88 悪役令嬢の密談 13
「何やってるのよ、ジュリア!」
アレックスが帰り、姉妹の部屋に戻った途端、マリナは声を荒げた。
「マリナこそ、アレックスに手ぇ握られて喜んでたくせに!」
「喜んでなんか、いーまーせーん!あなたの見間違いでしょ。騎士になるには視力に問題があるようね」
「何だって?自分は王妃になるのに性格に問題ありじゃないか!」
「もう一度言ってごらんなさい!」
本気の喧嘩に発展しそうになり、おろおろと様子を窺っていたアリッサが、横になって魔法書に目を通していたエミリーの袖を引く。エミリーが面倒くさそうに両手に魔法球を発生させる。
「静かにして。それとも、強制的に黙らすほうが好き?」
バチバチと魔法球の周りに火花が見える。この半年の間にエミリーの魔法は格段の進化を遂げていた。
「これ、受けたら壁が崩れるかも」
にっこり笑う末の妹を見て、マリナとジュリアは同時に息を呑んだ。
◆◆◆
「それはマリナちゃんが悪いわよ。アレックス君はジュリアちゃんのものなんだから」
フリルがたくさんついたネグリジェの袖を弄りながらアリッサはマリナを見る。
「私はジュリアが着替える間の時間稼ぎをしていただけよ。手を握られたのは成り行きだもの」
「どんな話だった?」
「ジュリア、あなた聞こえてたんじゃないの?」
「聞こえないから顔くっつけてたんだけど、全然」
マリナは先刻の、ガラスに顔をくっつけて豚のような鼻になっていた妹を思い出した。
「アレックスはね、王妃様のお茶会に出たくないんですって。私に何とかしてほしいって言ってきたの」
「なんだ。アレックスの奴、私と同じだな。で、何とかできんの?」
「出席者は王妃様のご意向で確定、今さら変えられないわよ」
「……できる」
エミリーは三人を見て、静かに言った。
「さっすがエミリー!」
「すごーい、エミリーちゃん」
「説明してくれるかしら」
一つ頷いてベッドから降りると、エミリーは自分の引き出しを開けて小さな薬瓶を取り出した。
「魔法薬か」
「これは、強力な下剤。飲んだら二日は外出できない」
「……恐ろしいわね」
「考えるだけで泣きそう」
ジュリアはエミリーの手から薬を奪い、自由の女神のように高く掲げて叫んだ。
「お茶会に行かなくてよくなった!自由の勝利だ!」
はーっはっはっは!とベッドの上を飛び跳ねて自分のベッドに戻る。
「お腹痛くなっちゃってトイレに籠りきりなのに?」
「どこかに籠ってもらった方が静かになっていい」
「本当に大丈夫なんでしょうね、エミリー?」
「薬草メインだから安全安心」
自分のベッドに入ったジュリアが、「あ!」と声を上げた。
「そう言えば今日さ、私がドレス着てるとこ、アレックスに見られたよね」
「そうね。いつ思い出すのかしらと思っていたわ」
「なぁに?ジュリアちゃん女装したの?」
「女が、女装……ふっ」
「午前中に仕立て屋が来て、私採寸されてさ。皆はいつも作ってるから、店でサイズを分かっているけど、私はドレスなんか持ってないじゃない」
「ドレス作るの?」
「王妃様のお茶会に着ていくんだってさ。やだって言ったのに、お母様がおっかなくて」
「分かる」
「エミリーも?」
「ローブで行くって言ったら怒られた」
ああー、と一同納得する。ジュリアが毎日男装で過ごすのと同様、エミリーは毎日ローブを着ている。ローブの下は季節によっては飾り気のないドレスであったり、下着姿であったりするのだけれど。
「行きたくないから、魔法薬作った」
「エミリーちゃんも使いたいんでしょ、ジュリアちゃんにあげていいの?」
「また作るから問題ない」
「話は戻るわよ」
マリナが仕切り直す。
「今日の議題は、ジュリアがアレックスに女だと気づかれたかもしれないってことよ」
「何がいけないの?」
「私達は乙女ゲームの敵役なのよ。ヒロインが攻略対象をオトしたら、没落するか死ぬか、または両方なの。ヒロインが近づく隙を与えてはいけないのよ」
「ジュリアちゃんは男の子でいるのは限界だと思う」
背は普通の女子より高いが、筋肉がつかないジュリアがどう頑張っても、騎士団のような屈強な男にはなれそうにない。子どものうちならまだしも、少年らしさが抜けて顔つきも精悍になってきたアレックスの隣にいると、同じ歳の男子というには違和感をぬぐえない。
「もうバレてる」
「私に四六時中アレックスを見張れっての?」
「男のふりを続けて、男子寮に入ってもらうわ」
「無理だってば。一年生は相部屋らしいじゃない?同学年で同じ学科なら一緒の部屋になるかもって言ってもさ、アレックスの他にも剣技科に入る子はいるんだよ。知らない奴と一緒の部屋になって、女だって気づかれたら……」
「きゃっ」
妄想したアリッサが両掌を頬に当てる。
「貞操の危機?お風呂でばったりとか……」
「そうだよ。変なところで弱みは握られたくない。剣技科は実力主義なんだ。そのへんの男に負けない自信があっても、弱みを握られたら何に使われるか」
「危ない賭けはしないほうがいいと思うの」
「……そうね」
マリナはジュリアを男子寮へ入れる作戦を諦めざるを得なかった。
「ジュリアちゃんはアレックス君と友達でいるために男の子の恰好をしているわけで、女の子に戻っても友達でいられたらいいのよね?」
マリナはアレックスの真剣な眼差しを思い出す。令嬢と話すのが苦手な彼のことを。
「アレックスは女嫌いというか、苦手みたいね。私も何度会っても距離を置かれている気がする」
「ほら、やっぱりー。女じゃ最初から友達候補にもなれないよ」
「ジュリアちゃんはもうお友達でしょう?」
「うん」
「姿が変わっても、中身はそのままなんだから、お友達でいられると思うの」
「なら、女装解禁する?」
ジュリアは窓側にある自分のベッドに行き、ぼふんと転がった。
「お茶会に行きたくない理由は、ドレス姿をアレックスに見られたくないからなの?カミングアウトするには今回がチャンスではあるけれど……」
ちらりとジュリアを見る。男物のパジャマを着てベッドの上で胡坐をかいている。
「あれが、一か月で令嬢に化けると思う?」
マリナは肩を竦めた。




