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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 5 婚約騒動と王妃の茶会
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81-2 悪役令嬢は言葉を風に乗せる(裏)

【アレックス視点】


ジュリアンは俺を疑っていた。いや、今でもまだ疑いは晴れていないのか。妹のアリッサと俺が婚約したと、侯爵夫人から聞かされて気が動転したと言っていた。俺のことばかり考えていたとも。

嫉妬されている……?

俺の勘違いだとしても、剣を振るいながら怒りをぶつけてくるジュリアンは、妹を取られて憤る兄のようではなかった。

「婚約なんて知らねえよ!」

踏みとどまって応戦すれば、

「どうだか、なっ」

と躱される。俺はすばしっこい動きについていけなくなっている。

どうも調子が出ない。練習前に飲んだ薬が体温を上げている。

「俺は、他に……」

好きな奴がいる。

なぜだか急に叫びたいくらいにこみ上げてきた。

――言えない。

気持ちを伝えたら気持ち悪がられる。絶対。積み重ねてきた友情は消えてしまう。

胸の痛みを覚えて、俺は一歩後ろに下がる。

「好きな女がいるのか?」

ジュリアンが斬りこんでくる。剣で受け止めて横に払う。

「い、いない!」

力が入ってしまい自分でも驚くほど大きな声が出た。

よろけたジュリアンを見れば、奴もかなり消耗しているらしく、呼吸が乱れっぱなしだ。

「ハア、ハア……」

大きく肩を動かし息を吐き、白い手で汗を拭う。

「ジュリアン……俺……」


――お前が好きだ。


「まだまだぁ!続けるぞ……ハアッ!」

勢いを剣で受け止める。金属音が辺りに響く。

神経が研ぎ澄まされ、同時に目の前のジュリアンを見つめることに全能力が集中する。

「……ジュリアン、綺麗だな」

心の声が漏れる。

ジュリアンが苦しそうな顔でこちらを見た。

……軽蔑したか。

男に綺麗なんて言うのはおかしかったのだろう。

――もう終わりだ。距離を置かれても仕方ない。

ジュリアンが口を開きかけ、俺を罵る言葉が吐き出されるのを黙って見ていた。

「アレックス……好き……」

そうだ。お前の言うとおり、俺は気持ちが悪い奴だよ。

気持ち悪――ん?

好き?

熱に浮かされたようなジュリアンが俺を見ていた。


小柄なジュリアンに押し倒され、俺は芝生に転がった。

「ジュリアン、俺も……好きだ」

苦しい胸の内を伝えると、くすりと笑って俺の鼻を鼻でつついてくる。唇が触れそうな距離がもどかしく、俺はジュリアンの髪を梳きながら抱き寄せてキスを……しなかった。

「アレックス……私、本当は……」

言いかけて眠りこけやがった。俺の上で。

俺が幸せな気持ちで抱きしめていると、エミリーがこちらへ歩いてくるのが見えた。


   ◆◆◆


自宅に戻り、入浴を済ませて夕食のテーブルについた。

父上が入ってきて、手近な壁の装飾に手をつき、数回腕立て伏せをしてから俺を見る。

「今日の練習も捗ったみたいだな、息子よ」

「はあ」

「どうした。いつもの元気がないぞ」

入浴中にエミリーから風魔法でメッセージが届いた。ジュリアンは俺に告白したことも、告白されたことも覚えていなかったと。

「何でもありません」

「そうか。思い悩むときは重いものを持ってこう……」

「いい加減にして」

父上は真鍮製の獅子の置物を片手で持ち上げ、母上に叱られている。一昨日もこんな調子で骨董品を壁にぶつけて壊したのだったな。

「大丈夫です。明日も練習を頑張ります」

「うんうん。それがいいぞ息子よ。騎士を目指して日々特訓だ。お前が立派な騎士になり、我がヴィルソード家の繁栄は約束されたようなものだな。はっはっは」

満足げに俺を見る。……いたたまれない。

――ごめんなさい、父上。

ヴィルソード家は俺の代でおしまいだ。俺は結婚するつもりはない。ジュリアンが覚えていないとしても、彼と愛を誓ったのだから。愛されないのに子孫を残すためだけに嫁がされる妻も可哀想だ。

「父上」

「どうした、息子よ」

「ハーリオン侯爵家から、婚約の話が来ているというのは本当ですか」

父上はスペアリブを掴んでいた手を下ろし、顎を触りながら考え込んだ。肉汁が顔にべたべたついているが、本人は気にしていない様子だ。

「うーん。来ていると言えば来ているな。こちらからも長いこと打診していたからな」

打診?

この父上が、侯爵に俺の婚約を打診していたのか?

筋トレしか興味がない父だと思っていたのに、足元をすくわれた気分だ。迂闊だった。

さあっと血の気が引いた。親同士でもう話がついているらしい。

「まあ、ずっと先の話だ。お前は騎士になるまで結婚はしないんだろう?」

「はい」

騎士になっても結婚はしないのだ。心の中で両親に詫びた。

身勝手な恋のために家系を途絶えさせてしまうことを。

アリッサのことは、時期が来ればレイモンドが何とかするだろう。婚約が破談になったら、傷心のためとでも言って次の婚約話を断ればいい。

「オリバー。アレックスが騎士になるまで待っていたら、いつになるかわからないわよ」

母上は父上の汚れた顔を拭いてやり、俺に向き直った。

「心配するな。アレックスは筋がいいからすぐなれるさ。騎士になってからという条件は、アーネストから言われたことでもあるんだ」

ただの剣士の妻より、騎士の妻の方が聞こえがいいからかな。

俺は黙々とパンを口に入れた。




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