爵家の領地の一つを管理することになるだろう。このまま侯爵夫妻に跡継ぎの男子が生まれなければ、そのまま私が継ぐことになるかもしれないと、侯爵は含みを持たせた。一般的にグランディア国では、爵位を継げない娘しかいない家で養子に後を継がせる場合、娘と結婚させて血筋を残す。ゆえに私がハーリオン侯爵位を継ぐ場合も、四人の令嬢の誰かを妻にすることになる。白いドレスを着て私と共に祭壇の前に立つマリナを思い浮かべ、私は夢見心地になった。
「うちの娘達も、君を放っておかないだろうね」
「四人のお嬢様ですね」
「君の妹になるんだよ。なかなかこれが癖のある子達でね。ああ、去年、いや、一昨年か。君も会ったのではなかったか」
「はい。数日皆様がご滞在の間、お嬢様方とご一緒しました」
「そうか。それなら馴染むのも早いかな」
侯爵は満足げに顎を撫でた。
私は一昨年の夏に思いを馳せた。
侯爵一家が領地を訪れたのは、避暑地への家族旅行の途中だった。侯爵が私の父から領地の経営状況を報告されている間、暇になった四人の令嬢は思い思いに邸の中で遊んでいた。
しがない領地管理人ではあっても、我が家は一応ハーリオン家の遠い分家である。王都にあるハーリオン家ほどではないが、それなりに大きい邸だ。年代物の調度品も数多い。初めにジュリアが廊下にあった花瓶を割った。エミリーが魔法で修復し、アリッサが侯爵に報告しようと部屋を出て行ったきり戻ってこなかった。方向音痴の妹を探しにマリナが部屋を出ようとした時、私は彼女も迷ってしまうのではないかと不安になった。
アリッサを探しながら二人で邸の中を歩く。第一印象では完璧な令嬢でしかなかったマリナは、実は表情がよく変わる。邸に伝わる幽霊の噂で怖がらせてみたり、不恰好な置物と似ていると言って怒らせてみたり……くるくる変わる彼女の表情に魅せられ、私はついからかってしまった。
無事アリッサを発見して部屋に戻ると、侯爵夫妻は出発の準備をしているところだった。五日は滞在する予定だったが、急用ができたらしかった。マリナ達も慌ただしく出発した。
私は侯爵一家が乗った馬車を見送りながら、胸に息づいた甘い何かを感じていた。
ハーリオン家に到着し、私は侯爵夫人と四姉妹に紹介された。
既に一度会っているのだが、たった一日、いや半日の滞在では覚えていないのも無理はなく、彼女達は私を覚えていないようだった。罪人を取り調べる如く、部屋に閉じ込められて尋問された。初めは好きな色や好きな食べ物といった、当たり障りのない内容だったのだが、次第にそれが鋭い刃のように私に襲いかかった。
「お兄様、好きな女の子はいらっしゃいますか」
「へ?」
マリナ、君がそれを聞くのか?
「じゃあさ、ハロルド兄様の好きなタイプでもいいや」
「金髪?黒髪?まさか、ピンク髪がいいの?」
銀髪に決まってるじゃないか、とは言えなかった。彼女達の銀髪は国内でも珍しい。
「分かりましたわ」
「なあに、マリナちゃん」
妹達を横に並べ、マリナはその隣に立った。
「私達のうちで、誰が一番好ましいと思いますか?」
私は卒倒しそうになった。何を言い出すんだこの子は。多少の違いはあっても四人とも同じ顔ではないか。こちらの疾しい思いを察してのことだろうか。
私は動揺して、その後の質問にはきちんと答えた自信がない。
◆◆◆
翌日、私はマリナに連れ出され、庭園を散歩することになった。
私の生家と違い、侯爵家の庭はきちんと庭師が手入れしていて、見苦しく腐り落ちた花などは見当たらない。流石だと驚嘆した。
私の手を引くマリナは、白い蕾が見え始めたピオリの木の前に立った。
「この木は、夏に白い花が、秋の終わりにも花が咲くんですよ。普段は白一色で、ごく稀に赤い花がつくんです」
そんなことは知っていたが、マリナは得意そうだ。可愛らしく思えてそのまま話を続ける。
「マリナさんは、赤い花を見たことがありますか」
「いいえ」
「そうですか。私が聞いた話では、赤い花は……ああ、これはあなたに聞かせる話ではないですね。やめましょう」
怖い話でもしようかと思った矢先、私の良心が咎めた。マリナは私を覚えていなかったのだ。赤の他人から始めるのに、いきなり怖い話もないだろう。
が。
「続けてください。聞きたいです!」
とマリナが私の袖を掴んだ。少し潤んだ紫色の瞳は、身長差からか私を見上げている。
可愛い。
と意識した瞬間に、心臓が早鐘を打つ。
やられたらやり返す。私は彼女を怖がらせることにした。宥めるのを口実に、彼女の髪を撫でる。さらさらした銀の髪が指の間をすり抜けていく。ずっと撫でていたいようだ。
「怖がらせてしまって申し訳ありません」
「恋、は……うまくいかないと死んでしまうものなのでしょうか」
不意にマリナが暗い表情を浮かべる。私は気になって顔を覗き込んだ。
「は、な、何でもありません。行きましょう、お兄様」
――何もないわけはない。
私はマリナの肩を掴み、影が差した瞳を見つめた。
「マリナさん。何か、心配事があるのでしょう?」
「い、いえ……」
嘘が下手だな。
ここが彼女の長所でもあり、弱点でもあるが。
頬に触れると、驚いたように瞳が揺れる。
「あなたに、暗い顔は似合いませんよ。あなたにはいつも笑顔でいてほしいのです」
二年前にはこれほど暗い顔をしていなかったのに。誰か、彼女を思い悩ませる者がいるに違いない。
「あなたの美しい瞳が曇る理由を教えていただけますか」
「理由なんて……」
「あなたを苦しめる者がいるなら、容赦はしません。マリナ、あなたは私が守ります」
他の男に恋をして苦悩するなんて許さない――あなたは私の、未来の妻なのだから。
彼女の白い手に口づけると、小さく震えながら頬を染めていた。




