90-2 悪役令嬢はライバル認定される(裏)
【キース視点】
近く王妃様主催の茶会が催されると聞き、一つ下の妹のホリーが行きたいと言い出した。
今年で十歳になった妹は、三歳年上の王太子殿下に憧れていて、我が家が王妃も出せる伯爵家であるがゆえに王太子妃になる夢を見ていた。それなりに可愛い顔をしてはいるが、王妃の風格はこれっぽっちもありはしない。両親は妹に甘いから、彼女が行きたいと言えば連れて行くのだろう。
「あなたも行くのよ、キース」
こうと決めたら引かない母に言われるまで、僕は自分が参加するとは思っていなかった。
茶会の前に、集まった男子は王太子殿下との顔合わせを兼ねて、剣の練習に付き合うことになった。魔導士になる道を追求している僕は、剣なんて持ったこともなかった。一番得意そうな騎士団長の息子のアレックスにコツを聞くと、ビューっとやってザッと払ってバッと斬ると言われた。同じ歳なのにどうして言葉が通じないのか。理解できなかった。
剣の使い方は結局分からないままだったので、僕は剣に魔法を纏わせた。光魔法と火魔法の力でギラギラと輝く剣を見て慄いたのか、誰も手出しはしてこなかった。
王太子殿下や他の連中と庭園に行くと、妹は数名の令嬢と陰口を叩いているところだった。女は十歳でも三人集まれば陰口を叩く。辟易して視線の先を辿れば、豪奢な濃色のドレスを着こなした四人の令嬢が座っている。王太子の瞳と同じ青色を身に付けているのは、妃候補のマリナ嬢だろう。ハーリオン家は四姉妹だと聞いたから、残りの三人は妹か。
顔見知りの男子と話をして、時間を潰そうかと思っていた矢先だった。
ゾクッ。
悪寒がして横を見れば、令嬢達が獰猛な野犬のような目で僕を見ている。
――狩られる!
猛烈に命の危険を感じ、衝動的に転移魔法を発動させた。
◆◆◆
ドサッ。
座標を適当に発動した魔法は、王宮内のどこかへ僕を飛ばした。
柔らかな衝撃。目を開けると紫色が広がる。手で確認すると、これは……。
ドレス?……令嬢の、胸?
「い、いやああああああ!」
咄嗟に起き上がる。紫色のドレスを着た銀髪の美少女が、絶叫しながら赤紫色の魔法球を出している。
あんなの、当たったら死ぬ!
「待て、うわっ!」
強力な魔法が四阿を壊し、衝撃で天井が崩れかかっていた。
「危ない!」
僕は彼女を抱きかかえ、四阿の外に転移した。
バシッ。
腕を叩かれて我に返る。
視線を崩れた四阿から彼女に向ければ、ドレスを直しているところだった。
「人に向かって魔法を放ってはいけないと教わらなかったんですか。危ないじゃないですか」
こっちは危うく死にかけたんだぞ。
「そっちが私の上に乗ってきたから」
僕の手に令嬢の胸の感触が蘇った。
「純然たる事故です!転移座標を読み違えて……」
「寝こみを襲う痴漢ではないと?」
襲ったつもりはないが、結果的にそうなっただけだ。
「僕のどこをどう見たら痴漢に見えると言うんです」
苦し紛れにそう言うと、彼女は僕をじっくり見分した。女子にこんなに間近で見つめられたことがない。顔が赤くなった。
「全部」
「なっ!」
確かに胸は揉んだが、いや、あれは触ったと言った方がいいか。そもそも揉むくらいなかったというか……。
「茶会に来たの?」
今日の参加理由を説明すれば、彼女も来たくて来たのではないと分かった。
エミリー・ハーリオン侯爵令嬢。
妹が目の敵にしている王太子妃候補の妹で、超級の魔力を持つ天才。侯爵家の四姉妹は、当代一の美姫の誉れも高い母親に似て、いずれも美少女だと聞いてはいたが、魔法の実力も容姿も噂通りだ。
「僕も先ほど目の当たりにして、あなたのすごさを思い知りました。学院に入ったら毎日あなたの魔法が見られるかと思うと、今から楽しみでなりません」
僕は思うまま口にする。彼女と学院で切磋琢磨して王宮魔導士になる。ライバルがいるのは悪くない。
「同じ学年なのね」
「はい。知らない人ばかりだと思っていましたが、こうしてあなたと知り合いになれました。茶会も悪くありませんね」
「私は苦手」
「そうでしょうね」
魔導士は寿命の長さゆえに人づきあいを避ける傾向がある。彼女もそうなのだろう。
僕の父母はともに三属性を使う魔導士で、能力も同じくらいある。おそらく寿命の長さも同じだろう。妻に先立たれる悲しみを味わいたくないなら、自分と同じかそれ以上の魔力を持つ女性を伴侶にする必要がある。多くの魔導士を生み出してきた我が一族は、子孫に強力な魔力を受け継ぐため、当主は自分より優れた魔導士を妻に迎えてきた。四属性を持つ僕より優れた女性の魔導士はいないものかと、この話を祖父がコーノックさんにした時、彼が話して聞かせたのはエミリーの逸話だった。
引き籠りの魔導士と聞いていたが、日に当たらない肌は陶器のように白く、銀の髪も長い睫毛もアメジストの瞳も、まるで人形のようだ。
うん、ライバル兼恋人というのも悪くない。
「ハーリオン侯爵家のエミリー嬢。僕は、学院入学までにあなたを超える魔力を身に付けてみせます。魔導師団長の座は渡しません!」
僕がドヤ顔で言うのを聞いても、エミリーは表情を崩さない。
本当に無表情だ。胸を触った時以外は顔が変わらない。
二人で大理石の四阿を直し、転移魔法で戻ろうとすると、彼女が僕の手を取った。白い指先は冷たく、自意識過剰で熱を持った自分が恥ずかしい気がする。
「あなた転移、下手だもの。四阿のお礼よ」
人形のような彼女の顔に、わずかに笑みが浮かんだ。
魅了の魔法にかけられたかのように、僕は彼女から目を逸らせなかった。




